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100.決着

Category『Distance from you』 本編
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社外取締役とは、文字通り、その会社に対する独立性を有した役職である。
会社とは利害関係のない者が、株主側の視点から企業経営について意見・評価することで、取締役会の監督機能を強化する狙いがある。尚、業務の執行権は持たない。
海外では社外取締役の選任が義務化されている国が多いが、日本では制度導入が遅れていたこともあり、上場企業には浸透しつつあるもまだ義務化には至っていない。

ただし、社外取締役になるためには会社法が定めた要件がある。
その会社や関連企業との利害関係がないこと。
現在および過去10年間に、業務執行に携わっていないこと。

類の場合、そのいずれの要件もクリアできない。
それを解っていて、耀が敢えて社外取締役就任を勧めるのであれば方法は一つだ。

すなわち、類の意思を汲んだ代理人を立てること。

要件の曖昧さを突いた抜け道的な手法であり、違法と言えば違法ともとれる手段にはなる。耀のこの提案を聞いたとき、類の脳裏を過ったのは親友の顔だった。
この要件に当てはまり、利害関係抜きに、自分の意思を遺漏なく尊重してくれるとしたら彼しかいない。



「…それがお前の出した答えか? 類に頼らず、自らの力で苦境を乗り切ろうとする気概はないのか?」
統の視線は真っ直ぐに耀を射抜く。
だが、耀は怯まない。
「これから当社はかつてない変革期を迎えます。創始以来、花沢家で継代してきた代表を他に譲り渡し、経営戦略は大きく変わることになるでしょう。それが吉と出るか、凶と出るかは分かりません。…ただ、現状の継続を望まない声が多いことも事実です。副社長然り、常務然り、…そして私もです」
統が、多津子が、類が、立ち上がったまま私見を述べる耀に見入った。


「こういう局面に至った要因には、やはり社長の独善が大きく影響したと思います。母が先ほど自分をスペアだと述べたように、私もこれまでずっと、副社長のスペアとしての半生を生きてきたように思います。そうした私達も、やはり生身の人間ですから、なんとかしてあなたに認められたいという願望や、現状を打破したいという葛藤がありました。…あなたは、人のそうした感情を余りに蔑ろにし過ぎた。そうは思いませんか?」
滔々と、耀の静かな声が会議室に響く。


「副社長と私達親子は、決して一枚岩ではありません。一時的に利害関係が一致しただけの繋がりに過ぎません。ですが、そのことを加味しても、私自身は副社長の中にある善意を信じていますし、彼を頼ることは今後も決して会社の損失にはならないと強く確信しています」

―この場を凌ぐためだけの提案ではない。
それを印象付けるために、耀は語気を強めた。

「私もいずれは、会社の代表として恥ずかしくない働きがしたいと思っています。ですが、これまで社長や副社長が評価してきたように、今の私にはそれだけの力量も素質も備わっていない。それは素直に痛感しています。…ですから、今後も血縁だからとその有利性に甘えることなく、貪欲に経営のノウハウを学んでいく所存です。副社長に教えを乞うことを恥じないつもりです」


多津子の表情がわずかに歪んだのを、類は見た。
息子の意思を、彼女は今、どう捉えているのだろう。


「以上が、私の意見です」
そう言い切って耀が着席すると、類がその後を引き取った。
「…どうしますか? まだ続けますか?」
統に向けた問いは、無言の首振りで返される。
「それでは、取締役会での決議案の内容について最終確認をします」
類は冷静にこれまでの話を纏めた。


3月の決算終了後に花沢統は辞任し、当社の経営からは完全に退くこと。
保有株については、すべて会社で引き取ること。
後任として、西洞院美景を推薦すること。


「私の辞任、そして後任の選定については時期が未定ですので、今回の議題には含みません。専務が提案した社外取締役の件についても、まだ検討が必要ですので保留扱いとします。…よろしいでしょうか」
類が3人を見渡すと、無言の同意が返った。



会談が決着した瞬間だった。



類に続いて、耀が会議室を出ていく。
その場に残った多津子は、まだ離席できずにいる夫の傍へと近づいた。
「早急に離婚協議を行いたいので、お時間をいただけませんか。またすぐに欧州へと戻られるのでしょう?」
統は、両肘を机について組んだ手の甲を額に当て、目を伏せている。
その表情は手に隠れて見えなかった。

「財産分与で争うつもりはありません。できるだけ早く決着させたいので」
「…分かった。弁護士と相談して日時を決める。2~3日のうちに終わらせよう」
統は顔を上げない。
多津子は思わず声を荒げた。
「何か他に仰りたいことはないのですか!? あなたを裏切った人間ですよ、私は…っ!」
多津子が感情を揺らがせながら、夫に詰め寄る。

だが統はあくまでも冷静だった。
ゆっくりと顔を上げ、曲がりなりにも28年もの歳月を連れ添ってきた妻の顔を見つめる。そこに先ほどまでの険しい眼光はなかった。

「今更、何の申し開きもない。耀の言った通りだ。私はお前達の意思を、その感情を蔑ろにし続けてきた。皆それぞれに力を有し、今日という日を迎えた。私の力はもう及ばない。ただそれだけのことだ」
「最後まで無感情なんですね。…あなたは」
多津子の頬を、涙が伝う。

「お前はまだ若い。…再婚するのも一つの選択肢だろう」
「今、そのことに言及するほど厚顔無恥ではありません」
統がわずかに笑む。
多津子はそれを不思議な思いで見つめた。
「耀は自身の葛藤に打ち勝った。今の志を胸に刻んで学んでいけば、あれは良いリーダーに成長するだろう。伸び代を期待させる、いい持論展開だった」

統は立ち上がり、内ポケットからハンカチを取り出すと、すっと多津子に差し出した。無言で受け取った多津子にはもう目線を振らず、統は足早に会議室を出て行った。





いつも拍手をありがとうございます。
不透明さを残しつつも、会談は決着です。
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