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88.朝

Category『Distance from you』 本編
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類は心地よく微睡んでいた。
腕の中にある温もりに安堵し、夢の中でも何度も抱き寄せた。


ふと、ふわふわとしたものが顔に触れた。
それはサワサワと動いて、類の眠りを妨げる。くすぐったさに顔を背けると、軽い質量とともに、温かい何かが顔の上に覆い被さってきた。

―えっ? 何?

鼻の辺りを塞がれ、驚いて目を開けると、こげ茶色の毛並みが視界いっぱいにあった。顔に張り付いているものを片手で引き剥がすと、それはニャーンと小さく鳴いた。類は命名したときの記憶を辿る。
「…お前はヨモギだね。どうしてここにいるの?」
類の手でつまみ上げられた仔猫は、4本の脚をピンと伸ばして、掛け布団の上に着地し、もう一度甘えるように鳴いた。類はヨモギの頭を撫でてやる。

3階入り口のゲートがきちんと閉まっていなかったのだろうか。
周囲を見渡しても、ヨモギ以外の動物の気配は感じられなかった。


夜はすっかり明けていた。カーテンの隙間からは柔らかな光が差し込んでいる。壁時計を見れば、時刻は7時半を示していた。
腕の中にいるつくしは身動ぎすることなく深く寝入っていて、類はその穏やかな寝顔をひどく幸せな気持ちで見つめた。

昨夜、二人は初めて愛し合った。過去の記憶と対峙し、苦悶する彼女を目の当たりにすることは、類にとってもつらいことだった。
身を震わせ、涙をこぼすつくしを都度励まし、その心に寄り添い続けた。
やがて、つくしは過去のくびきを自らの手で断ち、類を望んでくれた。
これ以上の幸せなど想像できないほど、深く満たされた―。


「ニャウ…」
ヨモギは類とつくしの体の間に着地し、温かな布団の中にもぞもぞと入ってこようとする。類はそれを優しく制した。
「だめだよ、ヨモギ。お前のママはまだ寝てるんだから」
そう言って片手に仔猫を抱え、つくしを起こさないように体を起こすと、類はそっとベッドを抜け出した。昨日脱ぎ捨てた衣類は身につける気にはならず、脱衣所でバスタオルを借りると、それを腰に巻き付けて3階へと上がった。

ゲートはほんの少し隙間が空いていた。昨夜つくしが閉め損なったのだろう。ヨモギが3階から階段を下り、つくしを探して2階の寝室までやってきたその道程を考えると、仔猫にとっては初めての大冒険だったのではないかと思えて微笑ましかった。
類は、以前つくしがしていたように見様見真似で給餌を行った。水も新しいものに替えてやる。シロンが喜んでじゃれかかるのを撫でて宥め、類はもう一度寝室へと戻った。



つくしは寝返りを打ったのか、先ほどとは反対の壁側を向いていた。布団を捲れば彼女の細い項と真っ白な背中があらわになり、類の体の奥をずくりと刺激した。昨夜、十分に満たされたはずの情欲が再び頭をもたげてくる。

類はそっとつくしに体を添わせると、衝動を抑えきれずにその項に唇を押し当てた。柔らかく食むようにして首の曲線を辿り、素肌の感触を楽しんだ。
瞬間、ごくわずかに彼女の体が強張ったのを、類は見逃さなかった。

「つくし? 起きてるよね」

類の問いにつくしは応えなかった。
だが、次第にその耳が赤く色づいてくるのを認めると、類は悪戯心を刺激され、つくしを後ろからぎゅっと抱きしめた。
「…ひゃっ」
つくしから小さな悲鳴が上がる。
シロン達の給餌を終えたとき、手を洗ったことを類は失念していた。冷たい手が直に素肌に触れ、つくしは文字通り竦みあがったのだ。


「ごめん。手が冷たかったんだね」
「……うん」
つくしは頑なに壁側を向いたまま、類の方を見ようとしない。
「どうして、こっちを見ないの?」
「…だって…」
恥じらうような声に愛おしさが募る。
「何が恥ずかしいの?」
伸びた後ろ髪を指で梳きながら優しく問うと、つくしはこう言った。
「…私…昨日、変だったんじゃないかって…不安になっちゃって…」



類がヨモギに話しかけている声でつくしは目を覚ました。
必死に眠っているふりをした。
やがて、ヨモギを抱えて類が部屋を出ていってしまうと、顔を赤らめてシーツに突っ伏した。

類は優しく愛してくれた。
彼の熱情を受け入れた瞬間から、共有する快楽の深さにつくしは我を忘れた。
堪えきれずに声を上げた。
目が合うたびにキスをねだった。
もっと深く繋がりたいと類の背を抱き、彼を求め続けたー。

理性を失った昨夜の自分を、つくしは切れ切れにしか思い出せない。
そんな姿が彼の目にはどう映っただろう、と次第に不安になってくる。
自分の中にある情欲を、ずっと汚らわしいものだと思ってきたから。

やがて類が戻ってくる音がして掛け布団が捲られた。
彼の温もりを背に、唇の感触を項に感じると、体が奥から火照って仕方なかった。



「…変だなんて、どうしてそんなこと訊くの」
類の手が後ろから伸びて、つくしの顎を捉える。そっと彼の方に振り向かされ、つくしは目覚めてから初めて類の顔を間近に見た。
「…あ…」
「すごい真っ赤。…大丈夫?」
自分を覗き込む類の心配顔。
そこに揶揄う色はない。

「俺、幸せだよ」
類はつくしの頬にキスを落とす。唇に彼女の頬の熱を感じた。
「すごく愛されてるって感じた」
つくしの目に涙が滲む。
「俺も頭が変になったかと思ったよ。夢中になりすぎて、呆れられたんじゃないかって不安にもなった」
「…類も?」
つくしの問いかけに、力強く頷く。
「でも、ちっとも変じゃないって分かった。…俺達には自然なことなんだよ」
「…うん」


「改めて、おはよう」
類が微笑む。

「おはよう…類」
つくしも微笑む。


新しい朝の始まりだった。






いつも拍手をありがとうございます。仔猫ヨモギの登場でした。

カウンターにお気づきでしょうか。100,000HIT目前です!
恒例の記念SSですが、諸事情にて執筆が遅れております(;^ω^)
仕事もあり、来客もあり、遠方に出かける予定もありですが、
GW中にはUPしますので、しばしお待ちくださいませ。
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2 Comments

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2019/05/03 (Fri) 10:31 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます♪
ちょっと遠方に出かけておりました。先ほど無事帰宅(*'▽')

類を優しく起こしてくれたのは、つくしではなくヨモギだったという…w この展開、ずっと前から決めておりまして。二人を繋いでくれたのはシロンであり、亡くなったカイであり、捨て猫だったヨモギ達であり…、そうしたエピソードを描きたいなぁと思っていました。

そろそろ甘い時間も終了です。次の展開をお楽しみに!

2019/05/03 (Fri) 22:58 | REPLY |   

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