FC2ブログ

82.帰国

Category『Distance from you』 本編
 2
S『2.27 決行は見合わせた方がいい』
連絡用の掲示板に、総二郎の書き込みが入る。
S『Hの妻に不審な動きあり』
あきらと二人、短期間で可能な限り集めた情報では、花沢多津子の周囲では不透明な金の動きが散見された。特に生家の西洞院家の暗躍が大きい。

A『Mに別れた男の接触あり。BGが阻止。』
折悪しく、あきらからはつくしの身に起きた危険が知らされる。
A『Mの憔悴が激しい。予定より早く帰国できないか?』


類は空いている掌をぎゅっと握り締める。
文字の羅列が、睡眠不足の目に焼き付いて離れない。
積年のしがらみを断ち切ることの難しさと、つくしを傍で守ってやれない不甲斐なさと。
計画の実行日を決定してから気持ちは恐ろしく逸るのに、むしろ、計画の粗が目立つようで気になって仕方なかった。関係者の囲い込みは済んでいるはずなのに、そのどこか危うい感触…。

継母であり、花沢物産の常務でもある花沢多津子とは、息子の耀を通じてやり取りがあった。統の影に隠れて目立ちはしないが、彼女は非常に賢く、先見の明もある。彼女が腹の内のすべてをこちらに明かしたとは思っていなかったが、ここにきて“不審あり”の情報に類は深く嘆息する。
多津子が一筋縄ではいかぬ人物だということは重々承知していた。
どうあっても計画実行の前に多津子に会い、その真意を問い質すべきだろう。


つくしは過去の交際相手の名を明かしてこなかったが、それが誰であるかを類は突き止めていた。彼女が恋焦がれたという相手がどんな男で、今どうしているのかが非常に気になったからでもある。志摩久志なる人物が母校に准教授として招致され、この2月に東京に戻ってきている情報はすでに得ていた。
類が懸念していた通り、つくしへの接触を図ったということなのだろう。10年を経ても尚残る深い執着を知り、相手へは憎しみにも似た感情が湧き上がる。

つくしは傷ついただろう。
ひどく苦しみ、心を乱して泣いただろう。



―日本に帰ろう。



類は決意する。
このままフランスにいても、事態は何も変えられない気がした。
日本にいなければ分からない情報が多すぎる。
自分の進む道を切り拓くのに親友の力に頼ってばかりで、自分が率先してやれなくてどうする。心から愛する人を、自分の手で守ってやれなくて何の意味がある。

どの道、全面衝突は避けられないのだ。
事態を綺麗に収拾しよう。争いが表立たないように巧く立ち回ろう。
自分の勝手によって損害を受ける人間ができるだけ少ないようにしたい。
そう考えてこれまでやってきたが、その考え方こそが甘くはなかったか。



R『できる限り早く帰国する。Hの妻に会う。』
類がそう書き込むと、最初に司が応えた。
まるで類がそう言いだすのを待ち受けていたかのように。
T『22日23時、CDGで待つ』
S『無事の帰国を』
A『同じく』

CDGはシャルル・ド・ゴール空港の略称だ。司がプライベートジェットを動かすと申し出てくれていることが分かり、類は胸を熱くする。自分を手助けするために余力を割いてくれる彼らの友情に対しては、ただ感謝しかない。
R『ありがとう』
そう送ると、司から意外な返答があった。
T『これでテディベアの借りは返した』
幼い頃、類が大事にしていた縫いぐるみを司が破いてしまった件を指しているのだと分かり、まだそんなことを憶えていたのかと、類は静かに笑んだ。


親友とのやり取りを終えると、類はつくしに向けてメールを書いた。
その文末をこう締めくくり、送信した。
『所用が済み次第、会いに行く。あと少しだけ待っていて。』
会えなくなってから、何度このフレーズを書いただろう。
彼女を待たせてばかりの自分。それをひどく不甲斐なく思う。



複数の監視の目を掻い潜り、2月22日午後10時半、類はシャルル・ド・ゴール空港に到着した。空港入口では司が手配したであろう関係者が待機しており、迅速に機内への誘導を行ってくれた。
専用ジェット機に司は乗っていなかった。束の間、休息を味わえるようにと細やかな配慮のなされた機内で、類は出国以来の自由を堪能した。



日本に着いて、まず連絡を取ったのは耀だった。多津子の居所を確認する。
類からの連絡を予見していたのか、耀は多津子からの伝言を預かっていた。
あきらによって手配された警護役と空港で合流し、類は多津子の指定する場所へと向かった。そこは初めて訪れる場所であり、耀は同席しなかった。

「ご無沙汰しております。常務」
多津子のことを、母親を意味する呼称で呼んだことはない。
邸内にあっては下の名を、会社にあっては単に役職で彼女を呼んだ。
「やっと連絡をくださったのね。類さんがこのまま計画を実行に移すような暗愚でしたら、もう切り捨てるところでした。…ギリギリ及第点かしら」
多津子は純然な笑みを浮かべ、最初から皮肉たっぷりにそう応じた。

彼女が類に向けてそうした批判的な発言をするのは、実は初めてのことだった。これまで二人の間には、そうした喜怒哀楽の感情を一切含まない、ただ事務的なやり取りだけが存在した。改めて、花沢多津子という人間と接する機会を得て、畏怖よりも興味が頭をもたげる。

類も微笑で応じる。
「常務の目的は、耀をただ花沢の要職に就けることではありませんよね。…貴方はもっと先を見据えている。そう解釈してよろしいでしょうか?」
親友達がかき集めてくれた情報を咀嚼し、理解し、その目的を考えれば自ずと見えてくるものがある。
「返事をする前に、あなたにはその覚悟があるのかを問わなければいけません」
多津子は笑みを崩さない。
「これから私達のどのような要望にも従いますか? そうすれば、あなたの叶えたいたった一つのことは確約しましょう」


“私達”と彼女は言った。
多津子の背後に控える何某かの存在。
それは父の統ではない誰かで、今後の花沢を大きく揺るがせる存在になるだろう。


「従います」


―自分の中の倫理に反さない範疇で―。
その一言は心の奥に留め置き、類は力強く頷いた。





いつも拍手をありがとうございます。
ようやく類が帰国。つくしとの再会はもうすぐです。
そして、花沢多津子の思惑は…?
関連記事
スポンサーサイト



2 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/04/21 (Sun) 17:53 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*'ω'*)
類は1/17出国→2/23帰国ですので、二人が離れていた期間は実はそう長くないのですが、起きた事件がヘヴィすぎましたね。ほんと、よくぞ戻った!というところです。

まだまだ謎だらけ。…そう思われるもの無理からぬことです。多津子に関しては、これまでほとんど触れていませんでしたからね。彼女の思惑は後ほど明らかになります。どうぞお楽しみに(^^♪

ここまで話をこじらせきって、ちゃんと導いていけるのか不安でもありますが、期待に応えられるように頑張りたいです!

2019/04/22 (Mon) 01:00 | REPLY |   

Post a comment