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102.変革

Category『Distance from you』 本編
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類の予想は的中した。翌朝行われた臨時取締役会は、前夜の事前合意に基づきながらも、かつてない紛糾ぶりを見せた。

花沢統の辞任および退職が発表されると、同時に、最後まで統を支持し続けた取締役の三人、そしてこちら側についていたはずの取締役の一人が同時期の退職を申し出たのだ。そのうちの一人は、長くフランス支社の長を務めていた男だった。

それに伴い、支社長の仲立ちにより提携していたフランス国内の関連企業のいくつかが、契約を解消することになると告げられた。
この対応の早さからして、統は自分の進退に関してはある程度覚悟を決めていて、腹心の部下にはその旨を周知していたに違いなかった。

ーもしかすると、新たに会社を設立する心づもりがあるのかもしれない。
類は思った。


主要取引先のいくつかを失ったことで、こちら側についた取締役達の間には明らかな動揺が走った。その損失は大きいと予想されるが、長期的な目で見れば一時的なものだとも言えた。要は、どれほど早く次の手を打てるかだ。
支社長が抜けた穴を埋めるために、フランス事情に明るい類が渡仏して、その業務を代行する必要性が出てきた。

空席になったポストの人選。
社員への説明。
株主総会の開催。
社外アナウンスと株価対策―。

やるべきこと、為すべきことは山積していった。
だが、類達が始めた変革なのだから、最後までやり遂げなければいけない。

最初の二週間は、それこそ飛ぶような速さで過ぎた。
類も、多津子も、耀も、それぞれが寝る間を惜しんで共同で業務にあたった。


多忙の最中、統と多津子の離婚が正式に成立した。共同財産の分与も恐ろしくスムーズに行われた。額面について互いに争わなかったのだ。
多津子と耀はそれぞれがすでに居を移しており、統も今後日本には留まらない意向のため、誰も住まなくなった本邸は処分されることになった。
話が決まって以降も、類は本邸へは戻らなかった。邸に残していたわずかな私物は、昔からの使用人が気を利かせて、類のマンションへと運び入れてくれた。


類は本社での業務に区切りをつけると、すぐに渡仏した。副支社長から昇格した新しい支社長と綿密に話し合いを進め、新たな取引先との契約と物流の確保に努めた。
メイヤー財閥との提携はむしろ有効に働いた。司の意向の元、メイヤー社長は概ね類達に対して友好的であり、1~2月の間に共同で進めてきた新たな物流システムがここでは大いに役立った。


フランス滞在の間、メイヤー社長にセシリアとの会談の場を設けてもらった。
類はセシリアに詫びた。自分達の間の始まりも終わりも政治的に利用されただけでなく、彼女の世間的なイメージを損なわせてしまったことに対し、個人的にではなく会社の代表として謝罪したのだ。
セシリアはそうした謝罪に驚きつつも、快くそれを受け入れてくれた。類に結婚の意思がないことは分かっていたと吐露した後で、商運と幸運を、と言い置いて彼女は去った。


日本に残してきたつくしのことが、気にならなかったわけではない。
それでも、今の類には彼女のことを考える余裕はまったくなかった。あきらとその部下達を信じ、彼女のことを託すしかなかった。
最後の逢瀬以来、つくしからは何の連絡もなかった。取締役会が目論見通りに終わったことを知らせた後は、類からも敢えて連絡しなかった。

メールを見れば、声を聴けば、どうしても逢いたくなる。
逢いたくて、恋焦がれて、より苦しくなる。

だから中途半端な連絡はするまいと、類は心に決めた。
彼女も、きっと同じ気持ちでいるだろう。時折、約束のしるしにと手渡されたスペアキーを眺めることだけが心の慰みだった。



決算が終わった4月、統の辞任と西洞院美景の代表就任が公に発表された。
発表後、株価は一時的に大きく下落したが、西洞院美景の持つ知名度や親友達の手助けもあり、緩やかにだが株価は元の水準に回復しつつある。


振り返る間もないほど月日は駆け足で過ぎ去り、季節は初夏に移り変わった。それでも、まだ帰国の目途は立たなかった。
起きている間は1分1秒を惜しみながら、業務遂行と思案に暮れた。
人生においてここまで仕事に没頭したことはなかった。睡眠時間は極限まで削られ、夜は夢を見ることもないほど深く眠った。

だが、この案件を片付ければ、あの案件を終えれば、それだけ早くつくしの元へと戻れるのだと思うと、無理に無理を重ねてしまう自分がいた。
秘書の田村を筆頭に、周囲からは体調を気遣う声も上がり、過労による不調がしばしば類を悩ませるようになっていた。だが、彼は望んだ未来に向かって邁進し続けた。


統のその後が明らかになったのもその頃だった。
彼はドイツに新たな会社を設立した。役職あるポストには社内で見知った顔が多く就任し、統の第一秘書だった酒本の姿もそこに在った。
少数精鋭の布陣だ。
統には、以前よりそうした心積もりがあったことを類達に確信させた。
新会社は医療機器メーカーだった。これまでとは異なる分野への進出を果たした父の今後は、もはや類の預かり知るところではない。すでに道は分かたれたのだ。



6月上旬、耀が渡仏してきた。
フランスにおける類の業務を引き継ぐためだった。

「酷い顔色してんなぁ」
類の姿を見た耀の、第一声がそれだった。
「…来るのが遅いんじゃない?」
皮肉で応じた類に、
「無理言うなよ。これでも最速だ」
耀は軽妙に返す。

あの騒動を経て、二人の間にあった過去の確執は薄まり、今は同志としての連帯感すら感じられるようになっていた。耀からの積極的な歩み寄りには、下心を感じつつも嫌悪までは感じなかった。

実際、耀は今回の騒動下で大きな役割を果たした。しがらみを取っ払ってみれば、類が思っていた以上に、彼は呑み込みも早く、優秀だった。
「じゃ、まずこの資料の内容を全部、頭に叩き込んで」
類は、耀にファイルを手渡した。

この引継ぎが終われば、類はようやく帰国できる。






いつも拍手をありがとうございます。『変革』では一気に時間が進みました。
類がつくしの元を離れて既に数ヶ月。その間、彼女がどのように過ごしていたのか。
次回からは、つくしのお話です。
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4 Comments

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2019/05/22 (Wed) 22:32 | REPLY |   

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2019/05/23 (Thu) 00:14 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*'▽')
連日の更新を楽しんでいただけているようで良かったです。

花沢の社長交代劇は西洞院の思惑通りに終幕。しかし改めてこの時点から振り返ると、統という人物も思惑も見えてきます。彼については語りたいことがいろいろあるのですが、後述の展開に支障が出るので、ここではこのくらいにしておきますね。

次のお話からは視点を変えて、つくしの数ヶ月を追います。続々と伏線を回収していく予定です。どうぞお楽しみに。

2019/05/23 (Thu) 00:28 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*^^)v
しんどいヤマを越えたので推敲作業はサクサクと進んでおります。

ここまで来てしまえば、統の思惑についてはだいたい読めただろうと思います。でも明確な解説は、後述の展開に支障が出るのでしないでおきますね。統の出番はまだありますので…。

今回で類のターンが終了。次はつくしのお話です。物語の前半にばら撒いた伏線をゆっくり回収していきますね。どうぞお楽しみに。

2019/05/23 (Thu) 00:40 | REPLY |   

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