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101.謎

Category『Distance from you』 本編
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類の執務室には、耀の姿がある。
「いつから考えてた? 社外取締役なんて」
類の問いかけに、耀はニヤッと口角を上げる。
彼の想定外の発案ができたことが単純に嬉しい。
「意外だったか?」
「…なんだよ、あれは。聞いてるこっちがむず痒くなる」
形としては、耀が類を褒めちぎったようなものだ。

「だが、社長はあれで心を決めたんだろうよ。話を続けるうちに、表情が変わっていったからな。…言っとくが方便じゃないぜ」
「…本気で考えてるわけ?」
耀は頷く。
「いずれにしても社外取締役制度の法的な義務化は目前にある。先を見越して着手しておくのも悪くない。…どうせ、あんたが代理を立てるとしたら西門だろう?」
「第一候補じゃあるけど、あいつは面倒を嫌がるからどうだろうね」


耀は応接用ソファに座り、背もたれに深く沈み込んで天井を仰ぐ。
類もその向かい側に静かに腰を下ろした。
「エンゲルスって誰だよ。事前にその情報は聞いてなかった」
耀が身を起こし、小さな声で問う。
「数的不利の段階で向こうが折れてくれたら、切らなくてもいいカードだと思っていた。最先端の腫瘍学研究が行われている機関で、その成果へは医学界の注目度も高い。社長とエンゲルス博士の関係は、俺達が思う以上に長くて深いよ」
「…本気でやるつもりだったのか、妨害」
類は肩をすくめて見せる。
「どうだろう。…利己主義に走ればやったかも?」


冷酷さを覗かせながらも、きっと彼はそうしなかっただろう、と耀は思う。
そして、彼のそうした本質を統も解っていたはずだ。


「…なぁ、社長はやけにあっさりと引いたよな。これまで長年に亘って手塩にかけてきた会社を手離すんだぜ? 本当にこれで終わりか?」
耀の疑問に、類は同調する。
「社長は西洞院家に対しても警戒はしていたはずだ。乗っ取りへの懸念は、常務との結婚を決めた時点からあり続けただろうと思う。…俺がお前達と結託した時点で、数的不利は決定的だった。それなら、最初から手を組ませないように、少なくとも俺だけは懐柔しておく必要があったはずなんだ」

財閥令嬢との婚姻を無理に推し進めず、つくしとのことを認めてさえくれていれば、類は統を支持する立場を崩さず、多津子達に対抗しただろう。
そんなにも血脈へのこだわりが強かったのか?
過去の確執から、類達の結託は絶対にないと確信していたのか?
違和感は類の中にもあった。

「なんとなく、この結果になるように誘導された。…そんな気がする」
「だとしたら目的はなんだ?」
類は首を振る。それ以上の情報は持ち合わせていなかったからだ。
そのときノック音がして、二人の会話を中断した。




入室してきたのは多津子だった。類の勧めに応じ、彼女は耀の横に座った。
彼女は会談が滞りなく終了できたことにまず礼を言い、明日行われることになっている取締役会についての詳細を再確認した。
また、統との離婚に関する協議も近日中に行い、決着させることを報告した。

「常務は、先ほどのやり取りに、違和感を覚えませんでしたか?」

類は、耀と話していた疑問点を多津子にも投げかけた。
多津子は心得ているかのように頷いた。


「副社長の情報が決定打だったのだと思います」
「エンゲルス博士?」
「そうです。私はその方を存じ上げませんが、オンコロジー領域の権威だと聞いてピンとくるものがありました」
多津子は真っ直ぐに類を見る。
それは決意を秘めた瞳で、類でさえ少し気後れを感じるような迫力があった。

「あなた……自分の母親の死因を知っていますか?」

類は虚を突かれる。
―なぜ、ここで母の話題が出る?

「肺炎だったと聞いています。産後、体が弱くなったと…。亡くなった当時、私は2歳でしたし、母の記憶はありません」
「このことには緘口令かんこうれいが布かれましたので、あなたが知っているとしたら統さんが明かした場合のみでしょう。…何も、聞いていないのですね」
「社長は、何も」


ドクドクッと心臓が不穏に波打った。
―死因は、肺炎じゃないのか?


「副社長のその反応を見て合点がいきました。もし詳細を知っていたら、先ほどの発言を躊躇しただろうと思いますから」
多津子は、痛ましいものを見るように類を見た。
彼女がそうした感情を顕わにするのは初めてのことで、類も耀も戸惑いが隠せない。憐憫の情を覗かせるその顔に、類は続いて受けるだろう痛みを覚悟した。

「あなたの母、花沢栞さんは癌でした。…それも世界でも非常に症例の少ない、いわゆる希少癌に分類される悪性の脳腫瘍でした」

―脳腫瘍。

「病気が発覚したのは妊娠中期、…つまり、あなたがまだお腹にいた頃だったそうです。妊娠の継続と病気の治療、どちらを優先するかで統さんは苦悩したといいます。栞さんの方は、迷うことなくあなたを産むことを選びました」
シンと下りる沈黙が痛い。
「胎児の成長を待って帝王切開を行い、栞さんは即座に治療を始めました。ただ当時の医療技術ではその病態は未知なるもので、経過は芳しくなかったそうです。病院を出ることは叶わぬまま、2年後に亡くなられました」

「エンゲルス氏との親交は、そうした経緯があったからだと?」
「おそらくは。…統さんは、あなたに、彼らの研究の妨害をしてほしくなかったのでしょう。自分の進退がかかっていても、それがただの脅しに過ぎないと思えても、どうしても譲れなかったのだろうと思います。……あなたも、この話を知っていたら、交渉材料にしなかったのではなくて?」
類は曖昧に笑んだ。
「…どうでしょう。手段は選ばないつもりでいました。…あなた方二人は、私という人間の良心を買い被り過ぎているようです」
それを聞いた耀が、確かに、と小さく笑う。


「社長がなぜ研究機関に寄付を続けていたのか、その心情については推察の域を出ません。肯定的にも否定的にも捉えることができます。ですが、社長は周囲に理解を求めなかった。…それが今日の結果のすべてです」
それに、と言葉を継ぐ。
「社長は、目的のためにはいかなる感傷をも捨てきれる人間だと思います。社長一派の取締役達の動向に注意しましょう。…明日の取締役会、一筋縄ではいかない気がします」






いつも拍手をありがとうございます。
この3人が普通に会話をしているこの状況こそ、奇跡的な出来事です。
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2 Comments

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2019/05/22 (Wed) 10:01 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。今日もコメントありがとうございます♪

それぞれの思惑が交錯していますね。ゆ様の疑問へは今日のお話が回答になるかもです。いつもピンポイントなコメントでドキドキします~(*ノωノ)
情報戦では、より重要度の高い情報を制した方が勝ちでした。ここは類に軍配を。
経済の分野は専門外なので、管理人はアップアップしていますよ💦

この先に何があるのか、どうぞ最後までお楽しみください。

2019/05/22 (Wed) 20:44 | REPLY |   

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