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107.文月の頃

Category『Distance from you』 本編
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しばらく日本を離れるから、と滋が挨拶に来たのは7月初旬のことだった。
東京での仕事に区切りがついたため、子供達とともに夫のいるアメリカに戻るという。2月の初対面以降、滋は月に1~2回ほどのペースでつくしの元を訪れていた。そして、都度、類の現況を知らせてくれた。

滋は概ね一人でやってくることが多かったが、今日は違っていた。
彼女の傍らには、西門総二郎の姿があった。
「二人が一緒なのは珍しいですね」
「そうなんだよね。一緒に来たいって言われて。ニッシー暇なの?」
「お前に言われたかねぇよ。用もなく此処に入り浸ってるくせに」
「あはは。だって居心地いいんだもーん」
総二郎は容赦ないが、滋はどこ吹く風だ。
「類に、ここに俺一人で来るなって釘を刺されてるんだ。…どうにもヤツは俺を信用してないらしい」
「そりゃ過去の実績がモノを言うのよ」
滋は笑い転げた。


つくしと総二郎とはすでに面識があった。春の人事異動でシンガポール勤務になったあきらが挨拶に訪れたとき、傍らに総二郎の姿があった。
類が戻ってくるまで依頼を遂行できないことを謝罪し、あきらは自分の後任として総二郎を紹介した。警護の本永と福重については現状維持で、つくしの元に残しておいてくれた。

類とも、あきらとも、司ともまた違った印象の総二郎に、つくしは面食らった。
「俺に惚れるなよ、つくしちゃん。類に恨まれるからな」
流し目とともに放たれた最初の挨拶がそれで、あきらには悪ふざけするなと窘められていた。
口調は明るく軽妙で、誰よりも気安い雰囲気があり、人の懐に入り込むのが上手い。切れ長の瞳は艶やかな漆黒で、惹きつけられるような力強さがあった。
自分達の中で色恋沙汰は群を抜いて多かった、という類の話にも素直に頷けた。


「類と長いこと連絡取ってねぇんだって?」
滋からつくし達のことを聞いていたのだろう。総二郎はダイニングテーブルに頬杖をつきながら、そう問うてくる。つくしは小さく頷いた。
「類といい、つくしちゃんといい、なんでそこまでストイックになれるかね。俺には真似できねぇ。たまには電話くらいすりゃあいいだろうに」
「…張りつめていた気持ちが、緩んでしまうからじゃないですか?」
つくしの冷静な返答には滋も反論した。

「そうかなぁ。声を聞くだけでもずいぶん励まされたり、頑張れたりするものよ? 私なんて司にどんなにウザがられても、毎日電話かけてるし」
「…そりゃ、ホントにうぜぇな」
「だって向こうからはかけてくれないんだもん。出てくれたらラッキー!って思うようにしてる」
クスクスと笑うつくしに、総二郎が改まった声を出した。



「実は、花沢物産側から正式に社外取締役就任の申し入れがあった。今、会派の本部の承認待ちだが、おそらく引き受けることになると思う」
「それって…」
つくしの呟きに、総二郎は頷く。
「類の辞任が近いってことだ。経営体制が整ってきたんだろう。株価はまた変動するだろうが、社内では類の辞任ありきで業務を進めてるはずだから、影響は少なく済むだろう。その後もどうせ俺名義でブレーンとして働くんだしな」
「はぁ~、やっとかぁ。よかったねぇ、つくし」
滋がつくしの肩を抱き寄せると、つくしはこくこくと何度も頷いた。
嬉しさで言葉が出なかったのだ。

「ニッシー、よく名義を貸す気になったね。最初、面倒は嫌だって断ったでしょう? 類君がバックにいても、社外的にはニッシーが対応しなくちゃだしね」
総二郎は陰のある笑みを見せる。
「…西洞院の思惑もあるんだろうよ。あっちは西門の人脈が欲しそうだ。弟の出馬も近いしな」
西門流は全国に支部があり、人脈は広く、政界事情にも通じている。
「ま、あちらさんとも持ちつ持たれつで、やれるとこまでやってみるさ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
深々と総二郎に頭を下げたつくしに対し、滋のコメントは辛辣だった。
「類君が優秀過ぎて、そのうちニッシーの名前だけが独り歩きしそうだねー」
「…言ったな。憶えてろよ」



「フランスは朝か…。ちょっと寝覚めのいい写真でも送ってやるか」
総二郎はそう言って人の悪そうな笑いを浮かべると、滋に自分のスマートフォンを手渡して立ち上がり、つくしの傍に寄った。
滋も“OK”とニヤニヤ顔だ。
つくしが内容を呑み込めないまま総二郎を見上げると、端麗な顔をぐっと寄せられ、唐突に肩を抱かれた。類とは違う、薄い香のようなフレグランスを感じた。
当然ながら、つくしは慌てふためいた。
「にっ、西門さんっ!?」
「まぁまぁ」

カシャ、カシャと連写する音が終わるや否や、総二郎はすぐに腕を緩めた。
つくしは椅子から立ち上がって後退り、総二郎をキッと睨んだ。
「なっ、何するんですかっ」
「類へのプレゼント」
「友情という名の悪意だねぇ。…さて、送信しといたよ」
「滋さんっ!!」
総二郎と同様、滋の顔も悪戯っ子のような輝きに満ちてキラキラとしている。


―この二人、実は馬が合う…?


あまりに手際のよい、息の合った悪ふざけに、つくしが高ぶった感情を持て余していると、すぐに総二郎のスマートフォンが振動し始めた。
「おっ、来た来た」
「打てば響く速さねー」
二人はコロコロと笑う。
「もしもーし」
総二郎がスピーカーフォンにして応答すると、恐ろしく不機嫌な類の声がした。
「…何のつもり? 頼んだこと以外するなよ」
「ひゃーぁ、怒ってるぅ」
滋が小声で言って肩を竦めると、総二郎はそれを気にした風もなく応じた。
つくしは事態を見守るしかない。

「こうして速攻で電話してこれるんだから、たまには恋人に連絡の一つもしてやったらどうだよ。我慢のし過ぎはかえって効率を悪くするぜ」
「だからって、つくしに触んないで。…代わって」
総二郎はスピーカーフォンをオフにし、つくしに機器を差し出す。
「そら、話して来いよ」
「…あ、ありがとうございます…」
つくしはリビングに二人を残し、自室へと移動した。


「類?」
そっと呼び掛けた電話の向こう側は、まだ異国の地だ。彼のとの間にある隔てられた距離と時間を思うとつらかった。
「久しぶり。…総二郎と大河原にはあとできつく言っとくから、ごめんね」
数ヶ月ぶりの類の声に、思わず涙ぐむ。
彼に逢いたい気持ちが急激に膨らんで、息苦しく感じられるほどだ。

「うぅん。怒らないでいいから。…元気にしてる?」
「つくしがいないから元気なんて出ないよ」
「…うん。…私もそうだよ」
その素直な反応に、類が小さく笑う。
「総二郎から聞いたと思うけど帰国の時期は近い。あと少しだけ待ってて」
「うん…」
「もっと話していたいけど、これから出勤なんだ。近いうちにこっちから連絡する」
「分かった。…頑張ってね」

さよならの代わりに、そっと愛の言葉が囁かれた。
類の声は耳の奥で甘く響いて、つくしの心を優しく揺らす。
つくしもなぞるように同じ言葉を返して想いを伝え、類との短い通話を終えた。
リビングに戻ればニヤついた顔の二人が報告を待っていて、つくしは赤面するのを抑えることができなかった。


それからは週末になると、類から連絡が入るようになった。
帰国の時期に目途がつき、彼にも心の余裕が出てきたからなのだろう。
すでに一緒に過ごした期間よりも、離れている期間の方がずっと長くなっていたが、二人は互いを気遣い、励まし合い、確かな愛情を育み続けた。






いつも拍手をありがとうございます。
再会の時近し、です。
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2 Comments

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2019/05/27 (Mon) 23:46 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*´ω`*)

類と離れている間のつくしの数ヶ月を追いました。オリキャラ達にも再登場してもらい、つくしがいかに豊かな人間関係の中にあり、皆に支えられながら類の帰りを待っているのかを描きました。
総二郎は類sideでは登場していましたが、つくしとの直接のやりとりは今作で初でした。総二郎と滋のタッグというのも珍しいのではないかと思います。楽しく書けました。

さぁ、いよいよ二人の再会です。お楽しみに(*^^)v

2019/05/28 (Tue) 00:57 | REPLY |   

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