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69.苦悩

Category『Distance from you』 本編
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ミチ子に付き添われて2階に上がり、つくしはダイニングチェアーに背を預けて座った。花沢サイドからの接触について、類にすぐ連絡しようとしたが、相手は圏外にいるのか電話はずっと不通だった。仕方なくメールに用件を書いて送るが、返信は来ない。これまでにもそうした事は何度もあったのに、今はそれがもどかしい。


―類。どうして通じないの…。


「…先生、本当にこのままでいいの?」
つくしの動揺を落ち着かせるため、マグに温かい紅茶を淹れて差し出し、ミチ子はそっと問うた。
「花沢さんがどんなにいい人でも、先生を大事に想ってくれても、結局はあっち側の人間だと思わない?」
ミチ子の心配は分かる。痛いほどに。
でも、つくしは類を信じると決めた。彼の帰りを待つと約束したのだ。

『決して周りに惑わされないで』

その言葉が示す“周り”は、花沢サイドの人間のことだけだと思っていた。
それだけでなく、つくしサイドの人間も含めていたとしたら、その言葉の意味合いはより重いものになる。


「…あの人が来てから、ミチ子さん、心配事ばかりですよね」
つくしが努めて明るく言っても、その表情に無理を見て取ったのか、ミチ子は笑顔を見せてはくれない。
「花沢さんのこと、ご実家には知らせてるの?」
つくしには答えられない。
何をどう説明しても面倒に思えたからだったが、今後のことを思うなら、さわりだけでも説明しておいた方が良かったのかもしれない。だが、即座に反対される気がして、ずっと家族には言えずにいた。


自分達の関係は、誰にも祝福されないものかもしれない。
そんな考えが唐突に浮かんで、つくしの胸を暗く塞ぐ。


「これから先も、神経をすり減らすようなことばかり起きたら、困るのは先生だけじゃないわ。由紀乃さんにだって、余波は及ぶかもしれないのよ。ご実家の方にもね。…そうした全部を、その恋の代償にしてしまっていいの?」
―ミチ子さん…っ。
これまでにない厳しい指摘に、つくしは息を呑む。
だけど、でも、と言い募りたいのに、尤も過ぎる彼女の意見はつくしの心を深く抉って、反論の余地を与えない。


自分達の恋を成就させるために、その他のことが犠牲になっていいはずがない。
それは絶対だ。
そうはさせないために、類は親友である美作あきらを紹介してくれた。
だが、相手がどう出てくるか分からない状況下で、対応は後手に回らないか?
いつか、取り返しがつかないようなことが起きたら?


先ほど対峙した酒本のことが怖かった。彼の目は、ただ命令に忠実なロボットのように、無機的に光っていた。目的のためには手段を選ばない。そう見て取れた。
きっと彼の主も同種の人間だろう。
ミチ子もそう感じたからこそ、敢えて苦言を呈してくれている。

『これは警告ですよ。ご友人達の庇護程度で、あなた方の日常の平穏は破られないとお思いですか?』

彼は、“あなた方の日常”と言った。“あなたの日常”ではなく。
それは、暗に多方面への攻撃を示していないか。
相手側に、最初からこれほど強硬な態度を示されるとは思っていなかった。
突きつけられたのは、完全なる拒絶だった。

類との別れ。
それを一瞬だけ意識する。
まだ交際期間も短く、関係も浅く、引き返すのはいくらでも可能なはずだ…。



―だが。



“別れたい”と口にすれば、類はどれほど傷つくだろう。
想像するだけでも、胸が捩れるほど痛い。

自分への愛情をあれほど強く乞いながらも、つくしの淡い気持ちが育つまでじっと待ち続けてくれた類。
一歩互いの距離を縮める毎に、嬉しそうに目元を和ませる類の笑顔は、つくしの記憶に深く刻まれていて、思い出すだけで彼への想いが募っていく。


―あぁ、私は。
―こんなにも彼が好きなんだ。

―でも、それなら、どうしたらいいの?



ふいにスマートフォンが振動し始めた。つくしとミチ子の視線が集中する。
慌てて確認した画面には、彼ではなく、彼の友人の名があった。
「…もしもし」
「牧野さん? 今いいですか?」
美作あきらの声がして、つくしはホッと安堵の息をつく。
「本永から事情は聞きました。花沢から接触があったようですね」
「えぇ。秘書の酒本さんと仰る方と話をしました」
「ショックでしたか?」
「…今までに出会ったことのないような方で、正直、怖かったです」
つくしの言葉に、あきらは小さく笑う。
「酒本は花沢社長の第一秘書で、彼の懐刀とも呼ばれる人物です。見た目は優男ですが、ビジネスの世界で多くの修羅場をくぐってきた男ですから、そうした殺伐とした印象を抱かれたかもしれませんね」
「…はい」

「今はまだ相手の出方を窺っている段階です。相手は、“美作程度”と俺達を低く評価しているようなので、むしろ好都合だと考えましょう。牧野さんにも、牧野さんの関係者にも、俺が手出しはさせませんので、その点は安心してください」
あきらの声はどこか自信に満ち、部下に対する絶対の信頼を感じさせた。
つくしは思わず問い返していた。
「…類と、連絡が取れないんです。美作さんは何かご存知ですか?」

わずかな沈黙の後、
「この時間ならたぶん機内にいるんだと思いますよ。…心配はご無用です」
あきらは、つくしが欲しいと思う答えを与えてくれる。
それから二言三言、確認のようなやり取りの後、通話は終了した。



つくしはあきらとの会話の内容をミチ子にも伝えた。彼女は納得した様子は見せなかったが、とりあえずは問題を保留にしてくれた。
また明日ね、と帰っていくミチ子に深い謝意を告げて裏口で見送った。2階に戻ったつくしは、再びダイニングチェアーに深く腰掛ける。
類からの連絡はまだない。
一人でいると不安な気持ちはどんどん強まっていく。


『副社長との交際は認められませんよ。彼にはすでに…』


その後に続く言葉は何だったのだろう。
流れから考えるに、『彼にはすでに相手がいる』だろうか。
酒本の指した経済ニュースのことがどうしても気にかかり、やめた方がいいと思いつつもネット検索をする。それが何の記事かはすぐに分かった。


『花沢物産 メイヤー財閥と事業提携』
『婚約話も浮上』


“視察に訪れる各社の若き代表”と表題し、類と先方の代表者であるセシリア・メイヤーの写真が表示される。
すぐ目に留まるのはその女性の手の位置。
左手を類の右肘にそっと添え、女性は彼の横で美しい微笑をたたえている…。
外国ではそうしたエスコートはマナーであり、当然のことだ。
そう思いながらも、絵になるような二人の姿に、心は千々に掻き乱される。
つくしのその反応こそが、花沢サイドの目的であると分かっているのに。


…だが、ほどなく、つくしは気づいた。
写真の中にいる類が、まるで無表情であること。
それは過去、週刊誌の記事に載っていた在りし日の彼と同様の、氷のように冷たい余所行きの顔。


―大丈夫。


大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
それを何度か繰り返して、もう一度写真を見る。


―これは、彼の本意じゃない。





いつも拍手をありがとうございます。以下、蛇足です。
第69話は、第29話『記事』の対としての一面を持っています。『記事』では、ミチ子が持ってきた資料に、つくしが目を通すシーンがありました。その時と今回とで、類の表情を合致させることで、つくしは類の真意を悟ることができた…というのが今回の下りでした。
ミチ子はその立場上、どうしても反対派になってしまいます。つくしのためを思えばこそです。ですが、その彼女の過去の行動により、現在のつくしは僅かに励まされるという、一種のアイロニー(皮肉)を描いたつもり……でいます(;^_^A
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2 Comments

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2019/03/26 (Tue) 12:25 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様

こんばんは。
お忙しい中、ポチッといただけているだけでも嬉しいです(*´ω`*)
さらには今回温かいコメントまで……ありがとうございます!

今作はある程度大人になった二人が書きたいな~と思い、around30からのスタートでした。過去のいろいろから、つくしは恋愛に対して臆病になっているので、とにかく類の方が頑張る必要がありました。30歳にもなれば、さすがの類も社会人として立派になっているだろう…と思いまして(;^ω^)

執筆は毎日コツコツと続けています。しばらく管理人が得意とするシリアス展開が続きますが、ハッピーエンドをお約束します。最後までよろしくお付き合いのほどを…。

2019/03/26 (Tue) 23:07 | REPLY |   

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