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112.報告

Category『Distance from you』 本編
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「ここ?」
「うん。海が一望できるあの一角」
つくしは類の手を引き、墓所の通路を歩く。
夏の陽は高く、刺すような日差しを上空から降り注いでいる。供花をつくしが、水の入った桶と柄杓を類が持ち、二人は目的の場所に辿り着いた。

斐川家之墓と刻まれた墓石。そして、隣に並ぶ慰霊碑。
祖父・伊佐夫と、愛犬・カイの眠る場所だった。

「見晴らしがいいね」
海を望む高台の上に墓所はあり、白く輝く水平線が一望できた。
類が目を眇めながらそう言うと、つくしが応えた。
「もとはこのお寺の檀家じゃなかったんだけど、慰霊碑を建てるにあたって、祖父が場所を選び直したらしいの。景色がいいからって」
慰霊碑には、これまで伊佐夫と敏子達が育ててきた歴代のペット達が眠る。
自分の亡き後も、慰霊碑だけは守ってほしいと伊佐夫は常々言っていた。急逝により遺言は残せなかった彼の、唯一の遺志だったと言える。


墓石に水をかけ、花を供えた後に線香を焚くと、二人は手を合わせた。
つくしの左薬指には、類から贈られたリングが光っている。
「おじいちゃん、今日は報告があって参りました」
つくしが静かに語りかける。
「私達、結婚します。これから区役所に行って届けを出します」
類もそれに倣う。
「いろいろありましたが、今日という日を迎えることができました。これからも温かく見守ってくださればと思います」



その少し前まで、二人は牧野家を訪れていた。
つくしは前日に訪問の約束を取り付けるまで、類の存在を明かしてこなかった。
紹介したい人がいる、と告げたときの千恵子の反応たるや、凄まじいものがあった。電話の向こうで大騒ぎする両親に訪問時刻だけ大声で伝えると、つくしは詳細を一切述べずに電話を切った。

つくしが類を伴って実家に帰ると、晴男と千恵子が緊張の面持ちで、敏子はにこやかな笑顔で出迎えてくれた。
両親の表情が変わったのは、類が自分の素性を明かしたときだった。
時事ニュースに疎い両親でも、花沢物産のお家騒動くらいは知っていたらしい。
「…え? …あの花沢物産の?」
不安気に顔を見合わせる両親に、つくしは強気に告げた。


「先に言っておくね。…私、パパとママが反対しても、彼と結婚します。今日は許しをもらいに来たわけじゃなくて、報告のつもりでいるから」


隣に座る類でさえ、彼女のその発言に驚きを隠せなかった。
それでも、つくしは語調を変えない。
「まずは、最後まで私と彼の話を聞いてもらえる? その上で質問を受けるから」
つくしは両親の性格を熟知している。
「…おばあちゃんも」
一貫して表情を崩さない敏子に、つくしが縋るような目線を送ると、彼女はつくしの意図を察してか無言で頷いた。



それから、類とつくしは、自分達の出会いから今日に至るまでの主要な出来事を、順を追って簡潔に説明した。
最終的に類が実父と決別し、絶縁状態にあることを聞くと、両親の表情は曇った。両家が諸手を上げての婚姻ではないことが明らかだったからだ。
つくしは言った。


「私はパパやママだけじゃなく、おじいちゃんやおばあちゃんやミチ子さんにも見守られて、たくさんの愛情を注がれて育ったと思う。そのことには深く感謝してるよ。今まで、本当にありがとう。

…でも類は、複雑な事情があって、家庭の温かさを知らずに育ったの。私は類に家族を作ってあげたい。私の感じてきた幸せを、彼にも共有してほしいと思ってる。

世間的に言われていることのほとんどは、類の本質とはかけ離れた情報だと思う。…そうした雑音に耳を傾けないで。自分の目で見たものを信じて。時間をかけて向き合えば、彼がどんな人なのか、ちゃんと解ってもらえると思うから…」


―だから、上辺の情報だけで、類を拒絶しないで。
つくしの声音には、そうした嘆願が込められていた。


ふぅーっと長いため息が吐かれた。千恵子のものだった。
「…17歳の時と一緒ね。あんたのその理詰めの言い方」
「そうだねぇ。変わってないねぇ」
晴男ものんびりと同調する。
「獣医師になりたい、どんなに反対されても信念は曲げないって宣言したときとね。あのときもこんなふうに一気に捲し立てて、私達の意見なんか聞く耳を持たないって感じだった」
千恵子の声が、過去を懐かしむように柔らかくなる。
「反対しても一緒になる気でいるなら、反対意見を述べようもないじゃない」
「ママ…」
千恵子と目線が合い、つくしの瞳の奥が揺れる。


「一つだけ確認していいかしら? 今月末に退職することになるなら、花沢さんは無職になるの?」
「いえ、仕事は継続します。ですが体裁としては無所属になります。…自営業と言った方が正しいのかもしれません。コンサルティング料としての収入はありますので」
「男だからって、必ず収入がないといけないと言ってるんじゃないのよ? でも、例えばつくしに子供ができて、獣医の仕事を休むことになったら、つくしと子供を養っていける?」
「華美な暮らしを望むのでなければ問題ないかと。これまでの貯蓄もあります」
千恵子は頷く。


「…身内の恥を晒すようだけど、主人は若い頃リストラにあってね。再就職がなかなか決まらなくて、私の実家に借金をお願いすることもあって。更にはその借りたお金さえ、競馬でスッちゃってねぇ…」
「…マ、ママッ、その話はちょっと…」
晴男は突然始まった昔話にアタフタとし始める。
「とても東京の生活水準では暮らしていけなくて千葉に引っ越したの。お金の面では、一時期は子供達に非常にシビアな暮らしをさせたし、やっぱりそこだけはちゃんと確認しておきたいのよね」
千恵子の意図を知り、類は頷く。


「こーんな甲斐性のないパパだけど、離婚しなかったのはやっぱり愛情があったから。……だから、いい歳をした二人がちゃんと考えた上で結婚を決めて、支え合って生きていくって言うなら、私達に文句なんて言えないわよ。…ね、パパ?」
「そうだねぇ。つくしが幸せなら、パパはそれでいいよ」
「お母さんもそれでいいわよね?」
千恵子が母の敏子にも確認するように問うと、敏子はにっこりと笑む。
「むしろ、お前を諭す手間がいらなくて助かったよ。仲立ちは面倒だったからね」
と、実にあっさりした回答が返って、その場の皆を唖然とさせた―。




「またお参りに来るね」
二人は報告を終え、再び手を繋いで歩き始める。
2週間後の9月8日には、類の実母・花沢栞の墓前参りが控えている。

桶と柄杓を寺院に返却し、駐車場に戻る道すがら、おもむろに類が口を開いた。
「俺さ、カイに応援してもらったんだ」
「応援?」
「つくしに告白する直前、カイに俺の意気込みを伝えたらワフッて返事された。すごく励まされた気がした。…あのとき、カイにはこの未来が見えていたんじゃないかな」

つくしは背後を振り返る。
その手に引き留められ、類も立ち止まる。

―カイ。

今は遠くに見える慰霊碑が、涙でわずかに滲んで見えた。
カイに、そのような不可思議な力が備わっていたとは思わない。
だが、そうであったら、という気持ちが無性に高まり、つくしは言った。
「そうだね。…そうだったのかもしれないね」






いつも拍手をありがとうございます。
類とカイのやりとりは、第16話『近づきたい』より。

この時点で8月末。
栞の命日である9月8日は、類とつくしが出会った日でした。
二人は後日、栞の墓前参りにも行ったものと思われます。

第52話『二度目のドライブ』で、いつか墓前参りを、と言ったつくしに、そのときは母にいい報告ができたら、と類は話します。晴れて有言実行と相成りました。
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2 Comments

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2019/06/02 (Sun) 09:06 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
今日は出かけていて、返信が遅くなりました~(;^ω^)

まだ片恋だった頃、類はしばしば「いつか~できたらいい」という未来観測を口にしていました。その場では素直に頷けなかったつくしでしたが、実際にはその内容を心に留め置いていました。類とともに一つずつ実現させながら前に進んでいきます。

類が述べた未来観測はまだあります。最後までお楽しみくださいませ。

2019/06/02 (Sun) 21:53 | REPLY |   

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