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91.逃げない

Category『Distance from you』 本編
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時刻は夕方5時になった。
窓から差し込む光が弱まって朱くなり、空には夕闇が広がりつつある。

つくしはベッドに横になり、かと言って眠ることもできずにぼんやりと天井を眺めていた。寝具には彼の匂いが薄く残って、昨晩の出来事が夢ではないことを主張してつくしの心を揺らす。

幸せに包まれた一夜だった。
このままいつまでも夜が明けないでほしいと願った。
だが、時間は刻々と過ぎてリミットを迎え、類は行ってしまった。
彼の闘いの場に。


類を見送ってからは何も考えないで済むように、つくしは家事に没頭した。
年末の大掃除のように隅々まで手入れをし、それが済んでしまうと、続けて料理を始めた。無心で調理を続け、しばらく料理はしなくてもいいほど作り置きができ上がり、ふと時計を確認すれば午後3時を過ぎていた。
数日前、別れ際の志摩が告げた、待ち合わせの時刻だった。

シロンの散歩が済んでしまうと、今度は無気力が全身を包み込んだ。
電池が切れるようにしてベッドに倒れ込み、そこから動けなくなって1時間。
斜陽は窓からも見えなくなり、じきに建物の合間に沈んでいくだろう。


―あの人、まだ、私を待っているだろうか。
何も考えたくないのに、考えるなら類のことだけであってほしいのに、今浮かんでくるのは志摩のことだった。



『俺達の馴染みの店で待ってる』

彼がどこを指しているのかは分かる。
学生時代、志摩が学術論文を執筆するときに利用していた、こぢんまりとした喫茶店。大学の研究室で考えに詰まったら、彼はいつもそこに足を運んだ。



『お前が来るまで待つ』

彼とは会わないと類に約束した。…だから会わない。
会う、会わない以前に、そもそも自分達は再会すべきではなかった。
…それが分かっていて、どうして今、こんなにも自分は迷っているのだろう。



『たぶん相手の方に、つくしの情報がリークされてる』

類の言葉が甦り、つくしはゆっくりと身を起こす。
…そうだ。気になっているのはこの点だ。
志摩に接触している人物がいるのか、それがどうしても気にかかるのだ。

―この件には、類の父親が関わっている。

理由は説明できないが、つくしにはどこか確信めいた直感があった。過去に向き合うことは、花沢統から自分に課せられた最大の試練であるように思えた。



つくしは意を決し、ベッドを下りて身支度を済ませ、福重に電話をかけた。
相手は2コール目で応答した。

「福重さん、お願いがあります」
「はい。何なりとお申し付けください」
彼女は柔和に応対する。
「これから私と一緒に来ていただけませんか。…そして、そのことを美作さんや類には、報告しないでいただきたいんです」
「…約束の場所に行かれるのですね?」
福重は、志摩との約束の日時を直に聞いて知っている。
「思いとどまっていただくようにと、花沢様より指示を受けています」
彼女の冷静な声に、つくしは思わず大きな声を発していた。
「行かない方がいいことは私にも分かってるんです…!」


だが、自分の中の何かが強く訴えている。
逃げるな、闘え、と。
立ち向かうための力は、類が与えてくれたものだ。


「あの人との関係はすでに終わっていて、この先に続くものは何一つありません。…それでも、今向き合わなければ、自分の罪からも一生逃げ続けることになる気がします。…類との未来を描いているからこそ、私は、彼に会わなければいけません」


ふぅ、と福重からため息が洩れる。少し緊張したような響きがある。
「…花沢様より、別の指示も承っております」
「え…?」
福重自身にも迷いがあるのか、なかなか次の言葉が出てこなかったが、ややあって彼女はこう言った。
「…花沢様はこの事態を危惧していらっしゃいました。本当に牧野様のことを心配なさっていました。それでも……もし牧野様がどうしても、と望まれるのなら、牧野様のなさりたいように手助けをしてやってほしい、と最後に仰ったんです」


―類…!


看破されていたんだと分かった。
彼には会わないと即断した、自分でも分からなかった心の迷いを。


―ごめんね。類。
―約束を守れなくて。

―でも、私、どうしても立ち向かいたい。
―もう逃げたくないの。


「…迎えに来ていただけますか?」
「すぐに伺います」
つくしの言葉に、福重が応えた。






いつも拍手をありがとうございます。
つくしは約束の場所へ向かいます。そして、類もそれを見越していました。
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2 Comments

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2019/05/09 (Thu) 10:00 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*'ω'*)

やっぱりね、行っちゃうわけですよ。約束の場所に。
物語的にもここは行かねば…です。
類の闘いよりも先に、つくしの闘いを描いていきます。
志摩については、これまでほとんど明かしてきませんでしたが、基本的に勝手な男です。でも、つくしは本当に、本当に好きだったんですよね…。

申し訳ないことに、類はしばらく出番なしです(;^_^A 
よろしくお付き合いくださいませ。

2019/05/09 (Thu) 20:27 | REPLY |   

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