76.応援
「うちは一人娘で、両親には、それこそ蝶よ花よと愛情を注がれまくって育ったのね。過保護すぎることも多々あったけど、まぁ幸せだったんだ。うちのような過干渉か、道明寺家のような無干渉か、…周囲には割と極端な家庭が多いように思うの」
「そうなんですか…」
アッパークラスの家庭事情は、つくしには知る由がない。
「類君の家庭事情も複雑だから、今思えば、あのとき私にくれたアドバイスって、彼にも当てはまる話だったんだろうって思う。『欲しいものはお金では買えないもの』って下りね。…5年前、類君の婚約が破談になったとき、…司からその理由も聞いたとき、なんか納得したもん」
「滋さんは知ってるんですね? その…」
滋はうんうんと大きく頷く。
「25歳にしてEDって、もうよっぽどだって思った」
―このストレートな物言い。優紀以上だ。
「で、話を戻すけど…、牧野さんと類君パパのやり取りを聞いたとき、はっきり分かったんだ。あぁ、類君は牧野さんのこういうところに惹かれたんだって」
急に話を冒頭に戻され、つくしは再び慌てふためく。
「愛情ならいくらでも注げます。類さんを愛していますって。……あの怖い類君パパに、面と向かってあんなふうに言える女性、いないと思うよ。本当に立派だった!」
「…ありがとうございます…」
つくしとしては、渾身の宣言を、あの場にいなかった第三者に聞かれてしまった事実が大いに恥ずかしく、顔が火照るのを抑えることができない。
可笑しな話だが、類本人にも自分の本意を伝えきれていないのだ。
統と対峙したことで純化された想いは、今も確固としてここに在る。
「でも、だからって、事態が改善するとは思えない終わり方ではあったけどね。…類君パパは自分の考えを曲げないと思う。何十年もそういう考え方で生きてきたんだもの。方針を転換させることはプライドが許さないはず」
滋の冷静な発言に、つくしもすっと頭を冷やす。
「はい…。そうだと思います」
結局は、物別れで終わってしまった話だった。
「牧野さんのパンチは決定打にはならなくても、確実に届いたと思う。でも、それは同時に、類君パパに脅威を与えもした。…牧野さんの覚悟が分かった。類君はそういう牧野さんを諦めきれない。だから、本気で潰しにかかってくると思う」
滋の言葉が、つくしの心に影を落とし込む。
感情的になるべきじゃない。そう途中で思いはしたが、胸の奥から溢れ出すような何かを、どうしても御しきれなかった。
「でも、…黙っていられなかったんだよね? まるで類君には人権がないように言われて。こんな圧力なんかに負けるもんかって思ったんでしょう?」
滋の言葉に、つくしは思わず涙ぐむ。
ポロッとこぼれた雫に驚いてつくしが下を向くと、滋が慌てた声を出した。
「あっ、ごめんっ! 泣かせる気はなかったのにっ」
「…すみません。ちょっと感情をうまくコントロールできなくて…」
畏怖と憤り、不安と安堵。
様々に入り乱れる感情につくしは翻弄される。
今日はなんて浮き沈みが激しい一日だろう。
そう思いながら指の背で涙を拭っていると、横からがばっと滋に抱きすくめられた。驚きで身を固くしたつくしに、滋は優しく囁く。
「泣いてもいいんだよ…」
弱さを許容されると、もうどうにも堪えきれなかった。
「………っ」
熱い涙が頬を伝うのを感じる。
婚約を匂わせるニュースが報じられてから、ずっと不安で仕方なかった。
類を信じる。何があっても。
そう思いながらも、気持ちはいつでも揺れていた。
類と離れて時間が経ち、その声を聞くこともままならなくなり、日毎に寂しさは募って、つくしの心は自分で思うよりもずっと追い詰められてしまっていた。
声を殺して泣くつくしの背を、滋の手が優しく撫でる。
「安心して? 私はあなたを応援するために来たの。…あなたにも、あなたの病院にも、簡単に手出しなんかさせない」
つくしはひくっとしゃくり上げる。
初対面の相手に、こうして無防備に抱きしめられていることに戸惑いつつも、滋の温かさはつくしの高じた気持ちを緩やかに静めていく。
「想像以上だった。牧野さんがこんなにも強くて、素敵な人で良かった。……これで私達、心置きなく闘える」
―私達? …闘う?
「類君は諦めてないよ。あなたと添い遂げるために、今、フランスで必死に頑張ってる。連絡ができないのは、彼には監視役が張り付いているから。…これから先は情報戦になるからね」
滋はつくしの知りたいことを教えてくれる。
「ただ待つのってつらいよね。…でも、信じて待っててあげて。類君もあなたが自分を待っていてくれると思うから、苦しい今を頑張れるの」
「…彼は、…いえ、あなた達は、何をしようとしてるんですか?」
問うた声は震えていた。
「闘うって……どうやって?」
滋はその瞳に強い光をたたえて、間近からつくしを見据えた。
闘志に燃える表情は、権を持つ者だけに許される絶対の自信と矜持とを覗かせる。
「まだ選択肢が残されてる。…あとは類君パパの出方次第よ」
いつも拍手をありがとうございます。
ここでは滋も権力者の一人です。自由に動かせる私兵と財力を持っています。司の妻という地位に甘んじることなく、バリバリ仕事をしていそうなイメージなので(*^^)v
恩義ある類に報いたいという気持ちが根底にあります。