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67.思惑

Category『Distance from you』 本編
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1月17日、類は秘書の田村とともに日本を出国した。
現地に到着してすぐ、私邸ではなく花沢物産フランス支社へと向かう。
正式な赴任は明日からとなっているが、類には一刻も早く、統に確認しなければならない事柄があった。共同事業に参加するメンバーの中に気になる名前を発見していたからだった。

受付でIDパスを受け取り、真っ直ぐに社長室へと足を運ぶ。
田村を廊下に待たせ、類が社長室のドアをノックすると、中から入室を許可する返答があった。統の秘書によって開かれたドアの先には、数ヶ月ぶりに会う父が悠然とデスクにつき、書類の決裁を進めていた。
統は何の色も含ませない目線を流し、無言で類にソファへの着席を促した。
秘書にも目配せをし、隣室へと退室させる。
「明日からしばらくパリを離れる。用件があるなら今聞こう」 
作業の手を止めないままそう言われ、類は間髪容れずに質問を投げた。
「相手側の代表者が変更されているのは、どういう理由からですか?」


フランス国内においては、パリに本社のあるメイヤー財閥の名を知らない者はいないだろう。総資産で比較するならば、相手側の方が格上でもある。
東欧方面に新規の市場開拓を図りたい二社は、それぞれが持つ流通ルートを共用できるように、中継拠点を設立するプランを打ち立てている。
先方の代表として挙げられたのは、メイヤー社長でも、その妻の副社長でもなく、常務取締役である娘のセシリアの名だった。
夫妻の末娘であり、元モデルの28歳。財閥の広告塔としての役割を与えられているものの、大きな実績のない彼女がなぜ代表と明記されているのか?

類はセシリア・メイヤーと面識がある。
先月下旬のイタリアでの仕事の際にも彼女は副社長に同行しており、それからもポーランド、ルーマニアの視察先で顔を合わせることになった。
つくしには敢えて明かさなかったが、類の欧州滞在が延びた理由は、メイヤー側の希望で視察すべき場所が増えたためだった。
そこに作為的なものを感じないわけではなかったが、そのときは今回のフランス赴任を知らされておらず、その場限りの応対で済むものと思っていた。
…だが、これが仕組まれたものだったとしたら、その目的は明白だ。


「お前の考えている通りの解釈でいい」
類の考えを読んだように統は言ったが、明言は避けた。
「私の解釈とは? セシリア・メイヤーは事業実績に乏しく、代表としての力量不足は否めないという評価ですか?」
「実績に乏しいのはお前もだろう。サポートも仕事の範疇だ。何事においても、先方の希望に合わせるように」
統の表情は変わらない。ただ淡々と命令を下す。

「仕事上の要望であれば応じましょう」
「公私を問わず、だ」
類は苛立ちを身の内に抑え込んだ。
「それは出来かねます。その理由は社長もご存知ですよね?」
類が含みを持たせてそう反駁すると、統は薄く笑み、話は終いだというように目線を下げた。
「まずは結果を出せ。それからお前の話を聞こう」
昔から、類は、上辺だけの彼の薄笑いが嫌いだった。

それ以上の話はさせてもらえそうになく、類は一礼すると立ち上がり、社長室を出た。案じ顔の田村がすぐに駆け寄るが、類は首を振った。会社の人間でありながら、田村が自分側についていてくれることだけが救いだった。



フランスの私邸に戻った類は、時差のズレを補正するために早々とベッドに入った。時差を考慮し、つくしへは無事に到着した旨だけをメールに書いて送った。日本はじきに夜が明ける頃で、彼女はまだ眠っているだろう。
彼女に逢えたのは12日が最後だった。できれば渡仏までにもう一度逢っておきたかったが、それは叶わなかった。

つくしと初めてキスを交わしたときのことは、事あるごとに思い出され、そのたびに類の胸は熱くなる。

Yesの代わりに伏せられた睫毛が、細かく震えていたこと。
キスの後、真っ赤になって照れ笑いを見せてくれたこと。
自分の帰りを、ただ待つと言ってくれたこと。

そうした彼女の仕草の、表情の、言葉のひとつひとつが、類の記憶には鮮明に刻まれていて、思い出すごとに慕情は膨らんでいく。
―逢いたい。
帰国がどれほど先になるかは分からないが、莫迦の一つ覚えのように、その願望だけが類の心を占めていた。




昨晩、統がいつ戻ってきたのかは分からなかった。翌朝起きたときには、父はすでにドイツに向けて出発した後だった。
言い知れぬ徒労感だけがそこにはあって、類を閉口させた。
『公私を問わず、だ』
統の思惑は明らかなように思えた。
つくしの存在を知った上での発言なのか、誘導するように問うてみたものの、統は手の内を明かさなかった。十中八九、把握しているだろうと思いながら。
類としても、勢いついでにつくしのことを話すつもりはなかったし、相手の出方次第ではあるが、できるだけ早くこちらの意志を伝えるつもりでいる。


―なぜ、このように相容れられない関係なのだろう。


類は、これまで、統の言動の中に父性を感じたことがない。彼の庇護のもとに生かされ、血の繋がりこそあれども、他人だと思うようにして生きてきた。
求められているのは彼の思惑通りの、会社の利益に繋がるだろう結果だけ。所詮自分は彼の手駒なのだと分かっていても、唯々諾々と指示に従ってきた。
―これまでは。

今更、人並みの親子関係を望むわけではない。
だが、5年前の中條紗穂との婚約解消で、類が唯一受け入れられなかった繊細な実情を知ったのなら、新たな婚約話など持ち出してほしくはなかった。
統へ向けた想いは、諦観から憎しみへ。黒へは転じないギリギリのラインで保っていた心の均衡は、ここにきて崩れようとしていた。


メイヤー財閥の関係者と顔合わせがあった日、類は現実を思い知った。
統と彼らの間でどのようなやり取りがあったのかは、推測の域を出ない。
だが先方の意図は明らかで、代表としての体裁を最低限は保つセシリアから放たれる、絡みつくような目線は、類をこれ以上なく辟易させた。
これはビジネスであり、見合いではないはずだ。
こんな下らない茶番のために、わざわざフランスに渡ってきたわけではない。



その翌朝、つくしに電話をかけた。リアルタイムではないが短いメールのやり取りから、今日彼女が大学の同門会に参加したことは知っていた。
案じていた通りつくしの声は暗く沈んでいて、彼女が過去を思い出し、その心を揺らがせていることが手に取るように分かった。
それなのになぜ今、自分が彼女の傍にいられないのか、とても歯痒く思う。

これから自分の周囲は変化し、荒れるだろう。
予想以上に、不利な立場に追いやられるかもしれない。
だが、どんな状況に陥ったとしても困難に立ち向かい、彼女の元へと帰ってみせる。類は、決意を新たにする。

旧知の友は、必ずつくしを守ってくれるだろう。任せておけと請け負ってくれたあきらや総二郎に、類は絶対の信頼を寄せている。
アメリカにいる司にまで手助けを頼む事態に発展しなければいいと思うが、今の状況ではおそらく回避できないだろう。

まだ彼女との間に、どんなことにも負けない強い結びつきがないことが悔やまれる。交際期間は短く、絆を信じ切るだけの過去が足らない。
だから、言葉で伝えるしかない。自分の想いを。
「いつでも、どこにいても、俺はつくしを想ってる。…そのことを忘れないでいてほしい」





いつも拍手をありがとうございます。
類にもつくしに明かせない事情があります。苦しい展開です。
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2 Comments

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2019/03/21 (Thu) 22:33 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんばんは。いつもありがとうございます!
暗い展開のときのコメントは本当に励まされます~(*´ω`*)

前半の上り調子から一転、下り坂な展開です。しばらくは苦境が待っています。管理人としても非常に心苦しくはあるのですが、それらを乗り越える瞬間を書くことこそが醍醐味なんですよね。よろしくお付き合いくださいませ。

本編の執筆はまだ終わっていませんが90%は終了しました。残る10%の執筆に悪戦苦闘しています。なんとかブログ開設1周年の5/1までには終わらせたい。それが現在の目標です…(;^ω^)

2019/03/22 (Fri) 00:31 | REPLY |   

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