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113.幸せな日々

Category『Distance from you』 本編
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「先生? 最近、また例のイケメンとデートするようになったの?」
猫のミミの診察を終え、最後の挨拶をしようとした瞬間、飼い主の女性からそのような質問を繰り出されてつくしは驚いた。
彼女には、以前にも類との関係性を問われていたことを思い出す。
当時、類の立ち位置は“散歩友達”だった。

「あんなに仲が良さそうなのに、やっぱり友達なの?」
彼女の住まいはここから近い。きっと散歩コースの沿線に家があるのだろう。
つくしはわずかに頬を染めてうつむき、小さな声でこう答えた。
「あの、実は……先月、彼と入籍したんです…」
「あらやだ!! まぁっ、本当に!?」
一気に大きくなる声に、つくしはますます頬を赤くした。
「先生おめでとう! いい話が聞けてよかったわぁ~」
「…ありがとうございます…」

次来るときには結婚祝いを持参する、と息巻く彼女を半笑いで見送ると、傍らに立つ由紀乃がクスクスと笑い出した。
「先生、どうしてそんなに照れるんです? 前みたいにクールに返事してくださいよ」
つくしは上目遣いで由紀乃を見た。その頬はまだ赤いままだ。
「…勝手に反応するんです。自分でもどうにもできなくて…」
熱を冷ますかのように、両手でパタパタと自分の顔を扇ぐようにする様が、どうにも可愛らしかった。


由紀乃はカルテを記入するつくしの背を見つめながら、次の患者を受け入れるため、診察台を綺麗に拭き上げる。
つくしの表情は、以前に比べてずっと豊かになった。クールな女医の顔は彼女の仮面だったのだと、今更ながらに気付かされる。
時折見せる笑顔には明るさと華やぎが加わった。入籍し、類と一緒に暮らすようになって、つくしは本当に幸せそうだ。
由紀乃には、それが自分のことのように嬉しかった。

「次の患者さんをお呼びしますね」
タイミングを見計らい、由紀乃は次の患者を診察室に呼び入れた。



「…いい匂い。今日は何を作ったの?」
午後の診療を終えて2階に上がると、食欲をそそるような出汁の匂いが充満していた。キッチンに立つ類に声をかけると、彼は振り返ってつくしに微笑んだ。
「今日は自信作。肉じゃが作ってみた。もう味噌汁もできてるよ」
「楽しみ! お皿に取り分けるね」
二人は分担して夕食の膳を整える。つくしが昼休みの間に仕込んでおいた白身魚のマリネと、今しがた類が作った料理とが並んでいく。
キッチンにおける互いの動線を理解した今では、食事の準備が手早くなった。

「「いただきます」」

両手を合わせて今日一日に感謝し、食事を始める。
つくしが最初に肉じゃがの小皿を持ち上げるのを、類はじっと見ていた。
「どう? 味、染みてる?」
むぐむぐと口を動かして、つくしが微笑む。
「美味しい! 味付けは私より上手かも…」
「まだ及ばないよ」
類の謙遜に、つくしは首を振る。
「類は味覚がしっかりしているから、私より料理上手になる可能性は十分にあると思うよ」
「…恐悦至極に存じます」


一緒に暮らすようになって、類が最初に興味を示したのは料理だった。
夜遅くまで働くつくしの一助になればと考えたらしい。
初心者用の料理本を一緒に選んで購入し、最初の1ページから順にマスターするという実直なやり方を彼は好んだ。それこそ包丁の使い方からのスタートになったが、元来物覚えが良く、手先も器用な類はあっという間にその腕を上げた。


「今日はどんな仕事をしてたの?」
つくしが問うと、類は箸を止めて難しい顔をする。
「他社と競合する事業のプレゼンについて耀から意見を求められたから、問題点をレポートに纏めてた。できるだけ早く返信しないと、あいつ、矢の催促をするからさ」
「頼られてるってことだよね?」
「俺をいいように使ってるとも言えるけどね?」
二人は微笑み合う。


いずれにしても耀には、フランス滞在中により高度な交渉術を身につけてもらわなければいけない。類はもはや業務遂行に携わることはできないが、自分の培ってきたノウハウを耀に伝授することならできる。
総二郎の社外取締役就任は、予め有期のものとして取り決めがなされている。彼が家元を襲名する時期が近付けば、本業とは別の業務に時間を割くことは不可能だからだ。その時が来たら、類自身も花沢から真に退くつもりでいる。
それまでに耀を育成すること、それが今の命題だった。


夕食を終えるとつくしが洗い物を担当し、類は依頼された仕事の続きをするため、ダイニングテーブルの上でパソコンを起動した。最新型のそれは類の自前だ。
類は、一人暮らしをしていたマンションを9月上旬に引き払っている。こちらに持ち込んだ荷物の少なさにつくしは驚いた。聞けば家財道具はほとんどを後に入居する者に譲り、私物の多くは処分してきたという。

逆に彼がどうしても持ってきたいと申し出たものもあった。
それがベッドだった。

「場所はとるけど、仕様の違いに感動すると思うよ」
贅沢を好むでもない彼だったが、寝具だけは最高級の物を求めたという。
類の主張することをつくしが実感したのは、そのベッドが運び込まれ、身を横たえたときだった。
「…すごい。全然違う。なにこれ…」
体の曲線に寸分の違いなくフィットするマットレスの感触に、つくしは驚く。
「だろ? 疲れが癒されるよ」
それに軋まないしね、という含みのある一言に、つくしは顔を赤くした。



「…まだ、仕事するの?」
洗い物を終えたつくしは、黙々とレポートを纏める類に近づき、後ろからそっと腕を回した。甘えるときに見せる彼女の仕草だった。
類からはもうあのフレグランスは香らない。その香料の小瓶でさえも、彼は過去を断ち切るかのごとく棄ててきてしまった。

つくしの腕をポンポンとたたき、類は微笑む。
「もう終わるよ。……送信、と」
耀へのメール送信を終え、類はパソコンを閉じた。
「お待たせ。お風呂に行こうか」
うん、と小さく頷く声がした。






いつも拍手をありがとうございます。
冒頭、猫のミミの飼い主は第10話『ミチ子の記憶』に出てきました。

次回はパス付き記事です。
苦手な方は読み飛ばしていただいても、次話に繋がります。
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2 Comments

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2019/06/03 (Mon) 00:29 | REPLY |   
nainai

nainai  

ミ様

おはようございます。コメントありがとうございます(*ノωノ)

二人の新婚生活がスタートしました。やっとここまで…と感慨深いです。
初心者であるからこそ、レシピ通りに料理を作るのはつくしより類の方が得意な気がしました。味覚もしっかりしていそうですし。類の料理、食べてみたいですよね! 今作の類はつくし中心に世界が回っていますので、これからのお話でもレアな一面を見せてくれると思います。

次のお話は自分なりに課題を掲げて臨みました。第86話『夜を越える』との違いを読み取っていただければ嬉しいなぁと思います。

2019/06/03 (Mon) 06:32 | REPLY |   

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