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84.再会

Category『Distance from you』 本編
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午後の診療が定時を少し過ぎて終わり、病院を閉めてミチ子を見送ってしまうと、つくしは言い表しようのない寂しさに深く嘆息した。
この時刻になっても、類からはまだ何の連絡もない。
帰国はしたが、彼にはやるべきことがたくさんあるはずで、だから自分の元へはいつ来られるか分からない。そういうことなのだろう。

診療の間、自分を律するのには相当な気力が必要だった。
しかし、獣医師として、いつでもどんなときでも良質な医療サービスを提供しなければならない。つくしは黙々と仕事をこなした。
今日は重症の患者が少なく、入院の受け入れはゼロだった。パソコンのバックアップを終えて電源を落とすと、重い体を引き摺りながら2階へと移動した。


つくしは夕食の準備に取り掛かろうとし、相変わらず食欲を感じないことに気付く。この数日で体重を落としてしまっていた。これ以上は落としたくないので、少し無理やりにだが栄養価の高いものを摂ることにする。

入浴時間はいつもより長めにとった。バスタブに深く身を沈め、湯気の立ち込めた天井を仰ぎ見ると、自然とため息が洩れた。
『日曜日の午後3時…』
志摩との待ち合わせは、もう明日に迫っている。
あんな約束など無視してしまえばいい。いくらでも勝手に待ち続ければいい。
そう思う一方で、会って決着をつけるべきだと思う気持ちもある。
自問は堂々巡りし、結局、答えを出せぬまま入浴を終えた。



―あと1時間もすれば日が変わる。



リビングの壁時計を仰ぎ見て、何度ついたか分からないため息を吐いたとき、ふいにスマートフォンが振動を始めた。
「あ…っ」
画面表示は、待ちわびた彼の名前。
期待と不安とが綯い交ぜになって、機器を持つ手が震える。
「…類?」
「うん。起きてた?」
まったく距離を感じさせない、これまでの日常の延長のような彼の軽い第一声に、思わず拍子抜けしてしまう。


「起きてたよ。…今、どこ?」
「どこだと思う?」
質問に質問で返された上、どこか揶揄いさえ含むようなその声音に、つくしはムッとした。彼からの連絡をずっと待っていたのに、素直にそうは言えない。
「…自分から話してくれないなら、もういいよ」
つくしの方にはまるで余裕がなく、返答は拗ねたような口調になる。

「家の前」
「……えっ?」
一瞬、言葉の意味を理解しかねる。
「だから…つくしの家の前にいる。戻ってきたんだ」
「嘘…」
途端に来客を告げるインターホンの音。
「ね? 出迎えに来てくれる?」


つくしは階下へと駆け下りた。部屋の電気を点けた途端に、コンコンと裏口の戸をノックされる。ドアスコープを覗けば確かに類の姿があり、震える手で戸を押し開けると微笑を浮かべた彼が立っていた。
凍るように冷たい夜気を纏いながら、類が室内に入ってくる。


「ただいま」
類は、呆然と立ち竦むつくしの手を取り、自分の方へと引き寄せた。
腕の中でその華奢な体を抱く。彼女から立ち上る淡い石鹸の香りに、抱きしめる力がどんどん強くなるのを類は自覚する。
「逢いたかった…」
「…類」
自分の名を呼ぶ弱々しい声がして、背に彼女の腕が回された。
互いにしがみつくようにして抱きしめ合い、無言で再会の喜びに浸る。つくしの肩が小刻みに揺れ始め、彼女が声を上げずに泣いているのが類には分かった。


「つくし…」
彼女は小さくかぶりを振る。
「ね…。こっち見て」
何度目かの催促の後、つくしはようやく体を離して顔を上げた。
漆黒の瞳が、睫毛が、頬が、涙に濡れている。最後に会ったときより、細くなった顔の輪郭線が、離れている間の彼女の苦悩を浮き彫りにしていた。
いつでも凛と前を向いていた彼女を、そんなふうに追い詰めてしまったのが自分だと思うと、己の不甲斐なさが身に染みた。


「傍にいられなくて、ごめん」
左の瞼にそっとキスを落として。
「たくさん苦しめて、ごめん」
右の瞼にも同じようにキスを落として。
「もう泣かないで…」
伏せられた両目から溢れ出した涙を、唇を寄せて優しく吸い取る。


「待っていてくれてありがとう」
「…うん」
つくしがようやく声を発する。
「おかえりなさい」
そこにあったのは、類が恋焦がれ続けたつくしの笑顔だった。


二人は唇を寄せ合った。
冷え切った類の唇に、温かなつくしの唇が触れて、互いの熱が混じりゆく。
ほどなく舌先が絡んで、濡れた音と共に吐息が乱れていく。


先に限界を訴えたのは類だった。


「つくし…」
唇が触れるか触れないかの、ごく至近距離で類はねだる。
「…あんたを、抱きたい」
つくしの瞳の奥が揺らめく。もちろん彼女の逡巡は理解できる。
だが、もう、気持ちが抑えられない。
「驚かせてごめん。急に、こんなこと言って。…だけど…もし…」

類が言い終わらないうちに、つくしの両腕がするりと首に巻き付いた。強く引き寄せられると同時に、柔らかい感触が押し当てられ、言葉の先を封じられる。
チュッという軽い音を残して離れていく唇を、ひどく惜しい気持ちのまま目で追う。つくしの顔は真っ赤に染まっていた。
「…越えてくれる? 私と一緒に…」


―あの夜を。


類のコートの端を掴む彼女の手が震えている。
「途中で怖気づくかもしれない。それでも、類となら…」
類はつくしを抱きすくめる。
「前にも言ったよ。俺は絶対につくしを傷つけない。…ずっとあんたを守る存在でありたいと願っているから」
腕の中で、小さく彼女が頷く。


「俺の一方的な願望じゃないよね?」
「…うん」
「同じ気持ちでいてくれるってことでいい?」
「…うん」
つくしが頷く。
「…よ、よろしくお願いします」
「俺こそよろしくね」

最後は小さな笑い声を上げ、もう一度、恋人のキスをした。





いつも拍手をありがとうございます。再会の喜びに浸る二人です。
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2 Comments

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2019/04/25 (Thu) 00:20 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

おはようございます。いつもコメントありがとうございます(*'▽')

二人の出会いから5ヶ月半。ここに辿り着くまで長かったねぇ…としみじみ思います。類はまったく気持ちがぶれませんでした。つくしの方は男性への忌避感を乗り越えての一夜になります。二人のやり取りを見守っていてくださいね。

元気、出ましたかね? 私の書くお話は暗い展開が多いのですが、ここからしばらくは糖度甘めです。楽しんでいただければ幸いです(*ノωノ)

2019/04/25 (Thu) 06:44 | REPLY |   

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