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118.正体

Category『Distance from you』 本編
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類はスマートフォンを通話状態にしたまま、あきらから送られてきたメールを開き、添付してあった動画をパソコンで確認した。

動画が示す日付は今年の8月。
画面に映っていたのは、一人の女性。
ゲージを抱え、ひかわ動物病院に入ってくる、たった十秒の動画。


動画を見た瞬間、心臓が引き攣れた気がした。
そのとき背に走った戦慄を、この先もずっと忘れることはないだろう。

類の記憶にある彼女の姿と多々異なる点はある。
だが、類が彼女を見間違えることはない。


「これ、どういうこと? なんで、彼女が?」
類の急いた声に、あきらが応える。
「間違いないか」
「あぁ、見かけはずいぶん変わってるけど…」
「彼女は名を偽ってここに通院している。2月初旬から定期的にだ」
そんなに前から…と、類は絶句する。


足元から震えが這い上ってくるようだった。
つくしの間近に大きな脅威が存在した。
今の今まで、それに気づかずにいた事実が恐ろしい。


「彼女は“一木美音”を名乗っている。その名前を聞いたことがあるか?」
「いや…」
「最初の出会いは1月上旬だったらしい。奥さんは公園で道案内を頼まれている。その1ヶ月後、彼女は患者として初めて来院した」
「そこまで調べがついたの?」
「奥さんから2月の時点で身元調査の依頼があったんだ。スタッフの野島由紀乃さんが、診察中の彼女の様子に不審を抱いたというのが理由だった。…すまん。その時点で正体に気付いていれば…」


最終的に、その正体に気付いたのは福重だった。
防犯カメラの映像の膨大な記録を洗い出しながら、類達に怨恨を抱く可能性のある人物の情報を並行して集めた。その中で、ようやく真実にたどり着いたのだ。


2月、つくしから一木美音の調査依頼を受けた福重は、最初に美作商事が保有するマザーパソコンに照会をした。本社や支社、関連会社の中に、本人やその家族が登録されていないかを調べたのだ。そして下請けの関連企業のデータベースの中から、社員の妻として登録されている彼女の名を探し当てた。
一木美音は実在した。登録されている住所は、つくしの病院の問診票に書かれた住所と一致した。家族構成もつくしの話と齟齬がなかった。併せて、本永が一木美音の素行調査も行っている。住居とされているマンションを子供とともに出入りする姿が確認された。
結果として問題ないと判断され、その旨がつくしに伝えられていた。

その一連の調査については、あきらも報告を受けていた。だが、人覚えのいいあきらでさえその正体に気付けないほどに、数年の歳月は彼女の外見を大きく変えていた。
結局、類への報告はなされないままになった。



「本物の一木家はもう23区内に住んでいなかった。だが、会社へは住所変更の届け出がされてなかった。本永には本人確認に行ってもらって裏を取った。1月の時点で夫妻には多額の借金があった。だが、彼らの給与ではとても返済しきれないはずのそれは、今やほとんどがチャラになっている。金の出所を問うと男の方は最初しらばっくれていたが、脅したらすぐ吐いたそうだ。借金の肩代わりをしてもらう見返りに、自分達の個人情報を他人に売った、と」
「個人情報の売買か…」
「うちのマザーを信頼しすぎた。家族については写真のデータがないしな。まさか人物そのものが成り代わっているなんて、思いもしなかった」
相手は俺達より知恵者だと、あきらは自嘲気味に言った。


彼女の名は、米代紗穂。
旧姓は中條。
類の元婚約者だ。


「紗穂の現在の居場所は?」
「追わせているがまだ掴めてない。夫とは別居状態であることが分かってる。…だが、一木家が住んでいた例のマンションにはもう出入りがないようだ」


紗穂の目的はなんだ?
なぜ、つくしに近づいた?
だが、どう考えようと、それが自分達にとって良いことであるはずがなかった。



「…ところで、奥さん遅くないか? まだ仕事か?」
あきらに問われ、類はハッと壁時計を見上げた。
時刻は午後8時45分。今日はずいぶんと遅い。
あきらとの話に集中しすぎて、時間の経過に気付けなかった。


そのとき、類は思い出した。
先ほど、窓の外から聴こえてきたのは女の声だったことを。


時間外の急患。
…そして、女。


「…嫌な予感がする」
「気が合うな。実は俺もだ」
「警護の二人は近くにいないよね」
「急行させるが15分はかかる」
「下の様子を窺ってくる」
「分かった」


類はあきらとの通話を終えた。
そして、足音を忍ばせながら階下へ向かった。


心臓は早鐘のように打っていた。
次第に荒くなる呼吸を必死に殺しながら、類は部屋を移動する。


診察室の明かりはついたままだ。それに続くドアはぴったりと閉じられている。
女性の話し声が微かに漏れ聞こえている。
やっとドア一枚を隔てた位置まで類が近づいたとき、単調な口調で話し続ける女の、その声の特徴を耳に捉えた。


―この声。この話し方。


もう違えようもない。
最愛の妻が相対しているのは、未知なる脅威だった。
  





いつも拍手をありがとうございます。ようやく類も事実を掴みました。
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4 Comments

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2019/06/07 (Fri) 22:27 | REPLY |   

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2019/06/07 (Fri) 23:19 | REPLY |   
nainai

nainai  

ル様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^^)v
たくさん予想をしてくださいましたね。

本作、最大の山場を迎えております。ラスボスは統ではなく紗穂でした。
類と統の相克を描いた『四者会談』以降より、紗穂の苦悩を描く『不測』以降の方が執筆に苦労しています。その苦労の集大成を見届けてくだされば嬉しいです。

紗穂との対峙を経て、つくしが、類が何を思うのか。彼女とどう向き合うのか。私なりに伝えたいことがあります。それがしっかりと読者様に届けられるように、もうちょい推敲を頑張ろうと思います!

2019/06/08 (Sat) 01:06 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')
最後の脅威は、類の過去の具現である紗穂でした。
類のショックは大きいと思います。

紗穂は、ボディガードの二人がいなくなるこの時を待っていました。
ターゲットは元より、類ではなくつくしだったのです。
なぜ紗穂がそのような行動を取ったのか、彼女が最後に求めるものは何なのか、徐々に明らかにしていきます。

私の頭の中にあるイメージが、そっくりそのまま的確に伝わってほしいなぁ、という挑戦の章になります。

2019/06/08 (Sat) 01:22 | REPLY |   

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