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105.皐月の頃

Category『Distance from you』 本編
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桑田佳奈恵から電話がかかってきたのはGWの最終日だった。
つくしは、2階でホームページに掲載する写真の加工をしているところだった。
用事で近くまで来ているのでこれから訪問してもいいか、と問われる。特に用事もなかったため、つくしが快諾すると、彼女は15分ほどでやってきた。

「…ついでがあったなんて、嘘よね?」
彼女が持参した手土産のケーキの箱を開けて、つくしが笑う。中身はどれも、つくし好みのチョイス。そしてパティスリーのある場所はここから遠い。
「最初からうちにくるつもりだったでしょう?」
「バレた? だって牧野と話がしたかったから…」
「何か淹れるよ。珈琲がいい? 紅茶がいい?」
「じゃあ、珈琲をお願い」


つくしはコーヒーメーカーをセットすると、ダイニングテーブルを挟んで佳奈恵と向かい合った。彼女を自宅に招き入れるのは久しぶりのことだったし、2月のあの日以来、連絡自体取っていなかった。
「急にごめんね。…なんかさ、このまま連絡取らないでいたら、牧野との繋がりが切れたままになるんじゃないかって、不安になっちゃって」
「…うぅん、私こそごめん。もともとマメに連絡する方じゃないから、佳奈恵がこうして訪ねてきてくれて嬉しい」
つくしが微笑むと、佳奈恵もホッとしたように相好を崩した。

「…改めて、謝罪させてもらえる?」
佳奈恵が真剣な顔でそう申し出ると、
「うぅん。謝罪は要らない」
拒絶の言葉に短く息を呑んだ友人に対し、つくしはあくまでもライトだ。
「だって、佳奈恵が謝罪する理由なんてどこにもない。公彦さんだってそう。二人は、何も悪くないんだから」
「でも…」
「私、もう気にしてないから、そんな悲しそうな顔しないで。佳奈恵らしくもない。あの時はビックリしたぁって、いつもみたいに笑い飛ばしてよ」


珈琲の準備が整い、カップに均等に注ぎ入れる。芳醇な香りと湯気とが立ち上る向こうで、佳奈恵が物言いたげにつくしを見ていた。
ティータイムの準備が整う。
つくしは口を開いた。
「少し長くなるけど、昔話、聞いてくれるかな」
強い決意を秘めた問いかけに、佳奈恵は無言で頷いた。
「…1年生のときの実習を憶えてる? ウイルス学研究室の…」



つくしは、佳奈恵に明かした。
主観は交えず、客観的な事実だけを。
傷の癒え切らない今、自分の気持ちを吐露するのはさすがに時期尚早に思えた。


志摩との関係の始まりと終わり。
10年間の苦悩。
そして、再会と別れ―。


「志摩さんとのことは、自分の中で本当に終わってしまったことだから、こうして話せるようになったの。…でも、倫理に反したことを私はしてしまった。そのことへの罪悪感は消えない。…ずっとね」
つくしは寂しそうに笑む。
「佳奈恵が私を褒めて、持ち上げてくれる度に心苦しかった。本当の自分は、こんなにも利己的で浅ましいのにって…。でも、信頼を失いたくなくて言えなかった。…ごめんね」

佳奈恵が首を振る。
「…私、臆病だったんだよ」
彼女も心の内をそっと明かす。
「牧野ともっと仲良くなりたいって、ずっと思ってた。ときどき寂しそうな表情を見せるのは何故か訊きたかった。…でも、そんな詮索をすれば、牧野の心が本当に閉ざされてしまう気がして怖かったの」
「…佳奈恵は、私のことが大好きだもんね?」
つくしがおどけたように言えば、佳奈恵もつられて笑う。
「そうだよ。昔っからあんたのことが大好きなんだよ。…私はね」


だけど、と前置きをして、佳奈恵は言う。
「偶像崇拝っていうのかな。牧野のストイックさに、なんだか、自分の憧れや理想を押し付けてた。獣医師の模範がいるとしたら、それがあたかも、あんたであるかのように。これは公彦さんにも前々から指摘されてたことなの。…実際、それを重荷に感じることもあったんじゃない?」
「…正直に言えば、時々はね」
佳奈恵から向けられる真っ直ぐな尊敬の眼差しは、疚しさを抱えて生きるつくしにとって、時に辛くも感じられた。


だが―。


「…だけど、こうも思ったよ。犯してしまった過ちはどうにもできなくても、これからでも、佳奈恵の信頼に足るだけの人間になりたいって」
つくしは笑う。
その笑顔が本当に穏やかで、優しくて、佳奈恵は嬉しくなる。
「ずっと私の友達でいてくれてありがとう。佳奈恵には感謝してる。…今日の話を聞いて、私への見方が変わってしまったかもしれないけど、これからも友達でいてくれると嬉しい」
「もちろんよ!」
佳奈恵は即答する。
「話してくれてありがとう。私達の関係は変わらないよ。…むしろ、より親密になれたかもよ?」
上げられた語尾には、佳奈恵らしさが表れていた。


それからがティータイムの始まりだった。2杯目の珈琲を淹れ、手土産のケーキをシェアしながら楽しんで食べた。
近々、研究室の同期だけの集まりがある、と佳奈恵は言う。
都合が合えば、と相変わらず曖昧な返事をするつくしに苦笑いしつつも、ぜひ一緒にいこう、と彼女はいつものように前向きに言葉を締めくくった。



佳奈恵は別れ際に言った。
今度会うときは、そのネックレスをくれた彼の話が聞きたい、と。
同門会の時も、彼女は類が贈ってくれたピンクゴールドのそれを褒めてくれた。普段使いにするには勿体ないようなアクセサリーだったが、触れていれば類と何らかの繋がりを保っていられる気がして、最近では日常的に身に着けていた。

「元カレの話と今カレの話をいっぺんに訊くほど、私も無神経じゃないからね。…またお茶したいな。写真も忘れずに撮っておいてよ?」






いつも拍手をありがとうございます。
第88話『嘆願』以降、佳奈恵とは再会していなかったつくし。志摩との過去を客観的に話すことができました。これを受けて、佳奈恵自身もこれまでのスタンスを見直します。改めて友情を深め合った二人でした。
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