FC2ブログ

Scarlet ~5~

Category『Scarlet』
 4
《つくしSide》


「次は春にも来たいね」という花沢類の言葉に、あたしの気持ちは一気に沈みこんだ。
あたしの中に、彼との次はない。今日で最後のつもりだから。
彼の優しさにズルズルと甘えてきたあたしにも、これまでのすべてを清算すべき時がきたのだ。
それからは何か話そうと思っても、どうしてもこれから来る別れのことがよぎって言葉に詰まってしまう。
敏い彼は、あたしのそうした変化にもきっと気付いているだろう。
でも、もうそれを取り繕うことさえできなくなって、あたしは彼に「疲れたからもう帰りたい」と告げた。
花沢類は「分かった」と答えてくれて、あたし達はそのまま車に向かった。

車の進行方向が東京方面に向いていないことに気づいたのは、ふと道路標識を見上げた時だった。
「…あれ?」
彼は、あたしの動揺を静めるようにそっと告げる。
「最後に1ヵ所だけ付き合って?」
「……うん」
自分でもそう思っていたはずなのに、「最後」というその言葉だけで胸がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
――そうだ。最後なんだから。
最後は、本物の笑顔でさよならしたい。


七里ヶ浜は、その名の通りどこまでも横広く海岸線が続いていて、同じように長く美しい水平線が一望できた。
日は少し陰り、薄い雲が秋の空を覆い始めていた。
海遊びに来たサーファー達が波間を漂っている。彼らを運ぶ大きな波を待っているのだ。
車から降りると、花沢類は無言であたしの手を取った。
大きな左手があたしの手を包み込み、そのまま浜辺へと導いてくれる。

――あ…っ。
自分でも予期せぬタイミングで、視界がぼやけてきてしまう。
ここで泣きたくなんかないのに。
流すまいとこらえた涙は、瞬きした次の瞬間にポロッと零れて落ちた。
――花沢類には、まだ、見られてないよね…。
そう思って必死で海風に涙を散らしていると、こちらを振り向かないまま花沢類は言った。
「…で、何をそんなに悲しがってるわけ?」
「…えっ?」
「俺は今日一日、すごく楽しかったよ。…あんたはそうじゃないの?」

あたしは咄嗟に声が出なかった。
何をどう返せばいいのか分からないまま、必死に言葉を選ぶ。
「…うぅん。あたしもすっごく楽しかったよ。…いい思い出になった」
「それ、今後はもうないっていう意味で言ってる?」
その一言に、あたしは覚悟を決めた。
花沢類は分かっている。
あたしが言おうと思っている言葉のすべてを、きっと先に読んでいる。
「うん。…こうして二人で会うのはもう最後にしたいと思ってる。…金曜日のランチも」



≪類Side≫


俺は彼女を振り向かないまま、彼女の意思を背で受け止める。
まずは彼女の言い分を聞こうと思った。
「どうして?」
「…いままで花沢類にはすごく助けられた。あたしがこんなだから、すごく心配かけたよね。…でも、これからは一人でも大丈夫だから」
どの辺がどう大丈夫なのかって聞き返したいけど、反駁するより彼女の想いを吐露させたい。
…そう思うのに冷静ではいられず、俺の感情は乱れていく。

「…俺のことは心配じゃないの?」
「えっ?」
「俺があんたを心配するように、俺もあんたに心配されてきたよね。…俺のことはもういいんだ?」
牧野が唐突に歩みを止める。自然に手は離れたが、まだ俺は彼女を振り返らない。
「……花沢類は一人でも大丈夫だよ。それに…」
ややあって牧野はそう言った。その声音がわずかに震えている。
「あたしじゃなくても、花沢類の良さを分かってくれる人はいる。…ほんのちょっと心を開くだけでいいの。あんたが何を思って、どう感じているのかを言葉にしさえすれば、きっと誰にでも受け入れてもらえるよ」

「…本当にそう思う?」
抑えていたつもりでも、自分の声には明らかに失意と怒りとが混じっていた。
「俺が他の誰かとうまくいけばいいって、本気でそう思ってる?」
――いつかも、彼女に投げかけた問い。
あのときは答えてもらえなかった。
「……思ってなきゃ言えないよ」
スンと鼻をすする音がする。
「その方が花沢類のためになると思うから言ってる」


「…俺は、あんたが好きなのに?」
背後に、小さく息をのむ気配。
「高校の頃からずっと好きで。…だけど親友の恋人だったから身を引いて。…いまになって、ようやく隣にいることが許されたのに、どうして俺じゃダメなの?」
海風に押されるようにして後ろを振り返れば、牧野はボロボロと涙を零して泣いていた。
俺にそれを見られたくないのか、今度は牧野が俺に背を向けてしまう。
小刻みに震える華奢な肩がいじらしくて、俺は彼女を後ろからぎゅっと抱きしめた。


「…花沢類がダメなんじゃない。あたしが…あたしがダメなの」
牧野を抱く腕に、彼女の流した涙がぽつんと落ちる。
「あたしじゃ、いざという時に、花沢類や家族を支えてやれない…」
「…それは司のことがあったから?」
こくんと彼女の頭が縦に揺れる。
「誰かの人生を背負うって大変なことなんだって思った。…だってトップの判断一つで、多くの人が失業したり、苦しい思いをしたりすることになるんだもん。…花沢類だって、近いうちに同じ責務を負うんだよ。傍にいるのは、そういうあんたを支えられる人が相応しい」

「…俺はそうは思わない」
彼女が屈託を抱えてきたことは百も承知だった。
…そして、あのとき、たぶん司にしてほしかっただろうことも。
「経営者だって人の子だよ。自分の幸福を追求したらいけないなんて決まりはない。…それに、起きるかどうかわからない経営難に備えて自分を犠牲にするより、常日頃、心健やかに仕事できることの方が何倍も有意義だよ」

牧野は我慢強い。自分のことよりも他人が大事な人間だから。
たぶん、司との別れのときでさえ、司にも自分の本音を言わなかっただろう。
――自分を選んでほしい。
その一言を涙とともに呑んで、あんたは今日まで頑張ってきたんだよね?

「傍にいてよ」
俺は懇願する。
「いつも俺の傍にいて。俺の心に寄り添えるのは、牧野しかいないと思ってる」
腕の中の牧野がぶんぶんと首を振る。
触れた部分から伝わる彼女の鼓動が激しい。
「…牧野を愛してる。他の何に替えても、あんたが欲しい」
彼女の洩らす嗚咽がひと際大きくなった。


そのままずいぶん長い間、彼女を泣くに任せていた。
「…バカだなぁ」
ひくっとしゃくり上げる間隔が短くなったと思ったら、真っ先に飛び出してきたのがその言葉で少し笑える。
「なんで……そんなに意固地なの? 決心が、鈍るじゃない」
「いいじゃん。自分に正直なだけだよ」
牧野を抱きしめる腕を解き、彼女を促してこちらを向かせる。
涙に濡れた漆黒の瞳が、まっすぐに俺を見上げている。

「…後悔しない?」
「うん」
「あたし、なんかで…」
俺は両手で彼女の頬を包み込み、風にさらされて冷たくなった頬を温めてやる。
「牧野がいい」
彼女が小さく息を吸う。

次の瞬間、ようやく待ち望んだ言葉が聞けた。
「…あたしも花沢類が好き。…自分でもどうしようもないくらい…好き」
美しい瞳から溢れ出た涙が、柔らかな頬を包む俺の指も濡らしていく。
「…知ってたよ。牧野の気持ち。…あんたの全部がそうだって俺に言ってた」


彼女の唇にそっとキスを送る。
その表情が驚きから喜びに、…華やいだ笑顔に変わる。
絶え間なく打ち寄せる波の音も、強まっていく風の音も、いまは何もかもが遠かった。
小さな背を抱き寄せ、何度も何度もキスをして、彼女の心のこわばりを解いていく。
彼女から伸ばされた手が俺の背に回ったとき、無上の幸福を感じた。

その熱を感じたい。俺の熱を感じてほしい。
あんたの言葉が聴きたい。俺の言葉を聴いてほしい。
いつでも。…いつまでも。

朱くなった夕陽が、浜辺に並んで腰を下ろした二人を照らしている。
「…花沢類」
今日初めて知った。甘えるときの彼女の声は『ド』だ。
「類って言ってみ?」
「…えっと……類?」
上目遣いになった彼女は本当に可愛い。
「なに?」
「…いまさらだけど、よろしくね」
俺はぷっと吹き出す。
「俺こそ、よろしくね……つくし」
たぶん牧野の顔は真っ赤に染まっていただろうけど、それは無粋だからからかわないでおく。
その肩をそっと抱き寄せると、もう一度唇を重ね合った。


離さない。
どれほど時が流れても、俺はあんたを守り続けていくよ。
俺の言葉だけを信じて。
心惑う時は抱きしめ合おう?
そうすれば、きっと、どんなことでも乗り越えていける。





~Fin~

関連記事
スポンサーサイト



4 Comments

nainai

nainai  

M.W.様

拍手コメントをいただきました。ありがとうございます。

加筆なしの再UPですが、読み返していただけて嬉しいです♪
まだ着手できていませんが、この二人の続編も予定しています。
頑張ります!

2018/05/03 (Thu) 10:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

まり様

拍手コメントをいただきました。ありがとうございます。

管理人は実は鎌倉に行ったことがありません。でもネット上の風景写真を見ながら、告白の舞台は七里ヶ浜がいいなぁと…(*´ω`*)

この二人の今後の紆余曲折を早く書きたいなぁ…と思いながら、時間と格闘しております。

2018/05/03 (Thu) 13:27 | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/05/03 (Thu) 15:55 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

再度 こんにちはです!

お話の情景が思い浮かんだとのこと…そう言っていただけて嬉しいです。
『スカーレット』は明るいテイストをキープしていくつもりです~(*´ω`*)
二人を、もう一度鎌倉デートさせたいです♡

2018/05/03 (Thu) 17:22 | REPLY |   

Post a comment