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77.知己

Category『Distance from you』 本編
 2
つくしは抑え込んできた感情を解き放った。
涙はとめどなく流れたが、波が引くようにして次第にそれも静まってくる。最終的には滋のストレートな問いかけによって、ストップがかけられることになった。


「…ねぇ、類君は優しくしてくれた?」
―過去形?
滋の問う内容に、つくしは少し違和感を覚えつつも頷く。
「はい。…とても」
「そっか。類君も良かったねぇ。EDが治って」
「………っ!!」
質問の意味を取り違えていたことに瞬時に気付き、滋から少し体を離して、つくしは慌てて弁解をする。
「あっ、いえっ、違います」
「違う? 優しくなかったの? …ま、そうかもね。ため込んできた欲望が一気に放出されたら、そりゃ激しくも…」
「それも違いますから…っ」

怪訝そうな滋に、つくしは背を正して、真実を伝える。
「…私達の間には、まだそうした関係がなくて…」
「えっ…!?」
素っ頓狂な大声が上がって、つくしは身を竦ませる。
「何にもないの!? キスも!?」
「類が出国する前、最後に会った日に初めて…」
なんてこったぁ、と額に手をやる滋の大仰なリアクションが可愛らしくて、つくしの笑いを誘う。
「二人ともすごく想い合ってるから、てっきりさぁ…」
「…そうなれなかったのは、私の方に原因があるんです」


つくしは、滋に、自分の抱える事情を簡潔に明かした。
かつて恋人に裏切られた経験が、また不義だと知りながら関係を続けたことへの罪悪感が、異性と触れ合うことへの強い拒絶感を生み出したこと。
同性である滋は、つくしの葛藤にすぐ共感を覚えたようだ。


「初めは、同じ空間にいることさえ怖くて。…でも、対話の中でお互いを知り、手を繋ぐという最初の壁を乗り越えることができて、一歩ずつ前に進んでいるところだったんです」
「そうなんだ…」
滋は項垂れる。
「無神経なこと言っちゃってごめんね。…私、そういうとこあるから。牧野さん、気を悪くしたんじゃない?」
「いえ、交際しているのなら、そう思われて当然だと思います。…類のお父さんにも、同じことを訊かれましたから」
「…そうだったね」



そのとき、滋の携帯が鳴り始め、にわかに滋が慌て始めた。
「やばいっ。司だ。ちょっとごめんね…」
彼女はすくっと立ち上がってキッチンの方へと移動し、深呼吸を一つした後で通話を始めた。
「もしもーし?」
「滋っ! お前、今どこにいる!?」
司の声は、離れているつくしの元にも洩れ聞こえてくるほどだ。
どれほどの声量で怒鳴っているのかと、つくしは眉を顰めた。

「まさか、類の女のところにいるんじゃねぇだろうな!」
「えーっと、これにはいろいろ訳があってね」
「自重するよう言ったろ! すぐ帰れっ!」
滋の弁解は聞く耳を持たないといった様子で、司は怒り続けている。
その状況につくしは居ても立っても居られなくなり、滋の元へと駆け寄ると、驚いた様子の滋から携帯をもらい受けた。

「滋! 聞いてんのか!?」
「お電話にて失礼いたします。初めまして、道明寺さん。牧野と申します」
つくしが口早に挨拶を捲し立てると、司からは“はぁっ?”という反応が返る。
一瞬で沈黙した電話の向こうに、つくしは切々と訴えた。
「どうか滋さんを怒らないでください。滋さんが来てくださったことで、私はとても励まされました。今も、私の我が儘で長居をしてもらっているんです」


コホン、という咳払いが聞こえ、さっきとは打って変わった低音が耳に届く。
「大変失礼いたしました。道明寺司と申します」
「お噂はかねがね…」
「だいたいの事情はSPから聞いています。花沢統氏が貴方に会いに来たそうですね。どのようなお話でしたか?」
「はい。…結婚は認められない。息子のことは忘れてほしいと言われました」
「それで、貴方は?」

つくしは一瞬言い淀んだが、そのままを伝える。
「理不尽な主張に我慢できなくて、真っ向から歯向かってしまいました…」
「へぇ…そりゃ結構」
司は感心した声音で言葉を返す。
気骨きこつがあるんですね。類が気に入るのも頷ける」
「…そういうものですか?」
「花沢統氏に相対して、自分の考えをはっきり述べられたんならそうでしょう。彼は俺の母と同類の冷血ですから」
サラリと身内への毒を吐かれて、つくしは思わず黙り込む。


「そもそも俺は、下手な小細工など要らないと思っています。類を支援する気はありますが、その手法に賛同する気はありません。真っ向から闘えばいい。それだけの力を俺達はすでに手にしている。ずっとそう言っています」

―闘う。
滋も口にした言葉だ。

「闘うって、何をどうするんですか?」
つくしは、先ほども滋に投げかけ、回答を得られなかった問いを司にぶつける。
彼の答えはごくシンプルだった。
「類が残るか、相手が残るか、要はそういうことです」
「………っ」
その言葉は現実味を帯びて、つくしの胸にストンと入り込んだ。



怒りの矛を収めた司は、もう一度滋に代わってほしい旨を冷静に伝えた。つくしが丁重に礼を述べて通話を代わると、滋はそれからほどなく司との通話を終えた。
つくしは滋に謝る。
「道明寺さん、すみませんでした。ご主人を怒らせてしまって…」
「いやぁ~、自重しろって言われてたのに、言いつけを守らなかった私が悪いんだから、気にしないでね!」
「ご主人にお伝えした言葉は本当です。…今日、あなたにお会いできて良かったと思っています。ありがとうございました」
つくしの謝意に、滋は帰り支度をしつつ、笑みを浮かべた。

「…ねぇ、私、あなたのことがすご~く好きになっちゃった。…つくしって呼んでいい? 私のことは滋って呼んで?」
「えぇ」
つくしは驚きながらも、承諾の微笑を返す。
「しばらくは日本にいるから。…また会いに来るね!」
滋はそう言って、眩いばかりの笑顔を見せた。





いつも拍手をありがとうございます。
知己ちきとは、“自分の心や人柄をよく理解してくれる人”です。親友よりも言葉の響きがしっくりきたので、こちらを使いました。
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2 Comments

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2019/04/10 (Wed) 23:13 | REPLY |   
nainai

nainai  

は様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'ω'*)
連載を楽しみにしていただいているとのこと、とても嬉しいです♪

司も滋も他のメンバーほど書き慣れていないのですが、30代の彼らを華やかに描けて良かったなぁと思います。なんだか急に事態が好転したかのように思えますよね。なんて熱いオーラを持った二人…w
司と滋の関係は戦友のようなもので、ラブラブじゃないけど阿吽の呼吸で動ける夫妻というイメージです。

つくしは大きな力を得た気持ちで類の帰りを待ちます。さて、次なる展開は…。続きをお楽しみくださいね。

2019/04/11 (Thu) 00:57 | REPLY |   

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