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115.胸騒ぎ

Category『Distance from you』 本編
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長きに亘って、つくしの警護を担当してきた本永、福重との契約は、9月末日をもって終了することになった。

「本永さん、福重さん、長い間お世話になりました」
挨拶のために病院に姿を見せた二人に、つくしがまず深々と頭を下げた。
「お二人のご協力があったからこそ、いろいろな困難を乗り越えることができました。本当にありがとうございました」
「ご尽力に深く感謝します」
類もそう述べ、頭を下げる。
傍にいたミチ子と由紀乃もそれに倣った。

「礼には及びません。至らない点も多々あったかと存じます」
「皆様の一助となれたのであれば嬉しく思います。ご夫妻にあっては、どうぞ末永くお幸せに」
二人は、そう言って朗らかな笑顔を見せる。
「…もう先生と散歩をご一緒できないのが残念です。職務中ではありましたが、とても豊かで、有意義な時間でした」
続いた福重の言葉に、つくしは瞳を潤ませた。


明日からはまた、それぞれ別の任地へ赴くという二人。
陰ながら要人を守るという特殊な任務を遂行する彼らには、おそらくもう出会うことはないのだろう。

つくしが差し出した手を福重が握り返した。続けて本永とも握手を交わす。
こうして、また、一つの別れがあった。





「本永さん、私、一つだけ気になっていることがあります」
本社へと戻る車中で、福重がポツリと漏らす。
「…どうした?」
「この数ヶ月の動向を見て、先生の周囲から脅威は去ったものと皆で判断しました。花沢様も戻られ、すべては解決できたものと…。ですが、例の一件だけは未解決のままです」

福重が指すのは、1月初旬、ひかわ動物病院のホームページに書き込まれた悪意あるメッセージのことだ。『偽善者』の一言でつくしを中傷するものだった。

ハンドルを切り返しながら、本永も同意する。
「よく覚えてたな。情報が少なすぎて、サイバー部にも追跡できなかったヤツだろう」
「もうどなたもそのことを持ち出しませんでしたし、中傷行為自体は初めてではないと先生も仰ったので、その後の追及はされないままでした。私も、備忘録として残している手帳を見返して、昨晩やっと思い出したくらいです」
「だから会議でも話題に挙げなかったのか」
「はい」
「関係者以外の嫌がらせだった可能性はある」
「はい。単なる愉快犯だったと。…しかし、タイミングが気になります」
「まぁな」


「あのとき、先生を中傷することで満足を得た人間は、誰だったと思いますか?」
福重の問いに、本永は考え込む。
「尾行や脅迫、先生の元恋人への介入…。それらは先生と花沢様を引き離すことが目的でした。ホームページ上の中傷も脅迫の一環だった可能性はあります。ですが、花沢側が行うにはインパクトの弱い攻撃だった気がして。…あれは、私達が把握できていない第三者による、先生を傷つけることを目的とする、個人攻撃だったと考えられませんか?」
「怨恨からだと言いたいのか?」
「動機はそうであった方が理に適うと思いませんか?」
福重の持論には一理あると本永は思った。


「牧野先生を恨む人間がいるとしたら、それは誰だ? 患者か?」
「自分なりにそれを探ってきましたが分かりませんでした。でも、…何かがここに引っかかるんです」
福重は胸元に拳を当てる。

最後につくしと握手を交わした時、なぜだかザワリと妙な胸騒ぎがした。
このまま彼女の元を離れてしまっていいのか。
時間が経てば経つほどに、心の迷いは大きくなった。

「お前にしては珍しく感傷的だな。…よほど先生のことが好きだったらしい」
本永の苦笑交じりの言葉に、福重は頷く。
「えぇ、とても好きでした。…先生が耳に障害のあるアルを引き取ったことについて、いろいろ話をしました。その時、思ったんです。この人はなんて真摯に命と向き合う人なんだろうって…」



福重は回想する。



アルを保健所から引き取って間もない時期のことだ。
雨上がりの午後、いつものように二人でシロンとアルを散歩に連れ出し、公園の広場で遊ばせていた。
福重はある疑問を口にした。
「先生は、どうしてアルを連れて帰ろうと思われたんですか?」

アルは生まれつき耳が聞こえないという障害を抱えている、と彼女は言った。だからこちらの指示は通りにくいし、不用意に体に触れると怒って噛みつく事もあるから注意してほしい、と。
実際、今も、アイコンタクトを教え込もうとするつくしに反発して、アルはつくしに飛び掛かって軽く手を噛み、見ている福重をひやりとさせた。

「私は行ったことがありませんが、保健所には他にも引き取り手を待つ動物達がいるんですよね。アル以外にも。…命を選ぶような発言をしてはいけないと思うのですが、もっと育てやすい仔犬もいたんじゃないかと思えて」
福重の問いかけに、あぁ、とつくしは相好を崩す。
「アルが、ずっと私を見ていたからかな」
「…理由はそれだけですか?」
「シロンもそうでした。私が彼らのブースに行ったときすぐに目が合って、あぁ、仲良くなれそうだと感じたからです。アルのプロフィールを聞いて、大変そうだとは思いましたが、結局はインスピレーションを信じました」

そう言って、つくしはアルにアイコンタクトを送り、そっと抱き寄せる。
アルは少し暴れたが、やがてつくしの腕の中で大人しくなった。
シロンは福重の投げたボールを追い、それを咥えて戻ってくる。いまや、すっかり福重に懐いているシロンだった。


「シロンの小さい頃はもう少し大変でした。この子は本当にやんちゃすぎて…。でも、今はこうして立派な成犬になってくれました。…大変だなと思う時期は成犬になるまでの過渡期です。障害はその子の特性だと考えればいい。子供なんだから手がかかるのはしょうがないって思います」
つくしがそう話す合間に、アルはつくしの膝の上で伸び上がり、彼女の頬を舐め始めた。くすぐったそうに身を捩るつくしの柔らかな笑顔が、福重の胸に温かく残った。


自分にはない優しさと強さ。
他者に侵害されない彼女の信念。
そうしたものを、花沢類氏は愛したのだろうと思った―。




「本社に戻ったら、副社長に連絡しよう」
本永は提案する。
「科学的根拠はないが、俺達の職業において直感は侮れない。追及すべきだ」
「…契約は満了してしまったんです。明日から私は千葉へ配属されます」
「だから、交渉するんだろ?」
本永は笑う。

「何ヶ月も牧野先生の傍にいた。信念が素晴らしい女性だったと俺も思う。情が移るお前の気持ちも分かる。…だからこそ、俺達は常に冷静かつ客観的でなくてはいけない」
「はい」
「副社長はお忙しい。要点のみを説明できるよう、頭の中を整理しておけ」
「はい!」


二人は本社に戻った後、あきらに連絡を取った。福重は自分の意見を述べた。
やがて、あきらからは特命が下り、二人は予定されていた業務から外れて新しい任務に就いた。そして、その一件はあきらから類へも伝えられた。






いつも拍手をありがとうございます。
ホームページの書き込みの一件は、第61話『転機』より。
最後の伏線回収に臨みます。
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2 Comments

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2019/06/04 (Tue) 22:55 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

おはようございます。いつもコメントありがとうございます(*'ω'*)

福重は同性として、つくしの生き方を心から尊敬しています。本永は福重より先輩なので、彼女のそうした傾倒を諫めつつも全面的にバックアップしてくれます。あきらは福重の要望に応えました。BGコンビの最後の活躍となるか、見守っていてくださいね。

これからの数話は、今作の中でも執筆に非常に苦労した部分です。どういう苦労であったのか、おいおい分かってくるとは思うのですが、最後まで楽しんでいただけたらと思います。

2019/06/05 (Wed) 06:15 | REPLY |   

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