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90.Key

Category『Distance from you』 本編
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長い話を終えた後、二人は3階に上がった。
類の出発まであまり時間がない。帰国してからは、あきらの部下によるサポートを受けていて、もうすぐここに迎えが来る予定だという。

「朝はありがとう。シロン達の食餌の準備をしてくれて」
給餌の後始末をしながら、つくしが類に言う。
「見様見真似だったけど、これでよかった?」
「うん」
つくしは足元にすり寄ってきたファイを撫でる。
類もシロンを撫で、続けてミューを撫でる。ヨモギとハコベは2匹で絡まり合い、遊びに耽っている。一番警戒心が強いラムは、少し遠くの方からこちらを窺っていた。


類は彼らとの別れを惜しんでいるかのようだった。
「…これで最後じゃないよ。そんな顔しないで」
次第に表情を失くしていくつくしを、類は優しく見つめた。
「ここに戻ってくるんだって、決意を新たにしてるだけなんだから」
「…もう、どうすることもできないの?」
つくしは視線を落とし、類を見ずに問う。
「争う方法しか、選択肢は残されていないの?」
「自由になりたいなら闘うしかない。自分らしく生きたいなら掴み取るしかない」
類はブレない。
「今までそんなことを考えたことがなかった。親に敷かれたレールの上を進むだけで、すべては惰性で、つまらない一生を終えるんだと思ってた」


だが今は、どうしても叶えたい願いがある。


「困難は覚悟してるよ。これまでの人生と180度違う生き方を目指すんだから」
類は立ち上がって微笑む。
つくしにも手を差し出して引き上げ、両手を繋ぎ合ったまま言葉を継ぐ。
「だからって、これまで自分が背負ってきたものを無責任に投げ出すようなことはできない。後任に託してちゃんと片を付けてくる。……そのためにどれくらいかかるのか分からないけど、時間が欲しい」
つくしは頷く。

「待たせてばかりでごめん。さらに待たせることも許してほしい。必ずここに戻ってくるから、俺を信じて待っていて」
「約束ね」
「あぁ」
「ここにいるみんなが証人だから、守ってね」
ね?とつくしが語りかけると、タイミングよく鳴いたのはミューだった。
ほどなく訪れる別離を分かっていながら、柔らかく自分に笑んでくれるつくしを、類は心から愛しいと思った。



あと5分で迎えが到着すると連絡が来たのは、それから間もなくのことだった。
二人は1階へと移動する。
つくしが階段の最後の一段を下りようとしたとき、前方の類が急に振り返ったので驚いて足を止めた。二人の目線が同じくらいになる。
「身長差は、ちょうど階段の一段分だね」
「…それでもまだ足らないみたい」
まだわずかにつくしが類を見上げる形だ。



「…あのね、渡したいものがあるの」
つくしはジーンズの後ろポケットから何かを取り出す。
小さな金属音がした。
「あなたに持っていてほしい。…いつかの約束、憶えてる?」
彼女の手の中にあったのはスペアキー。
端には、四つ葉のクローバーのキーホルダーが付いている。

『いつか、俺にスペアキーを預けてくれない?』

初めてここに泊まった翌朝、ここで、彼女にそう告げた。
あぁ、と類が破顔する。
つくしもそれに応えて微笑う。
つくしからキーを受け取ると、掌の中にぎゅっと握りこむ。
「ありがとう。憶えててくれて嬉しい」

つくしの顔からすっと笑みが消えた。
心の内を見せないクールな表情を覗かせる。
それは、出会った頃の彼女のようで…。


類はつくしを引き寄せ、そっと口づけた。首に腕を回して、つくしもキスに応える。
これから、二人の間の距離はまた遠くなる。
触れ合っているのに寂しさが募って、より別れがたくなる。


―行かないで。
―ずっと傍にいて。


つくしは心の中でこいねがう。
だが、今は叶えられるべくもない願いだった。


類の胸を軽く押して唇を離したつくしの頬は、涙で濡れていた。
「もう行って。……ごめん。泣かないつもりだったのに」
「…行ってくる」
「うん」
もう一度、隙間を埋めるように強く抱き合う。
息が詰まるくらいの抱擁になる。
耳元で、愛してると小さく聞こえた。つくしは頷くだけで精一杯だった。

一瞬のち、類は意を決したようにつくしから離れると、もう振り返らずに裏口から出ていった。一陣の風のような速さで。



その場に立ち尽くしながら、つくしは思う。



―もし、彼が、ここに戻れなかったとして。

今まで望まれてきたように、会社の代表としての生き方を貫くことになってしまったとしても、それは仕方ないことなのだろう。
彼にしかできないことがある。どんなに彼がその実力を厭い、行使すること拒否したとしても、それが他の誰かのためにはどうしても必要なことならば、最終的に類はその宿命を受け入れるかもしれない。
自分達さえよければいい。それは罷り通らない考え方だろうから。

例え彼とこのまま別れることになったとしても、決して彼を詰ったり、恨んだりはしない。だって、彼はこんなにも一生懸命だったから。
彼と出会い、心を通わせ、愛を育んできたことを後悔はしない。



―もし、彼が、ここに戻ってきたとして。

今までとはまったく異なる生き方を望むなら、そのときは彼と生涯の契りを交わし、子供をもち、温かい家庭を築こう。
もう二度と、幼少期のような孤独を味わわせたりしない。
惜しみない愛情で彼を包み、いつまでも共に生きていこう―。


つくしは涙を拭った。
泣いていても事態は変わらない。
今は自分にできることをやるだけだ。






いつも拍手をありがとうございます。
スペアキーの約束は、第37話『約束』からでした。
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