FC2ブログ

109.和解

Category『Distance from you』 本編
 4
―熱い…。

息苦しさを感じて目を覚ますと、全身が燃えるように熱かった。頭痛もひどい。
ベッドサイドに誰かの気配を感じた。それがつくしでないことはシルエットですぐ分かった。声を出そうとして掠れ声になる。
「…大丈夫? 先生じゃなくてごめんなさいね」
傍についていてくれたのはミチ子だった。
窓の外はもう日暮れていて、あれからずいぶん時間が経ったことが分かる。

「…今、何時ですか?」
類が問うと、
「午後7時半よ。先生はまだ診療中だから、代わりに様子を見に来たの。…あれからずっと眠っていたみたいね」
応えたミチ子の声は、労りに満ちて優しく響く。
「氷枕がもう温んでいるでしょう。…ちょっといいかしら」
類の後頭部の下に差し入れられた氷枕を引き出し、ミチ子は中身を入れ替えるために立ち上がった。

「飲み物はそこに。着替えも買ってきてあるから、動けるなら着替えるといいわ」
「…はい。ありがとうございます」
類はサイドテーブルに置かれたペットボトルを手に取り、中の水を半分まで一気に飲んだ。まだ汗はかいておらず、熱は体内に籠っている。
スーツの上着は脱がされ、シャツは緩められていた。類はのろのろと身を起こし、畳んで置かれていた真新しいスウェットの上下に着替えた。


類がつくしと再会したのは午後1時過ぎのことだった。
ミチ子に声をかけられてつくしが泣き止むのを待ち、二人で2階に上がった。
心配顔の彼女に促されて、ベッドに横になったところまでは覚えている。
見慣れぬ天井を見上げれば、視界はぐるりと回った。
一度目を閉じると、もう起き上がれないほどの倦怠感に包まれ、つくしの声が次第に遠のいていった…。


最後に熱を出したのはいつのことだったろう。
もう思い出せないくらい前のことだ。
どんな不摂生をしても、これまで発熱とは無縁だったのに。
やっと彼女の元に戻ってこられたという安堵感から気が緩み、ため込んできた疲れが一気に出てしまったようだ。



やがてミチ子が戻ってきて、氷枕を頭の下に差し入れてくれた。
「何か食べられそう?」
彼女の問いかけに、類は無言で首を振る。
空腹はまったく感じなかった。
検温をすれば、体温計は39.2度を示している。
はぁ、と吐き出した息が、自分でも自覚できるほど熱かった。



「…さっきの先生、本当に可愛かったわね」
ミチ子がぽつりと洩らす。
「私達が傍にいることも忘れて声を上げて、花沢さんにしがみついて泣いて…」
「…はい。とても嬉しかったです」
類は微笑む。
腕の中で泣きじゃくる彼女の姿が心に焼き付いている。
「あれが本来の姿だったの…。喜怒哀楽がはっきりして、溌溂として…。そうした先生をもう一度見ることができて、心から嬉しく思います」
そうして、ミチ子は類に向けて深々と頭を下げた。


「親でもない私が言うことではないけれど、先生のことをよろしくお願いします。私にとっては娘同然の存在で、ずっと大事に想ってきたの。……もう二度と、大学の時のようなつらい思いはさせたくなくて、私、何度も花沢さんとの交際に反対してきたわ。…そのことによって、先生を悩ませもしたと思う」

類は真摯に聞き入る。ミチ子の親心にも似たつくしへの愛情については、正しく理解しているつもりだった。

「二人にとって、私の発言が余計なお世話だったことは、重々承知しているの。だから、謝らせてください。…あなた達の想いを純粋に応援してあげることができなくて、本当にごめんなさい」



「…どうして、それを謝罪するんですか? つくしのためを思っての発言だったんですよね?」
類の言葉に、彼女はゆっくり顔を上げる。
「つくしは、俺のことをまだご両親に話していないそうです。反対されると思ったからだと。…つまり、親代わりのミチ子さんの反応は、まさしく、つくしのご両親の反応だったと思います」
「…花沢さん」
ミチ子の呟きに、類はわずかに笑んで見せる。


「俺のような、複雑な家庭事情を抱えた男を受け入れてもらうことが、どれほど難しいことかは分かっているつもりです。…互いを好きだと思う気持ちだけで、すべてを補えるわけじゃない。ましてや、その事情のために、つくし本人が危険な目に遭ってしまったなら、尚更です。……ご心配をおかけしてきたこと、本当に申し訳なく思います」
徐々に呼吸が浅くなる。
類の苦しそうな喘鳴に、ミチ子が気遣う表情になる。
「…それでも、どうしても…諦めきれなかったんです。…俺は、彼女しか…」


―彼女しか、愛せないから。


「…先生もそうよ。あなたの帰りを信じて、ずっと待っていた。…でも、私達の前ではいつも気丈に振舞っていた…」
類に微笑が浮かぶ。
「体がつらいときに、こんな話をしてごめんなさい。…謝罪したかったのも、こっちの手前勝手な都合よね」
「…いえ。これからも、つくしを支えてくださると嬉しいです」
類の言葉を、ミチ子は微笑みながら訂正した。
「これからは二人を支えるわ。…それが、先代の伊佐夫院長に託された願いを叶えることだと思うから」






いつも拍手をありがとうございます。
ミチ子もまた、つくしと同様に、類を特別視しない一人でした。
類は、彼女の否定的な態度を、当然の評価だと受け止めてきました。
今回の謝罪は、ミチ子なりの筋の通し方だとご解釈いただければ嬉しいです。
関連記事
スポンサーサイト



4 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/05/29 (Wed) 22:55 | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/05/29 (Wed) 23:57 | REPLY |   
nainai

nainai  

ル様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')

類はつくしには自分の弱い部分をさらけ出せるんですよね。この半年間、気を張りつめて、無理に無理を重ねて仕事をしてきたでしょうし…。ル様が書いてくださったように『類の人間らしさ』を全面的に出したくて、あのような再会シーンになりました。
ミチ子と類の和解は、初期の頃、彼女に対立姿勢を取らせた時から決めていて、“あぁ、やっとここまで書けたなぁ”と感慨深いです。

未回収の伏線もいくつかあります。残っている課題も解決しつつ、ハッピーエンドまで繋げますので、どうぞ最後までお楽しみください。

2019/05/30 (Thu) 00:59 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^-^*)

ミチ子は、つくしが変わっていってしまう過程をつぶさに見てきた人でした。ただ大学時代の恋人が志摩だったことは知りません。知っていたら、彼女のことだから伊佐夫のようには黙っていなかったでしょう。

ミチ子は、類のつくしを想う気持ちと自分の非を認めました。過去の発言をなかったことにして、二人を祝福することはできなかったんですね。そうした部分にも彼女の潔さが表れていて、個人的に好きでした。

2019/05/30 (Thu) 01:16 | REPLY |   

Post a comment