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103.弥生の頃

Category『Distance from you』 本編
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第102話から時を遡り、類と離れている間のつくしの日常を綴ります。
第95話『真相』の1週間後の出来事からです。





暦は3月に変わった。
つくしの元にはある吉報が舞い込んだ。
進の妻、亜友美から出産報告のメールが届いたのだ。

『3月1日午前8時32分。
 予定日から1週間遅れましたが、無事に生まれました!
 元気な男の子です。』

メールには写真が添付されており、真っ赤な顔をした赤ちゃんがベビーベッドで眠っていた。どちらかと言えば進に似た顔立ちに見える。実家の両親や祖母・敏子の喜ぶ顔が目に浮かんだ。

出産祝いには、亜友美の要望でベビー服を購入し、準備していた。
つくしは日曜日の夕方、彼女が入院している川崎市内の産院へと足を運んだ。
両親達が見舞いに来ているだろう時間はあえて避けた。
さすがに今、何かお小言を言われでもしたら、類のことを思い出し、涙腺が緩んでしまいそうだった。


想いを交わした逢瀬の後、類とは一度だけ連絡を取り合った。
統の辞任が決まったこと、両親が離婚することなどを簡単に報告された。すべてこちらの目論み通りに事が運んだと話す類だったが、その声は疲れ切り、暗く沈んでいた。初めて聞く声音だった。
その様子に、“よかった”と安易に返すことは躊躇われた。

メールを見れば、声を聴けば、どうしても逢いたくなる。
逢いたくて、恋焦がれて、より苦しくなる。

だから中途半端な連絡はするまいと、つくしは心に決めた。
彼ならそうしたつくしの考えも分かってくれるはずだと思った。

得てして、連絡は途絶えていくー。



産院では、入室に際し、手指の消毒とマスクの着用を義務付けられた。
進に教えられた病室に向かうと、中から談笑する声が聞こえる。コンコンとノックをし、つくしはドアの隙間から顔を覗かせた。
「お邪魔しま~す…」
「姉ちゃん!」
「あぁ、来てくれたんですね」
病室に親子3人しかいないことに安堵し、つくしは微笑みながら入室した。

つくしは祝辞を述べ、二人に出産祝いを手渡した。
子供の名前は『恭介』に決めたという。
ベビーベッドを覗き込むと、写真で見たときよりも顔の赤みは引いていて、半開きの瞳がつくしをじっと見つめている。
「初めまして、恭介君」
ぎゅっと握られた小さな手を指先でつつく。つくしは甥の誕生を心から祝福した。

「お義姉さん、せっかくなので、抱っこしてもらえませんか?」
「えっ、私が?」
「その優秀な頭脳にあやかりたくて。…ぜひお願いします!」
笑顔の亜友美に促され、彼女から恭介を腕の中に抱き取る。わずか3,200gの温かさは尊い命の証で、羽のように軽いはずなのにずっしりと腕に重かった。


―この子の未来に、幸、多からんことを。


生きづらい世の中だという声をよく耳にする。
だが、この子の明るい未来を一心に願わずにはいられない。


『つくしに似た子供が欲しいな。性別はどちらでもいいから』
『そうだな…。二人くらいどう?』


つくしをその腕に抱きながら、楽しそうに未来を語った類の笑顔が脳裏を過る。
全部、憶えている。
あの日、彼と交わした言葉も、温もりも、匂いも、何もかもを。
もう何度思い出したか分からないほどに。



「無事に生まれてよかったね。すくすくと元気に育ってね…」
ふいに言葉尻が揺れて涙声になる。
声をかけようとした進を亜友美がさっと制したのが、視界の端に映った。

つくしは恭介をベビーベッドにそっと戻し、何度も瞬きして涙を散らしながら、
「なんかさ、嬉しすぎて涙出ちゃったよ。…私も年かなぁ?」
と明るくおどけて見せた。
弟夫婦はつくしの言葉に微笑むだけで、涙の理由を問わずにおいてくれたのがありがたかった。





3月中旬、桐生テルの四十九日法要が都内某所の寺で営まれた。
集まった彼女の親族はわずかに3人。
都合をつけて参会したつくしは、親族それぞれに丁寧な挨拶をし、自分の素性を明かした。テルの訃報を連絡してくれた女性もその中にいた。
法要は40分程度で終了し、敷地内の墓所に納骨する段になると、つくしは持参したテルの愛犬・リンの骨壺をそっと差し出した。住職はテルの意向を承知しており、恭しくそれを受け取ると、テルの骨壺とともに墓石の下へと納めてくれた。


つくしが、テルとの約束を果たした瞬間だった。


遠方に帰るという親族と挨拶を交わして別れた後も、つくしはテルの墓前に一人留まった。風はなく、線香の白煙がゆらりと細く立ち上っている。
つくしは屈み込み、そっと手を合わせた。
「リンとはあちらで会えましたか? これからはずっと一緒ですよ」

在りし日のテルとリンの姿が目に浮かぶ。
…最後に会った冬の夜のことも。

ホスピスでのペインコントロールが奏功し、テルはほとんど苦しむことなく旅立ったと親族の女性からは教えてもらった。彼女が迎えたのが穏やかな最期であったことに、つくしはホッと胸を撫でおろした。
「テルさん、リン、どうぞ安らかに…」


春の空は青く澄んで、美しかった。
三寒四温を繰り返しながら、季節は長い冬を終え、春になろうとしている。






いつも拍手をありがとうございます。
桐生テルとの約束は、第33話『安楽死』より。
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2 Comments

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2019/05/24 (Fri) 10:24 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*´ω`*)

『弥生の頃』は内容の派手さはないものの、気に入っているエピソードの一つです。類と離れて1週間、先行きの分からない不安の中でも、つくしは弟夫婦を労い、恭介の誕生を祝福します。そして、テルとの約束を果たします。彼女の優しさや生真面目さが好きなんですよね。
そうした部分に着目してもらえて嬉しいなぁと思いました。

今夜は誰との交流を描いていくのか。
お楽しみくださいませ。

2019/05/24 (Fri) 21:11 | REPLY |   

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