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116.不測

Category『Distance from you』 本編
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頬を撫でる風が秋めいてきた。午後の散歩の合間、建物の陰に入るとふと感じる冷たい空気にも季節の移ろいを感じる。二人はいつものようにシロンとアルの散歩に出かけ、戻ってくるところだった。
あきらからの報告を受け、類はそっと周囲に注意を巡らせるも、特段変わった気配は感じない。

並んで歩くつくしが、ふっと小さくため息を洩らしたのが分かった。
「どうしたの?」
類は優しく問いかける。つくしは類を見上げ、ほのかに笑んだ。
「もうすぐ結婚式だなぁって」
「それで、どうしてため息?」
「だって、すごく緊張しそうだから」


二人の結婚式は、来週末の10月13日に予定されている。 
ごく内輪での挙式を望んだつくしだったが、類側の列席者の都合により、挙式は都内のホテルで行うことになった。それは警備上の問題であったり、機密を守る上での問題であったりした。
列席者の一人である司はメープルホテルを会場にと推したが、それより以前に、妻の滋が自身も経営に携わるリアドル・グランドホテルをつくし達に強く推していた。

「リアドルの方が、内装がシックで俺は好みかな」
という類の一言で後者に決まり、滋を大いに喜ばせた。
毎日の診療で忙しいつくしに代わり、時間に融通の利く類が滋と話し合いを進め、プランニングはいつの間にか済んでしまっていた。
つくしはドレスを選ぶ以外は何もしておらず、挙式当日がどのようなものになるのか、今をもって想像力が働かなかった。


「緊張なんてしなくていいよ。会場がああでも、ごく内輪の集まりに変わりはないんだから」
「…それにね、最近ちょっと体重が増えたみたいで」
つくしは恥ずかしそうにうつむく。
「調整も済んでしまったのに、ドレスが入らなかったらどうしよう…」
ささやかな悩みに、類は楽し気に笑う。
「元々が痩せすぎなんだから、ちょうどよくなったんだよ。俺は今くらいの方が抱き心地がよくて好き」
その一言に、つくしは薄く頬を染めた。


彼女の表情は以前よりずっと豊かになった。類にはそれが嬉しい。
照れ屋であることは分かってはいたが、ちょっとした一言にこうして恥じらいを見せられると、たまらなくドキドキした。
それでつい、折に触れてからかいたくなる。


「それに体重なら俺も増えたよ。ここで暮らし始めて3kgくらい」
「えっ、そうなの?」
「標準体重にはまだ届かないけどね。つくしもそうだよ。…幸せ太りってわけじゃないけど、二人とも健康的になりつつあるってことでよくない?」
「…そうかなぁ」
不承不承頷いたつくしの耳元に、類は甘い囁きを落とす。
もう、と呆れたように小突かれても類は笑顔で、それにつられるようにしてつくしも笑った。


「じゃ、診察に出てくるね」
散歩後、短いティータイムを終えると、つくしはそう言って立ち上がった。
時刻は午後2時50分だ。
「頑張って」
「類もね。依頼された仕事がたまってるんでしょう?」
「終わりが見えなくてウンザリするよ。…今夜は煮込みハンバーグにしようと思うけど、どう?」
「やった! 楽しみにしてるね」

ハンバーグはつくしの好物だ。つくしは嬉しそうに微笑んだ。
椅子に腰かけたままの類に手招きされ、二人は軽くキスを交わす。
そうして、それぞれの仕事に戻った。



午後の診療も、いつものように滞りなく進行した。
ミチ子が閉院までを担当するシフトは変わっておらず、その日も由紀乃は午後6時半を少し過ぎたあたりで帰って行った。午後7時半に最後の患者を見送ると、最終受付時刻は過ぎていたため、つくしとミチ子は後片付けをし、病院を閉めた。
パソコンの入力作業が残るつくしに挨拶をし、ミチ子は裏口から出ていった。


そうして、つくしの仕事も終わる頃合いだった。
時間外の診察を依頼する1本の電話がかかってきたのは。




ノートパソコンのキーボードをたたく手を止め、類は画面右下の時刻を確認した。夕食の準備は済んでおり、彼は配膳のタイミングを窺っていた。
だが、午後8時を過ぎても、つくしは2階に上がってこない。
随分前に階下の裏口からミチ子が出ていく音がしたので、もう病院自体は閉まっているのだろうと思った。

仕事の終わる頃合いを確認しようと内線電話に手を伸ばすと、玄関前に車が停められる音がした。それに続く車のドアの開閉音。
女性同士の話し声が微かに聞こえ始める。つくしが応対に出たようだ。


―急患か。
―そういえば、さっき電話がかかってきたんだったな…。



そのとき、ダイニングテーブルの上に置いたスマートフォンが振動を始めた。
画面にはあきらの名。少し前にも連絡があったばかりだった。

警護の契約を満了したはずの福重が、ホームページへの書き込みの件に関して追加調査を申し出た、というその内容に類は驚いた。
だが、念には念を入れるべきだという考えには強く同調した。
つくし個人、あるいは類個人に対し、怨恨を抱く可能性のある人物をあきらは問うた。つくしは思い当たらないと言い、類は数人の名を挙げた。
調査結果がもう明らかになったのかと訝しみつつ応答する。


「もしもし」
「今いいか?」
「あぁ」
「奥さんは?」
「まだ1階にいる。急患の診療中みたい」
「クリニックの患者の中に気になる人物がいる」
単刀直入に切り出したあきらの声音には、緊張が入り混じっていた。
「今、パソコンの方にメールを送った。すぐ確認してほしい」





「では、改めて症状をお伺いします」
診察室で向かい合って座り、つくしはパソコン画面にカルテを呼び出した。
時間外の診察を希望したのは、一木美音だった。






いつも拍手をありがとうございます。
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2 Comments

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2019/06/05 (Wed) 23:01 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

おはようございます。コメントありがとうございます(*^-^*)

類が料理をすることについては反響がありました。働く女性にとって、食事の準備は家事の中でも負担が大きい部分なので、それを在宅ワーカーの彼に任せてみました。目分量でスピーディーに料理するつくしよりも、レシピ通り計量スプーンを使いそうな類の方が料理上手かも…なんて。

以前から気にかけていただいていたのですが、一木美音はやはり警戒すべき相手でした。その正体がいよいよ明らかになります。これからの数話は本作の中でも執筆に苦労した部分です。どうぞお楽しみに。

2019/06/06 (Thu) 05:31 | REPLY |   

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