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89.経緯

Category『Distance from you』 本編
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朝食の準備がしたいからと、つくしは先にシャワーを使うことを申し出た。
一緒に入ろうと類が提案すると、真っ赤な顔で首を横に振られる。
じゃ、また今度ね、と類がシーツにうつ伏せてみせると、脱兎の如く、つくしは部屋を飛び出して行った。足取りが軽いところを見ると、体調は問題なさそうだ。

行水のような短さで彼女が浴室から出てくると、入れ違いに浴室に入り、類もシャワーを浴びた。
ふと、浴室の窓辺に等間隔に並べられた、空っぽの小瓶に目が留まる。
それが以前に自分が贈ったバスオイルの瓶であることに気付いて、類は頬を緩めた。オイルの香りを楽しんだ後も、こうして名残を惜しむようにディスプレイしてくれていたのかと思うと、その気持ちが温かかった。


ラフな格好に身を包んでリビングに戻ると、味噌のいい匂いがした。キッチンで忙しく朝食の準備をしているつくしに近づき、後ろからぎゅっと抱きしめる。
つくしが慌てたように言った。
「だめだよ。邪魔しないで」
「…ちょっとだけ、こうさせてよ」
もう、と小さく不平を洩らして、つくしは手元だけで作業を続ける。昨夜はあんなに情熱的に愛し合ったのに、普段はやっぱりつれないところが彼女らしい。

「朝ご飯、何?」
「見ての通りだよ。ご飯と、みそ汁と、お浸しと、ベーコンエッグ」
「いいね。ベーシックで」
「そうでしょう? さ、ご飯にしよう」
そう言って、つくしはやんわりと腕を解き、類に着席を促した。


「「いただきます」」
ダイニングテーブルに向かい合って座り、手も声も揃えてから食事を始める。
「美味しい…」
類が最初に口にしたのはやっぱり味噌汁で、そのしみじみとした声音につくしが嬉しそうに笑う。
「帰国したなら、やっぱり味噌汁が食べたいんじゃないかなって…」
「うん。あったかくてホッとする」
その後も、他愛のない話をしながら二人は箸を進める。


実際には話すべきこと、話し合うべきことが山積している。
隔てられていた間、それぞれの身に起きたこと。
これから、お互いが解決しなければならないこと。
だが、それを話し始めれば、もう食事どころではなくなってしまう。それが分かっているから、限りある時間の中で笑顔を絶やさず、二人は朝餉を楽しんだ。


やがて、つくしは膳を下げ、卓上を綺麗に片付けた。
そうして、改めて類と向き合う。
「あなたの話から聞かせて。渡仏してから今日まで、どんなふうに過ごしてきたのか…」
類は頷き、順を追って話を始めた。


メイヤー財閥との共同事業と、その進捗状況。
セシリア・メイヤーとの出会いと婚約報道。
平行線を辿った父との話し合い。
執拗な監視と、外部との通信の制限。
道明寺司の助力を得ての帰国。
親友達との画策と、これからの展望。


類は、花沢多津子との取引については敢えて明かさなかった。盟約を交わしていても、警戒すべき相手であることに変わりないからだ。つくしにはこれ以上の不安を与えたくなかった。
多津子の話を聞いて分かった。彼女は、相手の喉笛を食い破るための牙を巧妙に隠し続けてきた女だった。
目的達成のためなら、状況次第で容易く類を切り捨てるだろう。
互いに利用し、利用される、危うい綱渡り。
何もかもがうまく片付いたら、つくしにはすべてを打ち明けるつもりでいる。



粗方を話し終えると、類も同じ質問をする。
「話を聞かせて。定期報告は受けていたけど、つくしの言葉でちゃんと聞きたい」
つくしは頷き、同じように順を追って話を始めた。


教授の退官式に出席し、そこで志摩の噂を耳にしたこと。
花沢統の秘書・酒本の訪問。
統本人との対峙。
道明寺滋との出会い。その夫・司との交信。
そして10年もの時を経た、志摩との再会…。


「類は、あの人のこと、調べていたのね?」
福重が彼の名を口にしたときから思っていたことだ。本永と福重の二人には、類が事前に情報を与えていたとしか考えられなかった。
「ごめん。…どうしても知りたくて」
つくしは淡く笑み、それでも志摩の名は決して口にしなかった。
「あの夜、どうしてあの人が友人のクリニックにやってきたのか、その経緯はよく分からないの。私がオペの要請を受けたのは偶然だったはずで、友人の夫は特別親しかったわけでもないらしいのに…」

「たぶん相手の方に、つくしの情報がリークされてる」
類の言葉に、つくしは目を見開いた。
「警護は強化してる。父のことがあってから特に。だから相手も容易には接触できないはず。…なのに、ピンポイントでクリニックに姿を見せた。偶然にしてはあまりに出来過ぎてる」
「やっぱり、そうなの…」
つくしの声が尻すぼむ。


去り際に花沢統が残した言葉が思い浮かぶ。
『どうか息子のことはもう忘れてください。…できないというのなら、それなりの“制裁”を覚悟してもらいます』

これが、そうだったのだろうか。
この件に花沢統が関わっていると、現段階で断定できるはずもないのに、つくしにはあたかもそれが彼の意図であるように感じられてならなかった。



「今日の午後3時、ある場所で、私が来るまで待つ。…そういう一方的な約束をあの人は私にしたの」
つくしの言葉に、類は即座に反応した。
「行くな」
「…………」
「会ってどうする? 過去を清算する? 作為があるかもしれない状況で、のこのこ出ていく必要はない!」
類は語気を強め、捲し立てるように言う。
「俺は……嫌だ。つくしが、また、あいつに会うなんて。…つくしを長く苦しめてきた相手だ。今度もどんな傷を負わせるか分からない」
「…類…」


「俺、昼までにはここを出る。…やらなくちゃいけないことがある」
語調に切実さが混じる。
「ずっと傍にいて守ってやりたいのに、それができない。だから…」
類の焦燥と不安をつくしは推し量った。
その上でこう告げた。

「……会わない」
「本当に?」
猜疑に満ちた彼の瞳を見据えたまま、つくしはもう一度、噛んで含めるように繰り返した。
「会わない」
その言葉に、類の表情がわずかに緩んだのが分かった。





いつも拍手をありがとうございます。
冒頭のバスオイルの小瓶は第9話に出てきました。懐かしい…(;^ω^)

さて、明日はいつもの時刻に10万HIT記念SSをUPします!
やっと書き上がりました…。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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2 Comments

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2019/05/05 (Sun) 14:31 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
今回はお祝いの言葉もいただきまして、嬉しい限りです(*^^)v
遅筆ながらも、どうにか更新を続けております。

物語はこれから数々の伏線を回収しつつ、エンドへと向かっていきます。二人は欠けたものを補い合って絆を強くしましたが、再び別離の時を迎えます。志摩との約束、つくしがどうするのか気になりますよね。類も気が気ではないと思います。

今夜は記念SSの更新です。ぜひそちらも楽しんでいただければと思います♪

2019/05/05 (Sun) 21:03 | REPLY |   

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