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78.決断

Category『Distance from you』 本編
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A『HからMへの接触あり』
あきらの発信するメッセージが書き込まれたのは、社内会議の最中だった。
掲示板上で、Hは統を、Mはつくしを指す。
滞在先のイタリアから、統が急遽日本への航路をとった情報をかろうじてキャッチし、3人へ伝えてから約1日。
帰国の目的はつくしに会うことだった。それがはっきりする。
縫い留められたようにフランスから動けず、彼女のフォローを親友に丸投げするしかない現状に、類は激しい苛立ちを募らせた。

二人はどんな会話を交わしただろう。
つくしは苦しんでいないだろうか。

様々に考えを巡らせていると、今がまだ会議中であることを失念し、プロジェクトリーダーから投げかけられた質問をすっかり聞き逃してしまっていた。
『副社長?』
類は何食わぬ顔で、意識を前方のスライドへと戻す。
『このプランへのご意見はありませんか?』
『2つ前のスライドに戻してください。…この部分ですが』
会議など一刻も早く終わらせたいのに、今日に限って、プレゼンテーションの内容の粗が何ヶ所も目に留まる。類は無表情のままに問題点の指摘を始めた。


会議終了後、改めて掲示板を確認すると、自分以外の3人はすでに情報交換を済ませていた。急いでスクロールしていくうちに理解する。
父がつくしに会いに行き、自分との別れを強要したこと。
つくしがそれに反発し、彼女の意思をはっきりと主張したこと。
同日、滋がつくしに会いに行き、司もまた彼女と電話で話すに至ったこと。
数時間の中に凝縮された目まぐるしい展開に、思わず息が詰まる。

道明寺夫妻のつくしへの評価はすこぶる高かった。
人懐っこい滋はともかく、あの司が人を褒めるなんて稀なことだ。
“Mには根性がありそうだ。”
その一文に、類は小さく笑む。

自分達の立てた計画は順調だ。もう詰めに入るべき時期が来ている。
R『決行は2.27』
計画実行の日を2月27日に定める。
自分の書き込んだ決意表明には、すぐに3人の同意が返った。


類はすぐさま別の相手へもメールを送る。
『決行は2.27』
間を置かず、相手は返答を寄越した。
『了解』
自分と相手とがホットラインを結ぶのは今、この瞬間だけだろう。
最初で最後となる利害一致。
類はこの数奇な巡り合わせに失笑を禁じ得なかった。


つくしへは短いメールを書いて送った。
『父のことは聞いた。傍にいられなくてごめん。じきに決着をつける。』
彼女からもすぐに返信がある。
『どうか無理はしないで。』
滋か司から計画の一端を聞いたのだろう。無理など元より承知のことだ。
そうでなければ、花沢統の築いた牙城に攻め入ることはできない。

『俺の気持ちは変わらない。愛してる。』
彼女からも同じ言葉が返るのか、期待して待つこと数十秒。
得てして、つくしは応えてくれた。
『私も あなたを 愛してる』


―逢いたい。逢いたい。…逢いたい。


だが、今はその感情に溺れていられない。とにかく時間が惜しかった。
どんな小さなミスも許されない状況にある。
類はスマートフォンを額に当て、しばし瞠目すると、すぐ頭を切り替えて次の業務に取り掛かった。



***************



「…ようやく、か」
総二郎は、類の指示した決行日を胸に刻む。
自分に割り振られた業務は完遂していた。あとは当日が来るのを待つばかりだ。
だが…なぜだろう。
物事が上手く進み過ぎている。
計画実行に着手した当初から、その疑念が振り払えない。
決行を逸る司とは対極に、総二郎の感覚はむしろ冷たく研ぎ澄まされ、粗などないと目された自分達の計画に対する懸念を膨らませる。

関係者の囲い込みは済んでいる。…そのはずだ。
だが、その過程があまりにもスムーズすぎた。動いた金も少なすぎる。
相手の首を縦に振らせるために考えていた様々な、…傍目には脅迫ともとれるだろう手法は、ほとんど実行に移すことなく相手の了承を得るに至った。

―敵は、あの花沢統だぞ?
―端からこちらの動きが分かっていて、相手の要求通りに動くよう、関係者に秘密裏に指示されていたとしたらどうする?

疑念を打ち払うには、相談が必要だ。
総二郎はあきらに連絡を取る。あきらはすぐに応答した。
「なぁ、うまく行き過ぎじゃね?」
「…お前もそう思うか? 相手に動きがなさすぎるよな」
あきらが自分と同じ感覚でいてくれたことに、総二郎は確信を得る。


二人は状況を整理する。総二郎から問いかける。
「花沢統の一番の狙いはなんだ?」
「会社繁栄と存続」
「そのために類を、…いや、自分以外を駒として使っている」
「メイヤー財閥でさえも駒のうちか…」
「花沢の経営はそこまで切羽詰まった状況か?」
「いや、今期も黒字決算だそうだ。増益幅の問題はあるかもしれないが…」

「…じゃ、逆に。会社のためなら、花沢統は自己犠牲を厭わないと思うか?」
あきらの問いに、総二郎は考え込む。
「…どうだろうな。司のかーちゃんに通ずるものがあるから、自分の利益惜しさに会社に居座ろうとはしねぇ気はする」
「世代交代を考えていると思うか?」
「まだ50代だろ? 早すぎねぇ?」
「例えば会社を類に譲ることを考えていて、その権力維持のためにメイヤーを利用するつもりなら、少しはしっくりくるんだがな」


プランBは、取締役会に類の辞任を認めさせ、専務である耀を副社長に昇格させること、かつ、代表取締役である統の持つ権限を内部的に制限することだった。この計画実行のためには、花沢多津子、耀の協力が不可欠となる。

プランCは、統、多津子、耀の三人を解任して排斥し、類とその協力者で経営布陣を刷新することだった。現時点ではプランBを推進していることから、Cへ移行した場合、多津子と耀の反発が必至となるが、司が得意とする金と権力に物を言わせる方策になる。


取締役会設置会社である花沢物産は、人事を含む特別決議事項についても取締役会単独ですべてを決定し、株主総会での決議を回避できる。花沢家の4人を含む11人の取締役または関連事業部が保有している自社株が、総計すれば3分の2以上の保有率を占めるためだ。うち、花沢一族の株保有率は全体の50%超。これは他社・他人による子会社化を、創業者一族で回避する目的がある。

役員の辞任と解任とでは意味合いが異なる。手続きの煩雑さや動く金の大きさを考えれば、より容易なのはプランBだ。
類は、多津子と耀に協力を持ち掛けて了承を得た。あきらと総二郎は他の取締役達を囲い込んだ。取締役会の主導権は掌握済みだ。司はメイヤー財閥との裏取引を進めている。

だからこそ統は、類を会社に縛りつけたいのなら、なんとしてもこちらの動きを封じる必要がある。このままでは類は辞任してしまうからだ。だが、それにしては動きが少ない。類が多津子達と手を組むなどありえないと思っているのか。


「…他にも気になる人物がいる」
あきらが呟く。総二郎がそれに応えた。
「花沢多津子だろ」
「ご明察」
統の妻にして、生家は元華族の西洞院家という強力な後ろ盾を有する彼女。
類の協力要請に応じたとされるが、果たして、その本心を探り切れているのか。

「彼女を探ろう」
旧知の友とは、どこまでも思考回路が似通るものらしい。
二人は小さく笑い合った。





いつも拍手をありがとうございます。自分でも非常に難解な第78話でした💦
一応、会社法にざっくり目を通しましたが、誤っている所があってもスルーで行きます…(;^_^A 言わんとすることが、大まかに分かってもらえたら嬉しいです。
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2 Comments

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2019/04/12 (Fri) 22:36 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

おはようございます。コメントありがとうございます(*'▽')
なんて巧い言い回しだろう、と感心しきりです。

先に一つだけ訂正をば。ホットラインの相手については後述の予定でしたが、もう一人の方です。伝達してもらうので、結局は同じことにはなるのですが…。

統以上に多津子も一癖ある人物です。それでも類がプランBとプランC、方向性の異なる方策を準備したのにも一応理由付けがあります。それをうまく説明できるといいのですが…(;^_^A
日本では総二郎とあきらが動きます。続きをお楽しみくださいませ。

2019/04/13 (Sat) 06:47 | REPLY |   

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