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58.Hug

Category『Distance from you』 本編
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「…私も、あなたが………好き…」


つくしが紡いだ言葉のその意味を、類は一瞬掴みかねた。
何度も脳内で反芻して、自分が欲しかった言葉をやっともらえたことに気付く。
俄かには信じがたくて、その真意を問い返してしまう。
「……本当に?」
つくしはうつむいたまま、こくんと頷く。
涙の雫が新たにこぼれていく。
「まだ、過去を乗り越えられていない。何か…おりみたいなものが自分の中には残っていて…。もう少しだけ、時間が欲しい。…でも、これだけは先に伝えておきたくて」


つくしの左手に、類の手がそっと重なる。
今日だけでも、何度も繋ぎ合ってきた彼の手だった。
「ね、ハグしていい?」
類はひとつずつ確認をする。
決して自分の気持ちだけを先行させない。
つくしの意思を確かめ、心の準備が整うまで待ってくれる。

つくしは小さく笑った。
「…今日、ハグしたよ」
「え? いつ?」
「一緒にラリーに乗ったとき」
あぁ、と類は破顔する。
「あれじゃハグって言えないよ。あんた防寒具を着込んでて、丸太みたいだった」
「丸太…」
その例えに、つくしは思わず顔を上げて、類の顔を見つめてしまう。

「…やっと、こっち見た」
類の指がつくしの頬に触れ、丸みを撫でるように動いて涙をそっと拭う。
壊れ物に触れるような優しい仕草に、また涙がこみ上げてくる。
「ほら、おいで」
繋いだ手に導かれ、座った姿勢のまま、類の腕の中に納まる。
最初に彼に抱きしめられた日と同じようにフレグランスが香り、つくしは眩暈を感じて瞳を閉じた。



類はつくしを抱きしめた。
怯えさせないように、そっと。

華奢な体は小刻みに震えていた。
自分を想ってくれる気持ちはあれども、まだ心と体とが合致しない現状がある。
彼女自身にも、どうにもできない部分なのだろう。

やがて、自分の背にもつくしの腕が回るのが分かった。
その腕にわずかに抱きしめ返され、彼女の懸命さやいじらしさが伝わってきて、より一層の愛おしさが募った。

いつまででも片恋で構わなかった。
いくらでも待つつもりだった。
でも、やっと彼女に受け入れられた。その喜びに浸る。

つくしが、まだ自身の過去と対峙し続けていることは分かっている。
だが、それを払拭できる日はそう遠くないと思えた。



―知らないだろ?
―俺が、どんなに、あんたを想っているか。



体の奥が燃えるように熱い。
本当のことを言えば、今すぐにでも彼女のすべてが欲しかった。
ずっと、ずっと好きだったから。
深く口づけ、隙間なく肌を重ねて、甘い体温を感じたい。
抱き続けたこの恋情を、余すことなく伝えたい。


だが、類は、まだ時が満ちていないことを正しく理解している。
かつて彼女の心を苛んだものの“正体”を知っている。




―待ってるよ。
―俺の想いの深さと同じくらい、あんたが俺を愛してくれるまで。




「涙、引っ込んだ?」
「…うん」
それを聞き、類はつくしの頭をよしよしと撫でてやる。
短くなった黒髪を指で梳き、その毛先をくるりと絡めて弄んだ。
いつかは触れたいと思っていた彼女の髪はしなやかで、滑らかな指通りだった。

「なんだか子供をあやしてるみたいね」
つくしの声に覇気が戻ってくる。
抱き合ったまま、二人は小さく笑い合った。
「さっきの言葉、すごく嬉しかった」
「…うん」
「待つよ。あんたが過去を乗り越えるまで。…だから俺達なりのペースで、少しずつ進んでいこう?」
「…ありがとう…」

微かに耳に拾えるほどの小さな声で名を呼ばれた。
―類、と。
もっと呼んでほしいけれど、これが今の彼女の精いっぱいなのも分かっている。




―今夜は、帰りたくない気分だ。

類は宵闇が深まる前に自宅に戻るつもりでいたが、やはりどうにも別れがたい。
二人はすでに1階に下りていた。
あとは靴を履いて、裏口のドアから出ていくだけでいい。
…だが。
離れてしまえば、今日一日の出来事が泡沫うたかたの夢のように消えてしまう気がして、自分を見上げてくる彼女のその手を離せず、苦笑を返される。

「…帰るんじゃなかったの?」
「そうしなきゃって気持ちだけは、ここにあるんだけどね…」
「明日から頑張って。私も明後日から仕事だから」
「ほどほどにやるよ。つくしも無理はしないで」
週末に会う約束をし、彼女の笑顔に見送られて類が帰途についたのは、それからさらに数分が経過してからだった。





いつも拍手をありがとうございます。
今はまだ夜を越えられない二人ですが、温かく見守ってくださると嬉しいです。
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