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73.対峙

Category『Distance from you』 本編
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―この人が、類のお父さん。
つくしはその場に立ち尽くしたまま、声もなく統を見つめた。


彼の顔に見覚えがあったのは、ネットニュースに掲載された写真を覚えていたからだ。類の中性的な容姿と比べ、統はいかにも怜悧そうな、骨ばった顔立ちをしている。第一線で辣腕を振るい続けているせいだろうか、50代半ばには見えないほどに彼の外見は若々しい。
眼光は冴え冴えと鋭く、つくしを射抜くようにして双眸から発されている。彼の秘書である酒本に通ずる、得体の知れない闇を痛いほどに感じ取り、つくしはふるりと身震いした。

何か応えなければ、と思う。
それでも声が出ない。
統の放つ無言のオーラに、ただ圧倒される。
フリスビーを咥えたシロンが戻ってきて、甘えた声でつくしに次の遠投を催促する。だが、つくしは一種異様な雰囲気に呑まれ、彼から視線を外すことができなかった。



「…牧野様、こちらへ」
気付けば、つくしの傍に本永が控えていた。つくしの前に立ち、統の目線から庇うように背に隠してくれる。詰めていた息をやっと吐き出すことができ、つくしは素早くシロンのリードをたぐり寄せた。
「美作の手の者か」
「お話がございましたら、私も同席させていただきます」
「警護役と話をする気はない。下がっていろ」
だが、本永は引かない。
その広い背が、与えられた任務を最後まで遂行すると告げている。

そのことに安堵を得て大きく深呼吸をすると、つくしは本永の横に歩み出て、統に挨拶を述べた。
「初めてお目にかかります。牧野つくしと申します」
統は頷き、単刀直入に切り出した。
「息子があなたと結婚したいと言っています。ですが、当方ではそれを認めることはできません。先日こちらの意向を伝えるために使者を送りましたが、伝言役では話を聞いてもらえないそうなので、こうして私が足を運んだ次第です」
統の声は朗々と響く。


「あなた自身はどうお考えですか? ご自分が花沢の後継者の妻として、社内外に恥ずかしくないだけの働きができると思われますか?」
つくしは首を振る。
「私は獣医師です。それ以外の何者にも成り変わることはできないと思います」
「不適格であることを認めると?」
「…そうですね。類さんとは互いの仕事を尊重し、認め合うことはできても、共闘することはできないものと認識しております」


実のところ、この考え方に嘘はなかった。
類はつくしに結婚の意志を示しているが、一度として獣医を辞めることや後継者の妻としての働きを求めるような発言をしてこなかった。
ただ、これからの人生を共にしてほしい。そう彼は望んだ。



統の瞳の色が濃くなる。
「…ずいぶんと冷静ですね。あなたには息子と結婚する意思があるんですよね?」
「精神的にお互いを支え合いたいという意味でしたら、そう思っています。ですが…報道で知りました。ご婚約の話が出ているそうですね」
「話が早い。…その通りです。類には然るべき家柄の女性と結婚してもらいます」
「そこに彼の意思がなくても、ですか?」

鋭く切り込んだつくしの質問に、統は薄笑いを浮かべた。
つと口元が歪む。
「当家は一般家庭とは異なる事情を抱えております。個人の都合は優先されません」
「…類さんは、自由意思で生きられないことに絶えず苦悩を抱えています。5年前の婚約解消はそれが主因だったと…」
「本人がそう言ったのですか?」
「課せられた使命だと分かっていても、どうしても受け入れられなかったと聞いています」


一拍の間を置いて、統は質問の角度を変えてきた。
「成婚に至らなかった最大の理由を、あなたは当然ご存知ですね?」
類が、婚約者の女性を受け入れられなかった身体的な事由…。
「…はい」
「では、あなたなら、それは可能だったのですか?」
「………っ」
問われている内容を瞬時に理解し、つくしは統への嫌悪感に顔を歪ませた。

類とはまだ体の繋がりはないが、心は強く結びついていると思う。
自分達なりのペースでゆっくりと愛情を育んでいるその過程に、不用意に土足で踏み込まれ、無秩序に汚されたような気がした。

「その問いにお答えする義務はないと思います」
固い声音の返答を、統がどのように解釈したかは分からない。




「幼少期より、類にはありとあらゆる教育を与えてきました。すべては私の後継とするために。副社長としての働きも及第点で、次はそれなりの結婚相手を、と考えていたところです。…少なくとも、その相手としてあなたは相応しくありません。後ろ盾もなく、私達の世界への理解もない」
適・不適の判断を下すのなら、確かに自分は不適格なのだろう。
つくしはその点について争うことはしない。

「あなたの存在は、類の判断力を狂わせる。彼の中の優先順位を捻じ曲げ、いつか、見極めるべき大局を損なわせる可能性を大いに秘めている」
「私が彼に悪影響を及ぼしている、と?」
統は頷く。
「類はあなたに対する盲目的な一面を私に見せました。感情的になった息子を見たことは、非常に貴重な経験だったと思います。……だからこそ、あなたか、会社か、二者択一の選択を迫られる局面に至れば、きっと類は迷わずあなたを選ぶのでしょう。…ですが、それではトップに立つ者として不適格です」


つくしには統の懸念が分かるような気がした。
トップならば孤高であれ、と。
第一優先が、会社以外のものであってはならない、と。
感情的な批判より、そうした理詰めの批判の方がより重く、つくしの心に響く。



「私は今、自社に勤める人々の生活への責任を負っています。ひとたび判断を誤れば経営は傾き、多くが路頭に迷うことになるでしょう。そのために広い視野を持ち、冷静に物事を見極める力を持つ後継者が必要です。…息子が二人いますが、その力に長けるのは類です。跡を継ぐべきは、類です」
類が優秀なことは分かっていた。
「昨今の世界規模のデフレの影響で、当社も決して安泰であるとは言えない経営状況です。生き残りを懸け、結婚というある種の契約をもって他社との連携を深め、自社の基盤を強化することは我々の世界では決して珍しくありません。…そして今、その必要に迫られているのです」


「事情は…分かります。ですが、そこに類さんの幸せはあるでしょうか?」
感情論に基づいた質問が、この場で意味を為さないことをつくしは分かっている。
だが、問いたい、と思った。
「類さんの心からの笑顔を見たことがありますか? あの人、笑うと少年みたいにあどけない表情になります。すごく素敵な笑顔です」
胸の奥から何か熱いものが噴き出るようにして、言葉が飛び出していく。
その熱量は身の内を焦がし、つくし自身にも御しがたいほどだ。


つくしは統を見据える。
曇りのない漆黒の瞳で。


「そもそもの最初、彼に無償の愛を与えるべきは、唯一の血縁であるあなただったと思います。…いえ、実際には与えていらっしゃったのかもしれません。ですが、本人がそれを自覚できるように、明確な愛情を示してあげるべきでした」
統の片眉がピクリと上がる。
「類さんは、家族の思い出は何一つないと言いました。その言葉がすべてだと思います。…家庭において受けるべき愛情が圧倒的に不足した結果が、今のこの状況を招いたとは思われませんか?」
つくしの問いかけに、統はまだ何も答えない。
だが、薄笑いは消えていた。


「私は、あなた方の世界においては、確かに無力です。そして無理解です。小さな命に向き合い、寄り添うだけの一介の獣医師に過ぎません。……でも、愛情なら注げます。彼が望むなら望むだけ、いくらでも」
つくしは宣言する。
「類さんを愛しています。心から。…あの笑顔を、これからもずっと守ってあげたいんです」



それが、自分を躊躇させてきた諸々が霧散し、ただ一つの想いだけがつくしに残った瞬間だった。皮肉なことに、これまで曖昧に模られていた類への慕情は、統という畏怖すべき存在の出現によって、むしろ明確化されたのだ。



「…息子があなたに惹かれる理由は、よく分かりました」
統は静かに切り出す。
「さすが獣医師という献身的なお仕事を選ぶだけのことはある。あなたは実に愛情深い人なのでしょう。苦行に耐える者に、安息と癒しを与える力に長ける」

だが、つくしは思い知る。統のその表情にはいかなる変化もなく、自分の訴えが相手の心には何一つ響かなかったことを。

「だからこそ、あなたは息子をスポイルする存在なのでしょう。…申し訳ないが、やはりあなたを認めることはできない。どうか息子のことはもう忘れてください。…できないというのなら、それなりの制裁を覚悟してもらいます」





いつも拍手をありがとうございます。
今作で書きたいと思っていた場面の一つです。つくしの健闘でした。
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6 Comments

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2019/04/03 (Wed) 09:39 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*'ω'*)
投稿は1回でしたよ~。大丈夫です!

統との対話を通じて、自分の想いを純化させたつくしでした。類は二人の絆を不安視していましたが、会えない間にもつくしは気持ちを固めていました。いかがでしたか? つくしの芯の強さが描けていたらいいなぁと思います。

しばらく類の出番がなくて申し訳ないのですが、よろしくお付き合いくださいませ(;^_^A

2019/04/03 (Wed) 20:53 | REPLY |   

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2019/04/03 (Wed) 22:54 | REPLY |   
nainai

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金様

こんばんは。ご訪問頂きありがとうございます。
初コメント、とても嬉しいです(*´ω`*)

読者様にもペットを飼っていらっしゃる方が多く、折に触れいろいろな経験談を聞かせていただいています。金様のワンコもいつまでも元気でいてほしいなぁと思います。

2日に1回の更新で73話になり、連載は6ヶ月目に突入してしまいました💦 遅筆かつ長文書きなのでまだまだ続きますが、よろしければ最初からゆっくり展開を追っていただければと思います。
紆余曲折が続きますが、ハッピーエンドをお約束しますので、ぜひ最後までお付き合いくださいませ。

2019/04/03 (Wed) 23:44 | REPLY |   

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2019/11/04 (Mon) 13:21 | REPLY |   
nainai

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ふ様

こんばんは。今日は2回目のコメントです。
いつもありがとうございます(*^-^*)

つくしは類の過去を知った時から、唯一の肉親である統に対して強い怒りを抱いていました。それはもう純然たる怒りです。愛情を注がれて育った自分に比べ、幼少期の類の孤独や寂しさを思うと、どうして?と問いかけずにはいられなかったのです。つくしと統の対決は、この作品中における重要なワンシーンであったかと思います。

『Distance~』のつくしは、私の理想を投影しているのかもしれません。このように清廉であれたらいいなと願いつつ、日々を暮らしていますよ。

2019/11/04 (Mon) 18:14 | REPLY |   

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