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110.看病

Category『Distance from you』 本編
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顔に触れる柔らかな感触に、類は意識をゆっくりと浮上させた。
サイドテーブルに置かれたライトだけが淡く灯って、室内は暗い。

「…ごめん。起こしちゃった?」
すぐ傍から密やかな声がした。ベッドサイドにはつくしがいて、その手の中にタオルが握られている。
「汗、凄かったから…」
「…今、…何時?」
「午前2時。…水分摂った方がいいよ。体起こせる?」
こくりと頷くと、つくしは類が体を起こすのを手助けしてくれた。差し出されたのは常温の経口補水液。多量の発汗のせいか、喉がカラカラに渇いていて、薄いスポーツドリンクのような味のそれを、喉を鳴らして飲んだ。


「さっき検温したら37.3度まで下がってた」
「うん…。夕方より体が軽くなった気がする」
首元に手をやると、伝い流れる汗が指に触れた。
「着替えた方がいいと思う。冷えたらいけないから」
温かな濡れタオルで手早く上半身を清拭してもらい、幾分かスッキリして新しい着替えに袖を通す。着替えの間に、つくしはベッドシーツと枕カバーを替えた。

「ずっと起きてたの?」
類がつくしを気遣う。彼女の顔には疲労の色が濃かった。
「…うん。預かっている子の容態が安定しなくてね。もしかしたらこの後にブザーが鳴るかも。驚かせたらごめんね」
「全然構わない。…それより早く寝た方がいいよ」
類がそう言えば、つくしは少し躊躇いながらこう問うた。
「…類の隣で寝ていい?」


嬉しい申し出ではあったが、類にも躊躇はあった。
「うつるといけないから…」
「…傍にいたいの。やっぱりまだ夢みたいで。…朝起きたら、類がいなくなってるんじゃないかって」
言うが早いか、つくしは類の隣に滑り込んできた。
片腕が類の腰に回り、その背に後ろからしがみつく。
「…もう、どこにも行かないで…」
小さな声が不安に揺れていた。

類は、つくしを安心させるように、腰に巻き付いた彼女の腕をポンポンと叩く。
「どこにも行かない。これからはずっと一緒だから」
「…うん…」
「俺、すぐによくなるから。そしたら、千葉のご両親の所にご挨拶に行こう?」
「…………」
「つくし?」
「…………」


すぅっという穏やかな寝息が背後から聞こえた。
体力的に限界だったのだろう。
時刻は午前2時半を回っているから無理もない。
数秒で寝入ってしまっても腕の力は緩んでいなくて、そんなところにも彼女の情愛を感じ取って胸が温かくなった。


…帰ってきた。
ようやくここに帰ってこれたんだと思った。


つくしの小さな手に手を重ねて、自分の不調が彼女にはうつることがないようにと願いながら、類は静かに瞳を閉じた。
ほどなく眠りは訪れた。




翌日、枕元で何ごとかをぼそぼそと話す男女の声で目を覚ました。
体が燃えるように熱い。また熱が上がってきたのだと分かる。
類が目を開けるより前に、誰かが近くに屈みこんでくる気配がした。
「…類? 俺が分かるか?」

その声の持ち主が誰なのか、一瞬解りかねた。
―だが。

「…祥兄?」
「久しぶり。いろいろ大変だったな」
涼し気な顔立ちの彼と直接話すのは、実に数年ぶりのことだった。

彼の名は西門祥一郎。
総二郎の兄で、家業を継がずに医師を志した人だった。年が離れていることもあり、直接のやり取りはほとんどなかった。
「総二郎に呼ばれたんだ。お前を診てやってほしいって」
「私が西門さんに相談したの。類を病院に連れていくべきか迷って…」
祥一郎の後ろからつくしが言葉を添える。類は頷いた。


時刻は午後2時に近かった。夜中につくしと話してから半日近く、昏々と眠っていたことになる。寝ている間に熱は再び上がり始め、今は40℃近くあるらしい。
つくしはさぞ気を揉んだことだろう。

「胸の音を聞く限り、肺には問題なさそうだ。痩せて体力が落ちてるんだろう」
念のため詳しい検査をするからとスピッツに採血され、次いで反対側の腕に点滴の針を刺される。抗生剤と栄養剤を入れるとの言葉に、つくしが頷いた。
夜にもう一度様子を見に来ると言い置き、祥一郎は帰っていった。
それまでに採血検査の結果を出してくれるらしい。


「…ごめん。心配かけて」
横たわったまま類が謝ると、つくしは点滴を繋いでいない方の類の手を、両手で包み込んで微笑んだ。
「これまでの疲れが出たんだと思う。ゆっくり休んで、体調を取り戻そう?」
「うん。……でも、つらいな」
類の呟きに、つくしの表情が心配そうに揺れる。
「大丈夫? どこか痛い?」
「…心が」
「え? 心?」

「つくしを抱きたいのに、体が言うことを聞かない。…まさか、ここにきて据え膳なんてさ」
つくしの瞳が大きく丸くなるのを、類は面白そうに見つめていた。
「…気持ちだけは、元気ね…」
つくしの声のトーンが落ちる。
「引いてる?」
「…ちょっとね」

過去にも似たようなやり取りをした、とクスクス笑い合っていると、つくしがすっと顔を近づけて、類の額にキスを落とした。
唇に触れた額が熱い。元気そうに見せてはいても、彼の病状は重い。


「おまじない。早く良くなるように」
「…うん」
「また様子を見に来るね。ずっと傍にいてあげたいけど、これから診察があるから…」
「俺のことはいいよ。また眠くなってきたし」
つくしは優しく笑むと、類に綿毛布を掛け直して立ち上がった。






いつも拍手をありがとうございます。
祥一郎を書いてみたいな~と常々思っていました。初登場です。

本日、エピローグまでの予約投稿が終了しました。
最終話まで毎日更新します!
何話まであるかは内緒にしておきますね。ラストまでお楽しみください。
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4 Comments

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2019/05/30 (Thu) 23:46 | REPLY |   

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2019/05/31 (Fri) 00:44 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

おはようございます。コメントありがとうございます(*´ω`*)

会いたくて会いたくてたまらなかった二人の心に、ちょっとブレーキをかける形となった類の不調。それでも一緒にいられることの幸せをゆっくりと噛み締めています。実感もじわじわ湧いてきますよね。

これからのお話では、二人の新しい生活を描いていきます。どの伏線が未回収なのか、予想しながら待っていてくださいね。最後までお付き合いのほどを。

2019/05/31 (Fri) 06:22 | REPLY |   
nainai

nainai  

ま様

おはようございます。コメントありがとうございます(*^-^*)

類は限界まで頑張って帰ってきました。自分のできることはやり尽くしての辞任。これからも会社への貢献は続けますが、もう二度と、つくしの元を離れる気はないと思います。しばしの療養期間が必要ですが、重病ではありませんのでそこはご安心を。

やっと最終話まで予約投稿が済んだのでホッとしています。未回収の伏線がいくつか残っているので、それらをうまく纏めてのエンド……となるはずです。最後までお楽しみくださいませ。

2019/05/31 (Fri) 06:27 | REPLY |   

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