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72.接触

Category『Distance from you』 本編
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日曜日の午後。
つくしはサンルームの揺り椅子に座り、膝の上で丸くなったミューの背を優しく撫でながら、類からのメールをぼんやりと眺めていた。
彼から送られてきた中で一番長く、そして難解なメールだった。
内容はすでに何度も読み返して暗記し、そらんじることができるほどだ。


要約すれば、類は以下の3点を述べている。
一つ、盗聴の可能性があり、しばらく電話連絡ができない。
二つ、再度、花沢からの接触があっても、絶対に交渉はしないでほしい。
三つ、メイヤー家との婚約話が持ち上がっているが、承諾するつもりはない。

文末には、ここで詳細を説明できないことへの謝罪と、自分を信じて待っていてほしいという懇願とが、ごく丁寧に綴られている。

一番分からないのが、追伸に書かれた内容だった。
親友の妻、道明寺滋が、アポなしで自宅を訪問するかもしれない。非常に明るく、元気な女性だが、あまり驚かないでほしいという。
その訪問理由にどうしても思い当たらず、つくしの苦悩は深まるばかりだった。


何度ついたか分からないため息を、もう一度吐き出す。
不穏に揺れ動くつくしの心を、ミューの温かさが支えている。
もう2週間近く、類の声を聞いていない。このメールも1週間前に送られてきたきりだ。こちらからは連絡しづらく、書きかけのメールは送れていない。
類を信じたい。
そう思うのに、日毎に不安は募った。



この数日、つくしの周囲は荒れていた。



メイヤー財閥との共同事業の発表と同時に、両家婚約の噂が実しやかにメディアに取り沙汰され始めると、今度こそミチ子は憤慨した。
“これだから金持ちは信用できない”と、取り付く島もないほどに怒りを顕わにし、それでも類を擁護しようとするつくしとは、関係がぎくしゃくしている。

由紀乃はもう少し冷静で、類側の事情を考慮する姿勢を見せはしたが、彼女は彼女なりにこの非日常の毎日に疲れていて、あまり元気がない様子だ。
その話題には触れまいと、仕事に専念する姿勢が見て取れる。

折悪しく、治療の経過に納得のいかない患者から連日クレームがあり、その対応にも追われ、院内の雰囲気はどこか殺伐としたものへと変わっていた。
ミチ子へも、由紀乃へもただただ申し訳ない。
つくしは現状に心を痛めていた。



報道で事態を知った優紀は、すぐに電話をかけてきてくれた。
類から送られてきたメールの内容を話すと、彼女からも苦笑しか返ってこない。
つくし自身も、最初にメールを読んだときはそうだった。
「確かに分からないことだらけだよね。…でもさ」
優紀は言う。
「私は花沢さんを信じるよ。つくしのことが大好きだって言ったあの熱意を。…あのとき、言ってたよね? お父さんのことに関しては、自分なりの考えがあるって」
「うん…」


確かに類はそう言った。
『…まぁ、そこについては俺に考えがあるから』
『今はまだ内緒。そのうちに明かすね』

ちゃんとその内容を聞いておけばよかった。
後悔先に立たず、とはこのことだ。
つくしはほぞを嚙む。


「だとしたら、花沢さんは、お父さんと対峙しようとしてるはずだよ」
「…そうかな」
「うん。だって、つくしと一緒になるためには、お父さんの意向は障害でしかないわけでしょ。こうして別の相手をあてがってくるくらいだし」
「こっちには牽制もかけてくるしね…」
「つくしは、花沢さんを信じてるよね?」
優紀の言葉に、つくしは即答する。
「うん。信じてる」
「私も気持ちは一緒だよ。…だから待とう?」


力強い賛同の声。
優紀の言葉がつくしの心を支える。


「…でも、もし悪い結果を迎えてしまったとしても、つくしには何の落ち度もないからね。相手を信じることと、相手がその信頼に応えてくれることは、まったく別のものなの。…だから、絶対に、信じたことそのものを後悔しないでね」
優紀は、類を信じたいと強く想うつくしの心情を汲む。
「分かった。ありがとう、優紀…」




「…キュウン」
つくしはそこで回想をやめた。シロンが足元にすり寄ってきて、外へ出たいとジェスチャーしている。つくしはミューを抱き上げて床にそっと下ろすと、シロンを散歩に連れ出すために下へと誘導した。
「寒いねぇ、シロン…」
吹き付ける北風の冷たさに、つくしはきゅっと身を竦ませた。膝丈のダウンジャケットを着込んでいても尚、冷気は素肌に浸食するかのようで、散歩の意欲を挫く。リードを引っ張るシロンに促されて、つくしはようやく歩を進めた。


行き慣れた道を進みながら想うのは、やはり類のことだ。彼と一緒にこの道を歩き、シロンの散歩をしていた日々がひどく遠くに感じられる。
出会った頃は、彼のことをこんなに恋しく想うようになるとは、夢にも思っていなかった。過去のトラウマを突き崩し、つくしの中に思慕や恋情を目覚めさせ、それと同時に寂しさや切なさも自覚させた彼。

『2~3ヶ月なんて、きっとあっという間に経つよ』

そう言って彼を送り出したのは自分なのに、離れて1ヶ月も経たずにこの様だ。
その時は今ほどの苦境を想定していなかった。
自分の目算が甘かったということなのだろう。


公園の広場に着く。厳しい寒さのせいか、日曜日の午後にもかかわらず、人影はなかった。そっと振り返ると、そう遠くはない距離に本永の姿が見える。警護体制についてはずっと変わりがない。
つくしは持参したフリスビーを投げた。シロンはそれをジャンピングキャッチし、成功した事を誇らしげに主に見せつけた。フリスビーを取って戻ってくる度に、つくしは愛犬を褒めちぎった。
「シロン! GO!」
そう言って、つくしが先ほどより遠くまでフリスビーを投げたときだった。



「牧野さん」



背後から唐突にかけられた低い声に、つくしはビクリと肩を揺らした。はっと振り返ると、どこか見覚えのある長身の紳士が冷たい微笑を浮かべて、そこに立っている。
つくしが記憶を辿るよりも前に、相手が口を開いた。


「初めまして」
彼は言う。類によく似た声質で。
「私は、花沢統と申します」





いつも拍手をありがとうございます。
さて、ここで統との直接対決です。頑張れ、つくし!
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4 Comments

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2019/04/01 (Mon) 07:14 | REPLY |   

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2019/04/01 (Mon) 12:42 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメント嬉しいです~(*'▽')
今日は夕方から姑の来訪(お泊まり付♡)があり、お返事が遅くなりました…。

そうそう、いきなりのボス登場です。
明日のお話は、今作の中でも特に重要な一場面でして、かなり気合を入れて書き上げたつもりです。つくしの奮闘を見守ってくださいね。

新しい元号、すごく楽しみにしていました。私はてっきり「K」のつく元号になるかと思っていたのですが…。あと1ヶ月『平成最後の~』が延々と繰り返されますが、ゆるく受け流していきましょうね(^^♪

2019/04/01 (Mon) 22:10 | REPLY |   
nainai

nainai  

ル様

こんばんは。コメント嬉しいです~(*'▽')
今夜は姑さんがうちにお泊まりなので、お返事が遅くなりました…。

今日はうちの職場でも元号の話で持ち切りでした。私は「K」のつく元号を予想していました。「令和」という字が達筆だなぁ~と感心しながら見ていましたよ(*^^)v

さて、類パパの登場です。いきなりの帰国!
各家庭において、結婚に際し何を重要視するのかは様々ですよね…。
明日の話は、いつもより気合いを入れて書いたつもりです。よろしくお付き合いくださいませ。

2019/04/01 (Mon) 22:25 | REPLY |   

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