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68.訪問者

Category『Distance from you』 本編
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退官式から2週間が過ぎ、暦は2月に変わった。
渡仏前の類の懸念をよそに、つくしの周囲では穏やかな日常が続いていた。
類は多忙の合間を縫ってメールを送り続けた。つくしもそれに返信し、長いスパンを挟みはするが、やり取りは途切れることなく続いていた。

先日、桐生テルがホスピスで亡くなったという連絡が、親族の女性からもたらされた。四十九日法要は3月中旬に行われることを聞き、つくしは都合が合えば参会したい旨を先方に伝えた。預かっているテルの愛犬・リンの遺骨は、その時一緒に納骨するつもりでいる。

つくしの警護に当たってくれている本永、福重は、基本的に病院にはほとんど姿を見せない。だが、毎朝必ず今日の予定と異常の有無を電話で確認し、シロンの散歩などの外出の際には、どちらかが後方についてくれていた。



だが、その日常はある人物の訪問によって、一変させられる。



その日は今冬一番の寒さを記録し、冷え込みのきつい夜だった。最後の患者を見送るとき、吹きつける寒風の肌を刺すような冷たさに、つくしは夜間の降雪を予感した。
そのとき、駐車場を出ていく車と入れ違いに、見慣れぬ車が入ってきて停まった。

―誰だろう?

つくしは玄関扉を閉めるのを躊躇い、相手の動向を待った。
車から降りてきたスーツ姿の男は、丁寧に一礼をした後でつくしに話しかけてきた。黒衣のため体部は背景に紛れ、白い顔だけが闇に浮かんでいるようだった。
「こんばんは。牧野先生でいらっしゃいますね」
「……………」

先生と呼びはするが、患者ではない。
素性の分からない相手への警戒心が瞬時に湧き起こり、ざわりと総毛立つ。
つくしは思わずミチ子を振り返った。
その只ならぬ様子に、ミチ子もすぐ玄関に駆けつけた。


男は急いだ様子もなく、ゆっくりこちらに足を向けるとやがて立ち止まり、にこやかに挨拶を述べた。40代後半に見えるその男は長身で痩躯、だが放たれる存在感が恐ろしく強い。相手との間にはまだ十分な距離があるのに、それを感じないほどの緊張がそこにはあった。
「わたくし、花沢物産社長秘書を務めております酒本と申します。今日は牧野先生に、折り入ってお伝えしたいことがあって参りました」
つくしとミチ子は顔を見合わせると、すぐに意を決したように頷き合い、相手の入室をきっぱりと拒否した。

「何もお聞きすることはございません。このままお帰りください」
つくしの言葉にも、酒本の柔和な表情は崩れない。
「お聞きになられた方が御身のためだと思います」
「あなたは伝言役メッセンジャーですよね? その職務を全うさせられないことは心苦しいのですが、面会に応じることはできません」
「副社長を取り巻く状況は変わってしまったのですよ、牧野先生」
酒本の意味深な言葉に心が揺らぐが、つくしは懸命に前を向く。


類は、自分を信じてほしいと言った。
つくしも、彼を信じると言った。
この程度の揺さぶりに惑わされているようでは、とても彼らとは対峙できない。


「いえ、私には不必要な情報です。…どうぞ、お引き取りください」
つくしの声に迷いがないことを感じ取ると、酒本はすっと笑みを引っ込め、傲然と言い放った。声音は、聞く者を凍てつかせるような冷たさへと変わる。
「…これは警告ですよ。ご友人達の庇護程度で、あなた方の日常の平穏は破られないとお思いですか?」
ミチ子は酒本の口調が変わったのを機に前に歩み出て、つくしを守るようにその背の後ろに隠した。玄関扉を閉じて鍵をかけてしまえばいいと思うのに、その動作の間に相手に間をつめられるのではないかと躊躇し、体が動かせない。
「副社長との交際は認められませんよ。彼にはすでに…」


「お引き取りください」
闇の静寂から、唐突に、第三者の声が割って入った。
声は刃のような鋭さをもって、酒本とつくし達との間を分断する。
つくしとミチ子には、それが誰のものであるかがすぐに分かった。

―福重さん…!

「従っていただけない場合は、強制的に立ち去っていただきます」
別の方向からも男の声がする。本永のものだ。
それはこれまでに聞いたこともないような、冷たい声音の恫喝だった。



酒本は両手を挙げる。降参の意を示すように。
これ以上の滞在は無理だと判断したのだろう。
「…今日は失礼いたします」
「いえ、何度来られても面会はしません」
つくしは毅然と意志を示す。
だが、ミチ子の背に触れる手は小刻みに震えていた。

酒本はそれには応えず、乗ってきた車の運転席のドアノブに手をかけた。
緊張が緩んだ、その一瞬。
「経済ニュースに面白い記事がありますよ」
酒本はそう口早に言い捨てると、車内に滑り込んで走り去った。


―経済ニュース?
―そこに、何の記事が載ってるの?
耳に拾ってしまった酒本の一言に、つくしの思考は掻き乱された。



「…先生! 大丈夫!?」
ミチ子の声にハッとすると、つくしは無意識のうちに彼女の腕に縋っていた。
足はガクガクと震えていた。
ミチ子がいなければ、その場に座り込んでしまっていただろう。
「到着が遅れて申し訳ございません」
「牧野様、大丈夫ですか?」
死角から姿を見せた本永と福重が、気遣わしげにつくしに声をかける。
「…すみません。ちょっと驚いただけです。大丈夫ですから」


たった数分の出来事だった。
それだけでも、得体の知れない相手の不気味さを痛感する。
つくしの心には、不安と緊張とがいつまでもへばりつくようにして残った。





いつも拍手をありがとうございます。いよいよ花沢側が仕掛けてきました。
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4 Comments

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2019/03/23 (Sat) 22:35 | REPLY |   

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2019/03/23 (Sat) 23:45 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんばんは。今夜もコメントありがとうございます。
応援嬉しいです(*'▽')

今回は、み様の疑問がいっぱいでしたね。そのどれもにすぐにでも答えてあげたい……のですが、回答編はまだまだ先です。『おぉ、なるほどね!』という終わり方に持っていけたら、と頭をフル回転させています。
警護のコンビはまだまだ活躍します。機動力抜群の二人をカッコよく書けたらなぁと思っています。

執筆は亀のスピードですが毎日着実に進んでいます。頑張りまーす(;^ω^)

2019/03/24 (Sun) 00:59 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます。
お話が苦しい展開のときのコメントは、殊更嬉しく感じます(^^ゞ

いよいよ攻防戦が始まりました。まずは軽くジャブが入りましたね。
二人の絆が試される時が来ています。つくし以上に、類は本当に不安で不安で仕方ないだろうと思いながら書きました。

今作で私が描きたいと思っていたシーンの一つがもうすぐお目見えします。楽しみに待っていてくださればと思います。

2019/03/24 (Sun) 01:15 | REPLY |   

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