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96.四者会談

Category『Distance from you』 本編
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2月26日、午後8時。
花沢物産の第一会議室は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。


代表取締役社長の統。
副社長の類。
専務の耀。
そして、常務の多津子。

戸籍上は家族であり、花沢物産の主力経営陣である四者が、こうして一堂に会するのは昨年の1月以来だった。多津子と耀が隣り合って座る以外は銘々が距離を取って席に着き、誰が口火を切るのか、タイミングを見計らっていた。


「臨時取締役会を開催したい事由について、説明願おうか」
結局は、統が口を開く。
統はそのために急遽、欧州から呼び戻されていた。
「それを言い出したのはお前か?」
その視線の先には類がいた。だが、類は無反応だ。
「フランスでの任を投げ打って勝手に帰国とは、いいご身分じゃないか。…背任行為であることは認識しているだろうな」

「四六時中、監視されながらの生活に嫌気が差しましたから。…あなたから見れば、俺には人権が存在しないようなので、それを正しく主張しようと思いました」
感情を排し、類は淡々とした口調で応じる。
「これから各々が、今後の会社経営に対する私見を述べます。そこには当家の面目に深く係わる部分が露見するため、こうして事前合意を行おうと判断したまでです。…身内の恥は晒したくありませんから」
統は鼻白んだように薄笑いを浮かべる。類の嫌いな表情だった。


「お呼び立てしたのは私です」
涼やかに声を発したのは多津子だった。


統はわずかに驚いた様子を見せ、自分の妻を見返した。
「どういうことだ」
「ですから、臨時取締役会を開催したいと申し出たのは私です。これからの会社経営について提案があります。…そうした考えに至った経緯には、副社長の交際が関わってはいますけれど、その有無にかかわらず、いずれは私見を述べるつもりでおりました」
多津子の表情にはまったく緊張がない。
一方、耀の方は憮然と前を向いたままだ。


「副社長、まずはあなたの希望を述べてください」
多津子が類に話を振る。
類は頷いた。
「私には今、メイヤー財閥の令嬢との婚約話が持ち上がっています。5年前とは異なり、今回は私の了承なしに話は進んでいます。社長にこれを拒否したところ全く受け入れられず、私の交際相手へも強い圧力がかけられました」
これは事実確認であって、この場にいる者にはすでに周知のことだ。

「これまで私の負うべき責務については、自分なりに自覚し、理解を深めてきたつもりでした。ですが、仕事を熟せることと、この仕事が自分にとっての適職であることとは別問題だと思っております。…私は、生来、この仕事にやりがいを感じたこともなければ、会社や現在の地位に対して何の未練も執着も感じていません。…それにもかかわらず、会社存続のために、私の自由意思を蔑ろにされることへは強い反発しかありません」


類は宣言する。つくしと出会い、彼女とともに生きたいと願うようになってから、密やかに思い続けていたことだった。


「副社長を辞任します。そして花沢の名を捨てます。今後、私はあなた方に対し、いかなる要求もしません。相続についてもその権利の一切を放棄します。…ですから、私のことは花沢からは除籍されたものと見なし、手放していただけないでしょうか」


類の宣言を多津子が引き取る。
「…先日、副社長よりこのように本意をお伺いしました。私としましては、本人が強く望まれることを無理に捻じ曲げてまで、会社に慰留すべきではないとの考えでおります。また、家族の在り方についても同様で、花沢の家からの独立を認めたいと思います」
統の目つきが鋭くなる。
「何を勝手な…。それはお前が判断することではないだろう」
「戸籍上は“母”ですから」
多津子はさらりと応えたが、次の瞬間、自分の本意を告げた。
「しかし、その関係ももう終わりです。…私の方が花沢ではなくなりますので」


怪訝そうに眉を寄せた統に、多津子は宣言した。
「社長、離婚に応じていただきます。事由は挙げればキリがありませんけれど、性格の不一致が一番無難なのではないでしょうか。法廷であなたの夫としての不適格ぶりを晒したくはないので、協議のみで解決できればと思います」
「多津子…」
険しくなった統の声を無視するように、多津子の言葉が続く。

「この28年間、一度として、私を意志のある一人の女性として認めてはくださいませんでしたね。…スペアにはスペアなりのプライドや意地があるものです。ですから私は、花沢ではなく西洞院家の一員として今日までを生きてきたつもりでおります」
彼女は笑う。それがまた純然とした笑みであるから、彼女の抱える闇の深さをよりいっそう顕わにしていた。
「この会社は私達がもらい受け、あなたには退陣していただきます。形式上、解任ではなく辞任ですので、それがせめてもの温情とお考えください」


統から薄笑いが消えた。


「私が辞め、類も辞めたら、誰がこの会社を導くんだ? お前と耀か?」
多津子は首を振る。
「私はあくまでも裏方です。世間的に無名の私など株価を落とす要因にしかなり得ませんし、また社長の器でもありません。…耀にはいずれ社長の座に就いてもらうつもりでいますが、まだ年若く、その時機ではありません」
「では、誰を」
「社長には私の兄を、副社長には土屋常務を推します。専務は据え置きます」


多津子は嫣然と笑む。
そうしながら、ついに、彼女は隠し持っていた牙を晒した。


「社長との離婚に伴い、私と耀は西洞院に改姓します。経営陣の一新により、この度、花沢の名は排斥されます。会社の名に“花沢”を冠するのに、その直系の者が姿を消すとは何とも皮肉的な結末ですよね」






いつも拍手をありがとうございます。
花沢多津子の目的は見えてきましたね。彼女は、この時を待っていました。
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4 Comments

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2019/05/17 (Fri) 09:20 | REPLY |   

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2019/05/17 (Fri) 09:44 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*'▽')
なるほど…と思っていただけましたか?

今夜の更新で、多津子の目的がもう少し明らかになります。
しかし、統が素直に応じるわけがありませんよね。

しばらくは連日で更新します。攻防戦をお楽しみくださいませ。

2019/05/17 (Fri) 21:37 | REPLY |   
nainai

nainai  

ル様

こんばんは。ご訪問ありがとうございます♪
コメント嬉しいです~(*^^)v

多津子は虎視眈々とこの機会を窺っていました。類とつくしの交際が契機となったのです。この辺りの詳細は後のお話に出てきますのでお楽しみに。
類は策士ですが、それ以上に統も多津子も謀略に長けます。まさに年の功。そして、まだ動きのない耀がどう出てくるのか。しばらくは攻防戦が続きます。

最終的にはもちろんハッピーエンドです。 
今回は公言しておりますので、その点はご安心くださいませ(^^♪

2019/05/17 (Fri) 22:06 | REPLY |   

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