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92.珈琲

Category『Distance from you』 本編
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警護の二人に同行してもらい、つくしは記憶の中の道をたどる。
隣の運転席には福重が、後部席には本永が座っている。
夕刻のラッシュに巻き込まれ、車は思うようには進まない。

店の場所は憶えている。
細い路地の一角にある昔ながらの喫茶店は、マスターと店員一人が切り盛りするような小さな店舗だった。大学からはやや遠く、学生が頻繁に利用する雰囲気の店でもなかった。

―あった。あそこだ。

車が到着した午後7時前には、客寄せの看板が淡く灯って、その場所をつくし達に示していた。


「店内へは私が同行します。離れて座りますが、何かあればすぐに対応できますから」
ラフな格好をした本永は、実年齢よりもずっと若々しく見えた。
すでに面が割れている福重は同行できない。
「私はこの場に待機します。先方がもうお帰りでしたら戻ってきてください」
福重の言葉につくしは頷き、シートベルトを外した。


約束の時間からすでに4時間が経過しようとしていた。
志摩が帰ってしまっていてもおかしくない時刻だった。


木枠の重いガラス戸を引いて開けると、頭上でカラランとベルが鳴った。店に入ってきたつくしを、カウンターから出てきたマスターがにこやかに出迎えた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
見覚えのあるマスターの顔が、ふと何かに気付いたように変化する。
「あの、ここで待ち合わせを…」
つくしが言い終わらぬうちに、マスターはすぐに応じた。
「伺っております。どうぞ中へ」
店内には数人の客がいた。
一番奥の、窓辺の席に座る男性の姿が目に留まる。


見間違えようもない。
志摩だった。


ベルの音で気づいたのか、彼はすでにこちらの動向を注視していた。
ドクドクと不穏に高鳴る鼓動を必死に宥めながら、つくしは細い通路を進み、ゆっくりと志摩に近づく。
その間に本永もつくしに続いて入店し、二人のやり取りが確認できる位置に陣取ったのがマスターとのやり取りで分かった。


「…遅いな。4時間の遅刻だ」
志摩の呟きは無視して、つくしは機械的に告げる。
「確かめたいことがあって来ました」
そう言って、テーブルを挟んだ向かいの席に静かに腰を落とす。


つくしは、今度は臆することなく志摩を見つめた。
かつては狂おしいほどに愛した男だった。
愛した深さと同じほど、…いや、それ以上に憎んだ相手でもあった。

だが、今はその愛憎の感情さえもが遠くに感じられる。
類が彼の持ちうるすべてでつくしを愛し、過去を昇華させてくれたから。
だからこそ、志摩と冷静に相対することができる。


桑田クリニックで10年越しの再会を果たしたとき、つくしの心を占めたのは驚愕と失望だった。とても相手の顔を正視できなかった。
志摩は何も変わっていないように見えた。
依然として傲慢で、利己的で、こちらの心情など何一つ理解していない、と。

こうして今、静かな心で彼と対面してみると、また違った印象をつくしは抱いた。
37歳になったはずの志摩は学生時よりも少し痩せて精悍さを増し、だが野心に燃えていた眼光は静まり、纏う雰囲気もどこか穏やかだった。
感情的にならなければ、建設的な会話ができるのではないかと思えた。



「…お待たせいたしました。ブレンドコーヒーです」
無言のままの二人の間に、マスターの声が優しく響く。まだ注文してもいないのに、彼は流れるような動作でつくしの前に珈琲カップをサーブし、同じように志摩の前にも新しい一杯を置いた。
彼が短く礼を言う。
困惑気味に見上げたつくしに微笑むと、マスターはカウンターへと戻っていった。
「もしお前が来てくれたら、それを出してもらうように予め頼んでおいた」
志摩が言って笑う。
「まぁ、飲めよ。話はそれからだ」


つくしは言われるままに真っ白なカップを持ち上げ、口をつけた。
焙煎珈琲の芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

―おいしい。

その様子を見つめていた志摩が満足そうに目を細める。
「…旨いだろ」
「えぇ」
「10年前も同じように、ここでお前を待ってた。…お前は来なかったけどな」


つくしは軽く目を見開く。
それは身に覚えのない約束だったからだ。


「最後に会った日の翌日、携帯にずっとメッセージを送り続けた。…お前はそれを見もしなかったし、聞きもしなかったんだろう?」
つくしは頷く。
志摩が連絡を取りたがっていることは分かっていた。だが、つくしはすべてを黙殺した。もう終わらせなければいけないと、強く自分を律した。

「お前は過去の清算のためにここに来たんだろう。…だが、その前に俺の話を聞いてほしい。その上でお前の知りたいことに、偽りなく答えようと思う」






いつも拍手をありがとうございます。
志摩、再登場です。
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2 Comments

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2019/05/11 (Sat) 00:56 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

おはようございます。コメントありがとうございます(*'▽')

そうそう、仰る通りなのです。つくしが今、志摩を前にしながらとても冷静に応対できるのは、自分の中で類の存在が確固たるものになったからです。近くには本永も控えていますし、準備は万端!

後述もしますが、この二人、別れ方が本当に良くないです。互いに気持ちを残したままでした。類との未来のために、今がつくしの踏ん張りどころです。見守っていてくださいね。

2019/05/11 (Sat) 06:34 | REPLY |   

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