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55.Date

Category『Distance from you』 本編
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「大丈夫?」
「…うん…なんとか…」
馬場を3周したところで、類はラリーの足を止めた。
先に下馬をし、次に下りるつくしを手助けしてくれる。
「…あっ」
「おっと」
つくしは地に足を着かせたものの、サクラの時よりもひどく膝が震えて、まっすぐに立てない。ふらついたところを類に支えられて、思わずその腕に縋ってしまう。
類はつくしを気遣った。
「大丈夫? 立てる?」
「あの、ごめんなさい。足に力が入らないみたいで…」

極度の緊張をしたせいだろう。
つくしは内股の筋肉に引き攣れるような痛みを感じていた。

「ごめん。無茶させたね。楽しかったからつい…」
申し訳なさそうに言う類とは対照的に、つくしの表情は喜々としていた。
「うぅん、すごく貴重な経験だった。まるで風になったみたいで…。乗馬の面白さが分かった気がする」
いつもは控えめなつくしの大きな笑みに、類も嬉しくなる。
「でも、こんなに足が痛くなるなんて思わなくて…」
「たぶん明日の方がひどくなるよ、筋肉痛」
そう言って類はつくしを支えながら、フィールドの見学席まで彼女を誘導した。
「ここで休んでて。俺はもう少しラリーと走ってくるから」
「うん」


それからは、サクラのときと同じ光景だった。
類はラリーを自在にコントロールし、馬場を疾走する。その洗練された動きは、さながら映画のワンシーンのようだ。
ヘルメットを外し、痛む内腿をさすりながら、つくしは先ほどまでその彼の腕の中にいたことを思い出す。自分を支える彼の腕は力強かった。

慣れない乗馬でパニック状態だったために、状況としては、目標としていた“ハグ”を大きく飛び越えてしまったことに今更ながらに気付く。
でも……楽しかった。
素直にそう思えた。
彼がこの場所に自分を連れてきたいと思ったのは、以前彼の趣味だと話した乗馬に興味を示したからだろう。


最後に、類はラリーを馬場の内側に設置された障害物の方に向かわせ、黒馬を跳躍させてみせた。黒馬の前足がぐぐっと上に上がり、後ろ足がぱっと地を蹴る。
驚きで息を呑むつくしの前で、美しい放物線を描きながら障害物のバーを落とさず3本の高さを飛び越し、類とラリーは悠然とこちらに戻ってきた。

「どうだった?」
類は馬上からつくしに問う。問われた方は大きく頷いた。
「見た。凄かった」
「ラリーも現役引退してるんだけど、まだ素晴らしい跳躍力を持ってるね」
そう言って、類は黒馬の背から滑り下りる。

「足、どう?」
「うん。だいぶいいよ」
つくしが立ち上がり、フィールドへと下りていくと、類が手を差し出した。
「………? もう一人で歩けるよ」
その手を不思議そうに見つめるつくしに、類は言う。
「手、繋ぎたい」
「…………うん」
類の意図を理解し、つくしは素直に手を伸べた。
二人の指先は自然に絡まり、しっかりと繋がり合った。



二人でラリーを厩舎の方へと連れていくと、桝川が外で作業をしていた。彼の厚意で舎内を見学させてもらい、つくしは興味深そうに桝川の話に聞き入った。
やがてフィールドに戻った二人は、シロンのリードを外して、思い切り走り回らせた。普段、公園でもノーリードにはできないので、戒めを解かれたシロンは本当に嬉しそうだった。

「取っておいで!」
類が投げたフリスビーが中空でゆるやかな軌道を描きながら、地上に下りてくる。シロンはそれをジャンピングキャッチする。
キャッチ率は100%だった。
「すごい! 上手になってる!」
つくしが褒めちぎると、シロンは盛んに尾を振って喜びを示した。

やがて咥えたフリスビーを地面に置き、体を擦り付けて甘えてくる様子に、つくしはシロンの喉の渇きを察した。類は問う。
「なに? どうかしたの?」
「いっぱい遊んで喉が渇いたみたい」
「よく分かるね」
「仕草で分かるんだよ」
シロンは屈みこんだつくしの頬を舐め、ハッハッと笑うように息をした。ね?と愛犬を撫でながら、つくしは大きく笑う。
その笑顔がいつもよりずっと輝いて見え、類は胸を疼かせた。


彼女といると、いつでも優しい気持ちになれる。
安らぎを感じていられる。
彼女と過ごす時間はどうしてこんなにも豊かで、心を潤してくれるんだろう。



つくしがシロンに水を与える間に、桝川が作業を終えて事務所に戻ってきた。
彼は類とつくしを事務所内に呼び入れ、温かい珈琲を振舞ってくれた。

「類君の昔の写真があったよ。見るかい?」
桝川は事務机の上に一枚の写真を置いていて、それを顎で示した。
「見たいです」
「見せないで」
二人の反応は分かれた。顔を見合わせ、わずかに顔を顰める彼につくしは目線だけで許可を求める。
「………いいよ」
結局は類が折れ、桝川はつくしに写真を手渡した。馬術大会の表彰式の様子を写した1枚だった。観客席から撮ったものなので,
やや遠景だ。

「…準優勝」
「類君が高1か高2のときだったかな。珍しくやる気を出して大会に出てくれたんだよな」
「…そうでしたね。高2の秋でした」
10代の彼は実につまらなさそうに表彰台に立っていた。
黒の競技服が彼によく似合っている。
「ふてぶてしい態度だよな。素晴らしい結果なのに」
桝川が笑いながら言うので、つくしもあっさり同意してしまう。
「可愛げがないですね…」
「だろう?」

「…もういい?」
類はつくしの手の中からぱっと写真を取り上げた。
「このとき、何を思ってたのか憶えてる?」
つくしが問うと、類は写真を桝川に返しながらこう言った。
「表彰式が早く終わらないかな、って」
「…やっぱり。成績に対する不満じゃなかったんだね」
微笑み合う二人を、桝川が穏やかな表情で見つめていた。


かじかんだ指先を温めながら珈琲を飲み終えると、二人は桝川に礼を述べた。
類は辞去を申し出る。
「類君、ひさしぶりに会えてよかったよ。牧野さんもまたおいで」
桝川に見送られて、二人はグリーンフィールドを後にした。





いつも拍手をありがとうございます。色気のないデートでしたが、実に二人らしく、思い出に残る1日だったのではないかと思います。
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