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75.滋の話

Category『Distance from you』 本編
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「…熱いので気をつけてくださいね」
「ありがとう!」
コーヒーを満たしたマグカップを炬燵台の上に置くと、滋は嬉しそうに両手でマグを包んで自分の方へと引き寄せた。肩をすぼめ、冷えた指先を必死に温めようとする様子が、リスのように見えて微笑ましい。
淡い色合いのフレンチネイルがとても綺麗で、整えられた指先につい魅入ってしまう。可愛い人だ、と改めて思った。

同席を提案した福重の申し出を丁重に断り、つくしは滋を2階に招き入れた。第一印象や類のメール内容から、なんとなく彼女の人となりは分かるような気がしていた。


つくしが滋の斜め前に座ると、滋はおもむろに口を開いた。
「先に謝っておくね。…実は聞いちゃったんだ。牧野さんと類君パパのやり取り」
「…えっ?」
つくしは滋の顔を凝視する。
自分でも驚くほどに動揺してしまう。
あのとき公園にいたのは、花沢統と本永とつくしの三人だけだったはずだ。
「ど…どうやってですか?」
「あ、ごめんね。順を追って話すから」



滋の話はこうだった。
2月に入り、ドイツからイタリアへと滞在拠点を移した統は、あるとき唐突に日本への航路をとった。その情報を察知した類からの要請を受け、帰国してからの統の足取りはすべて、道明寺財閥のSPが掌握している。
花沢統は、空港からいったん都内の自宅に戻った後、その足で真っ直ぐにつくしの元へと向かった。帰国の目的は明らかだった。


「夫に話を聞いてから、ずっと牧野さんに会ってみたいと思ってたの。ちょうど帰国の予定があったし。自重しろって言われてたんだけど、うちのSPから類君パパがこっちに向かってるって聞いたら、居ても立ってもいられなくなって」
滋はつくしの瞳を見つめる。
「SPと合流したところで、福重さんが私達に声をかけてきたの。…警戒されたのね。あきら君に連絡を取って、さらに福重さんとやり取りしているうちに、二人の会話がインカムから聞こえてきて…」
福重と本永は常にラインを繋いで、情報共有をしている。
滋は通信機器を通じて、統とつくしの会話を耳にしたという。


「もうねぇ…。私、感動しちゃってさぁ…」
滋が感極まった様子でそう言い出すので、つくしはカァッと頬を染めた。
統と向き合っている間は極度の緊張状態にあったので、自分が相手に向けて放った言葉の詳細は憶えていなかった。
…はっきりと憶えているのは、類への溢れる想いを口にしたことだけ。

「牧野さんは、類君を、こんなにも大切に想ってくれてるんだぁって…」
「ちょっ…あの…」
「あっ、いいの、いいの! 照れないでっ!」
話をするうちにだんだん分かってきた。
滋は基本的に人の話を聞くタイプではなさそうだ。でも、そんな彼女が嫌いでもない。滋の裏表のない明るさは、沈み込んだつくしの気持ちを浮上させてくれる。



「私の夫…司も、類君に通じた部分があってね」
道明寺司の名は、ネット記事でもよく目にしていた。
F4の中でも絶対的権勢を誇る道明寺ホールディングス、その後継者。ギリシャ彫刻を思わせる完璧な造形は、一度見たら忘れることはない。

「ご両親は今もご健在でいずれも素晴らしい経営者だけれど、息子の教育は使用人や姉の椿さんに任せっきりだったの。その椿さんが結婚してアメリカに行ってしまうと、その反動だったのか、司は手が付けられないほどの暴れん坊になってね。…高校時代には、何度も暴力沙汰を起こしてる」
つくしは滋の話にじっと聞き入る。


「私達は親同士が決めた婚約者で、出会ったのは高3の時だった。あ、私、旧姓は大河原って言ってね。大河原グループは知ってるかな?」
「えぇ、もちろん」
言わずと知れた大企業だ。
「第一印象は、もう最悪で。お互いひどく罵り合って、二度と会うかって大ゲンカして別れたの。司は、私のこと、サル呼ばわりしたし」
「…サル、ですか?」
「向こうの傲慢な態度にあまりに腹が立って、飛びついてヘッドロックかけてやったからだと思うんだけどね…」
18歳の彼女がプロレス技に挑んだところを想像すると、思わず笑みがこぼれた。


「でも、双方の親は、婚約は絶対だって言って譲らないし、仕方なく司に向き合ってみることにしたのよ。私には結婚相手を選びようがなかったから」
「……………」
大企業の令嬢として生まれた宿命。
それを何でもないことのように話す滋の、その潔さにつくしは閉口した。
自分達にとって当たり前でないそれらのことは、上流階級に属する彼女達にとってはごく自然に受け止められている。その感覚の違いに改めて感じ入った。


「サルから友人に、それから恋人に、家族になるまでの長~い過程では、類君、あきら君、ニッシーにすごく助けられたんだ。……牧野さんは、あきら君とニッシーには会ったことある?」
「美作さんには一度。ニッシーという方が西門さんでしたら、まだお会いできていません」
まぁ、いい男よ、と滋は笑う。
「今でこそ落ち着いた雰囲気の二人なんだけど、高校時代はおふざけコンビでねぇ。あいつらの提案する作戦がことごとく裏目に出るもんだから、私、司にボコられそうになったのよ」
「…はぁ」

…何だろう。先ほどから飛び出す単語がやたらと暴力的だ。
つくしが若干引き気味に話を聞いていると、滋は懐かしむような表情を浮かべた後で、つくしに言った。

「二人の明るさにずっと励まされてきたんだけど、あるとき、どうにも上手くいかないもんで、相談中に泣き出したことがあってね。派手に泣いたもんだから、あのコンビも対処に困ったみたいよ。
するとね、それまで事態を静観していた類君が私に言ったの。…たぶん、初めて会話したのがそれ。『司のねーちゃんに連絡を取りなよ。司が欲しがるものは金では買えないものだから』って。司のことを一番理解しているのが椿さんだから、自分達に聞くより着実だって」

シンプルな助言ながら、それが奏功したという。
「だから、類君には本当に感謝してるの。…尤も、類君は騒がしい私のことが苦手みたいだけどね?」
そう言う滋の笑みには、どこまでも屈託がない。





いつも拍手をありがとうございます。
類の出番はもう少し先です。しばしお待ちを…。
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2 Comments

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2019/04/07 (Sun) 00:02 | REPLY |   
nainai

nainai  

ま様

おはようございます。コメント嬉しいです(*'ω'*)
いつもありがとうございます♪

around30の滋は人懐っこさはそのままに、行動はちょっと控えめに…で描いています。苦しい展開の中、滋の明るさはプラス効果をもたらしてくれるだろうなぁってことで登場してもらいました。まさにGJな彼女です(^^♪

別離編はとにかく類の出番が……(;^_^A もうちょっとだけ待っていてくださいね~。更新頑張ります!

2019/04/07 (Sun) 07:24 | REPLY |   

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