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111.復調

Category『Distance from you』 本編
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「過労と栄養失調かな。仕事ではかなり無理をしていたという話だし。でも重篤な感染症の兆候はないみたいだ」

午後9時半頃、祥一郎が再び往診に訪れた際も、類は眠っていた。
今日は終日熱が高く、類は昨日から食事をスキップしたままだ。
祥一郎は採血検査の結果をつくしに説明した後で、点滴を替えてくれる。
「明日の朝も出勤前に寄るから。少し早い時刻になるけどいいかな?」
「はい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

深々と頭を下げるつくしに、祥一郎は微笑む。あまり似ていない兄弟だと思っていたが、笑顔になると総二郎と似通った部分もあることに気付く。
自宅を出るときに連絡すると言い置いて、祥一郎は慌ただしく帰っていった。医師が忙しい身の上であることは、つくしにはよく分かっている。



一昨日から預かっていた老齢の猫は、手厚い治療の甲斐なく体調を持ち直せなかった。臨終に立ち会わせるため飼い主の家族に連絡すると、彼らもある程度はその結末を覚悟していたのか、大きく取り乱すこともなく愛猫を引き取り、自宅へと連れ帰った。最期の瞬間は家族だけで迎えたいのだろう。
力及ばず申し訳ないと頭を下げたつくしに、飼い主達はこれまで本当に世話になったと礼を述べた。
こうして、また、ひとつの別れがあった。



―疲れたな…。

祥一郎を見送った後、つくしは手短にシャワーを済ませた。
キッチンで麦茶をグラスに注ぎ入れ、グイッと飲み干す。長めのため息を吐き出すと軽い眩暈を感じた。椅子に座り、寝不足からくる視界の歪みを、こめかみを揉んで和らげようとする。
看病に次ぐ看病で、疲労はピークに達していた。だが、まだやるべき仕事が残っていた。数分だけのつもりでテーブルに突っ伏すと、蓄積した疲労が意識を侵食し始め、つくしはそのまま眠ってしまった。



誰かが耳元で何か言っている。
それが分かるのに、体が動かせない。
片腕を引き上げられる。
続けて、体がふわっと浮き上がる感覚がした。

―えっ?

密着する腕に、頬に、自分よりも高い体熱を感じた。無理やり意識を浮上させると、ベッドから起き出した類が自分を横抱きにしているのが分かった。
類、と彼に呼び掛けたつもりだが、はっきりとした音にならない。
「…気づいた? でも大人しくして。今動かれるとヤバイ」
つくしは、類の腕の中で小さく頷いた。


類はつくしを抱き上げたままベッドまで運ぶと、そっと横たえた。
点滴バックをホルダーに掛け直して、自身もベッドに横たわる。つくしを抱き込み、その髪を撫で梳いて類は言った。
「今日はもう休みな」
「…うん…」
意識は奥へ奥へと急速に引っ張られる。
つくしは仄かに笑むと、すぅっと眠りに落ちていった。



その疲れきった寝顔を見つめながら、類は思う。
抱き上げた体が驚くほど軽かった。
寝間着から覗く首元も腕も、こんなに華奢だっただろうか。
そっと頬に触れても身動ぎ一つしないつくしの、その胸中を思いやる。
振り返ってみれば、彼女には自身の苦悩を隠そうとする嫌いがあった。類に明かさないだけで、つくしには、この2日間で様々な想いが去来していたに違いない。

早く体調を取り戻し、彼女の不安を払拭してあげたい。
もう離れることはないのだと絆を確かなものにし、安心させてあげたい。

類は、サイドテーブルに置かれた栄養補給のゼリーを手に取ると、パッケージを握り潰しながらそれを飲んだ。空っぽの胃にはやや負担だったが、回復のためにはまず食べることをなんとかしなければ、と思った。



翌朝、類が目覚めたときには、もうつくしは腕の中にいなかった。
隣室から、彼女の鼻唄が微かに聞こえてくる。
冷蔵庫の開閉音、コトコトと鍋が煮える音、皿の触れ合う音…。
こうしたいろいろな生活音が、これからは自分の日常となるのだと思うと、類は嬉しくて仕方ない。
ふと足音が向きを変え、こちらに近づいてくるのが分かった。

「おはよう」
類の挨拶に、つくしは微笑んだ。
「おはよう。昨日より顔色がいいみたい。気分どう?」
「…ん。良くなってきた」
つくしはベッドサイドに腰かけると、類の額に触れて体温を確かめた。
点滴が効いてきたのか、熱はほとんど下がっていた。祥一郎からは、午前7時半にここに立ち寄る旨の連絡が入ったので、そろそろ来訪する頃だろう。


「昨日はごめんなさい。うっかり眠っちゃって…。私、重かったでしょう」
「全然? むしろ、こんなに軽いのかって驚いたくらい。…俺達二人とも、もう少し太った方がいいと思う」
そうかもね、とつくしは応じる。
「卵粥作ったけど、食べられる?」
「食べる。やっと空腹を感じるようになってきた」
良かった、と呟いた彼女に笑んで、類も身を起こす。
「祥一郎先生がそろそろ来る頃なの」
「分かった」


祥一郎は約束の時刻に少し遅れて来訪すると、テキパキと類の診察を行った。
「点滴はもういいだろう。飲み薬を出しておくからこれを最後まで飲んで。後はとにかく栄養のあるものをしっかり摂って、体力を戻せば大丈夫だ」
「…分かった」
「また何かあったらいつでも呼べ。俺の連絡先は牧野さんに伝えてあるから」
「ありがとう、祥兄」
点滴を抜去し、内服薬を準備すると、祥一郎は立ち上がった。


見送りの際、往診代を、と言い出したつくしに、彼は首を振った。
「そうした一切は総二郎とやり取りが済んでるから」
「でも…」
「今度会ったときに、美味しいお茶でも御馳走してください」
「分かりました。ありがとうございます」
つくしが恐縮したように頭を下げると、祥一郎は、類をよろしく、と言い置いて裏口から出ていった。






いつも拍手をありがとうございます。
類の不調は過労と栄養失調からくるものでした。じきに良くなります(*'ω'*)
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