FC2ブログ

97.情報戦

Category『Distance from you』 本編
 6
「とても承服できかねる内容だ」
統は反駁する。
多津子は今、会社の乗っ取りを仕掛けてきている。
牙城が突き崩されようとしている今、徹底抗戦するのが当然の反応だろう。

「西洞院美景みかげにその意志があるのか」
「えぇ」
西洞院美景は多津子の実兄であり、現在、西洞院ホールディングスの社長を務めている。婚姻を契機に花沢物産とは提携契約を結んでいる。
会社の規模としては花沢物産に比肩できるレベルではないが、この数年の収益率の上昇は目覚ましいものがある。それに大きく寄与したのが美景だとされていた。


「たかだか中堅企業の会社幹部がどうにかできる仕事ではない」
「変革期とはそういうものです。しばらく経営には大きな揺らぎが生じるでしょうが、副社長がその人脈をもって私達を手助けしてくださるそうです。天下の道明寺家、大河原家、美作家そして西門家の力を拝借すれば、経営の立て直しを図る間は現水準をキープできるでしょう」

統は語気を荒げる。
「誰がそのような甘い見通しを立ててるんだ! 私や類が担ってきた仕事は、そう易々と後任が引き継げるものではない! 株主達は無能な経営布陣をすぐに見抜く。株価の暴落は避けられない」
その言葉に、くすりと多津子が笑った。
「ご心配なく。社長と副社長の辞任はそのタイミングをずらす予定ですから。社長は今回の決算後に、副社長はそれに伴う混乱が収拾でき次第、というところでしょうか。…株価は暴落するまでには至らないと思います」



「現取締役の中に、社長の支持者が何人残っていると思いますか?」
追い打ちをかけるように、類が問いかける。
「…買収したか」
統の呟きに類は答えず、事実のみ述べる。
「一部は現行のワンマン体制に大きな不満があったようですね。…そうした声をご存知でしたか?」
統は答えない。
いずれにしても、花沢を除く現取締役の7名中4名の意思が類達の手中にある。司達の尽力により、保有株に比例する議決権についても、50%以上を占有できている。
統がここで何を拒否しようと、取締役会あるいは株主総会ですべて決着できる。



重苦しい沈黙が下りた。
統の形勢不利は明らかだった。
多津子が次なる一手を打とうとした瞬間、彼はある提案をした。



「どうあっても類は経営陣に残しておくべきだ。西洞院美景ではなく、類が代表取締役社長となるのなら、お前達の要求をそのまま呑もう」
「…副社長は辞意を表明されました。そうした選択肢はありません。私達は要求をお伝えしているのではなく、決定事項を述べているにすぎません」
多津子の声のトーンが下がる。わずかに怒気を孕んだのが皆に伝わった。
統はそれを黙殺する。


「西洞院智景ちかげは、次の参院選で政界へ進出する腹積もりらしいな」
西洞院智景は、多津子の実弟だ。
「当選のためにはクリーンなイメージが大切だろう」
唐突に転換された話題に、統が仕掛けてきたことを3人は悟る。
やはり、統も西洞院家を探っていた。
いつかは、こうして取引材料にするために。

「…急に何のお話です?」
そう惚けて見せた多津子に、
「智景の周囲の噂を知らないとでも?」
統が応えて嗤う。
「噂だけでしたら、どの方にも履いて捨てるほどありますから」
多津子も笑んで応じる。
「確たる証拠があると言ったら? それを公開すれば選挙の趨勢には少なからず影響するだろう。火のない所に煙は立たぬものだからな。…そのデータと引き換えに、こちらの要求を呑んでもらいたい」
チラリと目線を振った多津子に、類は小さく頷く。

ー情報操作なら、こっちが上だ。

「お断りします」
多津子は応じない姿勢を示した。



「なぜ副社長に土屋を据えるんだ?」
統は反撃の手を緩めない。
「これまでの業績に照らし合わせて、彼が最適だと私達3人で判断しました」
「白々しいな。…土屋がお前の情夫だからだろう」
統がそう言い切った瞬間、多津子ではなく、耀の方が表情を歪めたのを類は見た。
「不貞行為に基づいた人事が社員に受け入れられるかどうか、試してみるか?」
「事実無根ですから、如何様いかようにも」
多津子は即座に切り捨てる。
その真偽のほどは分からない。少なくとも彼女は動揺ひとつ見せなかった。



「…本当に、掌握済みか?」
統の顔に浮かぶ不敵な笑み。
「11名中7名。そう思っているだろう。…その中に、裏切り者がいると言ったら?」
取締役達の各々の立ち位置はすでに決まっている。
だが、今更になって形勢逆転の可能性を示唆される。

ーそれは陽動だ。惑わされるな。

類は動じない。
こちら側についた取締役達とて、裏切った場合の報復について理解していないわけがないだろう。あきらが、総二郎が、その手を尽くして、取締役達の関係者を囲い込んでくれた。類は彼らの手腕を信じている。
だが、室内の空気は最大限に張りつめ、多津子と耀の表情が険しくなっていく。

ー動揺を見せるな。つけ入る隙を与えるな。

類は、この空気を変えるべく声を発した。
できれば交渉には使いたくないカードだったが、これ以上情報戦で精神的に消耗するよりはいいと思えた。好感情は微塵も抱けない家族でも、互いを貶め合う姿を見るのはやはり忍びないものがある。
決定打のつもりで、類は動いた。




「…エンゲルス博士」
類が口にした者の名に、多津子と耀は聞き覚えがなかった。
瞬時に反応したのは統だけだ。
自分を睨み据える険しい双眸に、類も酷薄な微笑を返す。

「ドイツでご懇意にされている方のようですね。…オンコロジー(腫瘍学)領域における権威だとか。彼の研究成果はいずれ世のため、人のためになるでしょう」
「…………」
「彼の帰属する研究団体に毎年私費を寄付していらっしゃいますね。決して少ない額ではないのに、寄付の際には匿名を使っている。…そうまでして、なぜ彼の研究を後押ししたいのですか?」

この情報はギリギリになって、道明寺滋が掴んできた情報だった。そして司が裏付けを取ってくれた。夫妻の緻密な情報網と連係プレーに、類は心の中で感謝する。

「個人的な怨恨はありませんが、私にはこの団体の研究活動を妨害することができます。…社会的かつ倫理的な問題がありますが、致し方ないですよね。社長も自分の要求を通すために様々な手段を用いますから」
研究の妨害は、その成果を待ちわびる医療関係者や患者にとっては災厄でしかない。類とて、それは本意ではない。
だが、そうでもしなければ、統は決断しないだろう。

「道明寺財閥にはメイヤー財閥との提携を持ち掛けてもらいました。私との婚約話を白紙に戻すことが第一条件だと申し入れたところ、社長夫妻は即時了承されたそうです。…共同事業を行ったところで、所詮はその程度の繋がりです。より有益な方へと経営者の気持ちは流れる」
類は淡々と告げる。統は尚も無言のままだ。


「専務」


類は耀へと目を向けた。
会談が始まってから、一言も声を発していない異母弟へと。
呼ばれた耀は目線だけを動かし、類をじっと見上げた。
「専務の意見を述べてください。このような会談が開かれる機会はもう二度とないでしょうから」






いつも拍手をありがとうございます。今日もしんどい内容でした…。
随所にF3+滋のバックアップがあります。
巧く描き切れていない部分ですが、裏ではそれなりのお金が動いています。
関連記事
スポンサーサイト



6 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/05/17 (Fri) 23:20 | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/05/18 (Sat) 00:53 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*'▽')

仰る通り、彼らは『家族』として機能していません。多津子と耀の親子関係はまったく問題ありませんが…。
第77話『知己』より、つくしと司の電話でのやりとりで、「彼(統)は俺の母(楓)と同類の冷血ですから」という司のセリフがあります。統のイメージは楓に近いですね。この中にあって、類は至極まともに成長したと思います。

次回、これまで沈黙を保ってきた耀が私見を述べます。どうぞお楽しみに。

2019/05/18 (Sat) 01:11 | REPLY |   
nainai

nainai  

ま様

こんばんは。ご訪問ありがとうございます♪
コメント嬉しいです(*´ω`*)

内容が内容だけに事前会議をしてよかったですよね。特に、統と多津子の攻防戦はもう…💦
花沢物産は今、瓦解の危機にあります。第82話『帰国』の最後で、自分の中の倫理に反さない範疇で多津子達に従うという類の決意を書きました。このとき類は乗っ取りの画策を受諾するのですが、だからと言って好き勝手にはさせないという強い気持ちも持っています。類はどんな時でも利己的には動かないんですね。

しばらく更新は連投です。次回は耀が登場します。どうぞお楽しみに。

2019/05/18 (Sat) 01:33 | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/05/18 (Sat) 09:33 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます。
楽しみと言っていただけると、本当に励みになります(*´ω`*)

これまで耀には全然登場してもらっていないですし、どういうスタンスでこの場に臨んでいるのか、分からないことだらけですよね。彼は27歳、社会人としてはまだ5年の若造です。耀が自分の『家族』をどんなふうに見つめていたのか、そこから紐解いていきます。

推敲作業、頑張っています。今夜もお楽しみくださいませ。

2019/05/18 (Sat) 20:42 | REPLY |   

Post a comment