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62.決意

Category『Distance from you』 本編
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「…フランスに?」
「うん。早ければ中旬には渡航する」
類から電話がかかってきたのは、その日の夜遅くだった。
聞けば、それまでずっと本社の執務室に詰めて仕事をしていたらしい。
彼から予期せぬ渡仏の話を聞かされ、つくしは目を見開いた。
「どれくらいの期間になるの?」
「…たぶん2~3ヶ月」

―そんなに長く。

つくしは一瞬、言葉を失った。だが、彼の声も沈んでいるように聞こえたので、自分の方からネガティブな発言はできなかった。
「責任者に抜擢されたんでしょう? すごいことだと思う。頑張ってきて」
「…感想はそれだけ?」
類の拗ねたような声に、つくしは小さく笑った。
「思うことはいろいろあるけど、今は言わないでおく」
「なんでさ。…言ってよ」
「会ったときに話すね」


「…渡航前に会える?」
つくしがそう問えば、
「もちろん。必ず会いに行く」
類は即答する。
「それに紹介したい友人がいる」
「…私に?」
「できれば、ミチ子さんと由紀乃さんにも立ち会ってほしい。俺が不在の間、何かあれば彼らを頼ってほしいんだ」
彼ら、ということは、複数人だと理解する。

「どういう人達なの?」
「一人は友人の美作あきら、他二人はあんたの警護役」
「…警護? 私を?」
つくしは耳慣れない内容に、目を瞬かせた。
「不安にさせたくないから言わずにおきたかったけど、12月下旬に監視カメラに不審者の姿が映っていたらしい。身元は調査済み」
「……………」
つくしには、やはり、という思いがよぎる。
いつか散歩のときに感じた視線はそれだったのだろう。


「一人は報道関係者で、もう一人は花沢の関係者だった。これからもそういったことがないとは限らない。…俺のせいで迷惑かけてることは重々承知してる」
「…実害はなかったよ」
「でも、決して気分のいいものじゃないだろ。周囲を探られて。…今後も実害がないとは言い切れない」
「………………」
それは否定できない。
ミチ子の話を聞いたときから、不安は常に付き纏っていた。
自宅に防犯対策を講じてもらったとは言え、つくしは一人暮らしであり、ふとした物音にドキリとさせられることはあった。

「今度の土曜、いつもの時間に顔を出すよ。悪いけどミチ子さん達にも病院に残っているように伝えてもらえる?」
「分かった」
つくしが答えると、沈んだ声で問われた。
「…嫌になったんじゃない?」
「何が?」
「俺と関わること。…報告のこと黙っててごめん。面倒ばかりだろ」


そのとき、つくしの脳裏に浮かび上がった単語があった。
パソコンの白い背景に並べられた、黒い文字列。
たった3文字の。
『偽善者』
つくしは軽く首を振って、それを頭の隅に追いやる。


「それなりに苦労することは分かってたよ。最初からね。…だって、あなた自身、とても厄介な人じゃない」
「……………」
「でも、自由意思で生きたいんでしょう? 私との未来を望んでくれるんでしょう?」
「…そうだよ」
「だったら貫いて。あなたの決意を」
「いいの?」
つくしの前向きな励ましに、類は胸を熱くする。

「あなたがこれまでにくれた言葉を、優しさを、私は信じてる」
「…うん」
「あなたが私の気持ちが育つまで待つと言ってくれたように、私もあなたの帰りを待つから。2~3ヶ月なんて、きっとあっという間に経つよ。…だから、焦ることなく自分の仕事を全うしてきて」
「ありがとう。…この滞在の間に、あんたとのことを認めてもらえるよう、父を説得してみせるから」
分かった、という声がする。彼女の芯の強さを知り、類は長く自分を苦しめていた胸のつかえが、すっと取れたような気がした。



「つくしって、すごいね」
「…何が?」
「俺のやる気スイッチをピンポイントで押してくれた」
小さな笑い声が返る。
「…まだ仕事するの?」
「今日はもう終わり。これ以上は頭が働かない」
「短い時間だけどゆっくり休んで。明日からも大変なんでしょう?」
「うん。遅くまで付き合わせてごめん。…メール、すごく嬉しかった」

いつまででも話していたいが、時間には限りがある。
“おやすみ”を言い合い、二人は通話を終えた。





いつも拍手をありがとうございます。
良くないことを隠そうとするつくしの悪い癖が出ています。

***

東日本大震災の発生から、今日で8年を迎えました。
多くの方々の経験談は教訓となり、日本に住まう方々の防災意識を確実に変化させたと思います。更なる災害が起きないことを願ってやみません。

亡くなられた方々へ心からの哀悼の意を。
そして、復興への祈りを捧げます。
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