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124.再出発

Category『Distance from you』 本編
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「つくしが言ったように、過去は変えられません。でも、これからの未来は、貴方が望む形に近づけていける可能性があります。…貴方は、どんなふうに生きていきたいと思いますか? 俺は、望みを叶えるための手助けを惜しまないつもりです」

紗穂は、少し考える時間が欲しいと言った。
「先生に提案されたことはとても潔い生き方だと思います。でも、私には、自立して生きる術がまるで分かりません…。何から始めればいいのかも…。自分があまりに無知で、情けなくなります」
意気消沈していく様子の紗穂に、類は根気強く寄り添う。
「まずは目標を立てて。明確な目標を定めてから、そのための手順を一つずつ整えていくんです。方法は一緒に考えます」


それから、類は紗穂と将来的な展望について、さらに詳しく話し合った。
彼女自身に何ができるか。
彼女のために何ができるか。
その見極めは非常に重要だった。類の補助が行き過ぎてしまえば、結局は紗穂の自立を妨げてしまうからだ。
ある程度、話が煮詰まり、ふと壁時計を見上げると時刻は11時を回っていた。


紗穂は辞去を申し出るとともに、こう言った。
「…先生に、もう一度、会わせていただけないでしょうか?」
類は頷き、隣室で待機しているだろうつくしの元へ向かおうとした。


スライドドアを開けると、すぐ傍に本永の姿があった。
彼の気配はまるで感じなかった。紗穂との話の間、ずっとその場で警戒態勢を取っていてくれたのだろう。
「つくしは?」
「気分が優れなくなり、上で休まれています。福重が付き添っています」
類は診察室に戻り、机の上の内線電話の受話器を取った。
数回の呼び出し音の後で、福重が応じた。
「奥様は横になられていますが、必要なら1階に下りると仰っています」
「無理させて悪いけど、そうしてもらって」
「畏まりました」


やがて、福重に付き添われて、つくしが姿を見せた。
類と紗穂はすでに待合室にいて、彼女の到着を待っていた。
「すみません。隣の部屋で話が終わるのを待っていたのですが、途中から気分が悪くなってしまって…」
つくしが謝罪する。

「…先生」
紗穂が呼びかけ、つくしが彼女を見つめ返す。紗穂の表情はわずかに明るくなっていて、類との話し合いがいい方向に終わったことを感じさせた。
「話はできましたか?」
「はい」
「どうか、一人で苦しまないでください。先ほど申し上げた言葉もその場限りのつもりはありません。米代さんが必要とするのであれば、微力ながらいつでも協力したいと思っています」

紗穂の瞳から、再び涙が溢れ出す。
「…先生。私こそ、本当に…申し訳ありませんでした」
深々と下げられる彼女の頭。
「よく考えてみます。これからどう生きていきたいのか。誰かに判断を委ねるのではなく、自分自身で選択を。…先生が教えてくださったことです」
つくしは福重の支えを断り、ゆっくりと紗穂に近づく。その気配を感じて紗穂が身を起こすと、つくしは躊躇いなくその両手を包んだ。
類は、声もなく、その様子を見つめていた。

「謝罪は受け取りました。私はあなたを許します。…だから、もうそのことは心に留め置かず、前を向いてください」
つくしの手から伝わってくる温かなもの。
親愛に満ちた、言葉以上の激励を紗穂に伝える。

―とても敵う相手ではない。
―この人は、持ち得る度量が自分とは決定的に違うのだ。

「…先生は……どこまでもお人好しですね」
紗穂が泣きながら淡く笑む。つくしも微笑で応じる。
「私には到底真似できないことです。…でも、だからこそ、類さんはあなたを愛したんでしょうね…」




紗穂の車の赤いテールランプを二人並んで静かに見送る。
十分な時間を待って、類は傍らに控える福重を振り返った。
本永は紗穂の追尾のために不在だった。あきらの指示により、米代紗穂の動向はしばらく本永達が追うことが決まっていた。
「迅速な対応に感謝します。契約終了後も手を煩わせることになって、本当に申し訳ありませんでした」
類の言葉に、福重は最敬礼の形をとる。

「こちらこそ申し訳ございません。奥様からの調査要請がありながら、一木美音の正体を見破れず、このような不可測の事態にまで発展させてしまいました。不手際を深くお詫び申し上げます」
その陳謝を、つくしが即座に否定する。
「福重さんも本永さんも、いつでもベストを尽くしてくださいました。お二人には感謝の言葉しか浮かびません。…米代さんと相対することは、私達夫婦にとって、いつかは向き合わなければならない問題だったと思います」

珍しく福重が感情を顕わにした。
「先生は優しすぎます! 彼女が取った行動は犯罪行為に準じるものでした。今夜でさえ、あわやの事態も起こり得たんですよ…っ!」
「…いえ、きっと、米代さんはそうはしなかったと思います」
つくしの力強い確信に、福重は閉口する。
「最初から私を傷つけるつもりなら、いくらでもチャンスはありました。私はまったく無防備でしたから。…それでも、彼女は私に自ら正体を明かし、動機を明かしました。まるで血を吐くような告白でした」


「…つらい過去があれば、罪が減免されるわけではありません。先生、どうか、その点だけは見誤らないでください。お願いします」
福重の主張はいつも正しい。
彼女のそうした実直さが、つくしは好きだった。
「ありがとうございます。心に留めておきます」
「本当に、ご無事で良かったです…」



最後に福重を見送り、二人寄り添って屋内へと戻る。
ドアが閉まるや否や、類はつくしを抱きすくめた。
緊張が解けた安堵からか、類の体は小刻みに震えていた。
それを宥めるように、つくしの両腕がその背に回る。

「…生きた、心地が、しなかった…」
類は掠れた声で、心情を吐露する。
「もし、あんたを傷つけられたら、絶対に彼女を許さなかった…」
「…類…」
「怖い思いをさせてごめん…」

言われて、初めて気づく。
類だけではない。自分自身も震えていたこと。
互いの体温で存在を確かめ合い、気持ちが凪いでいくのを待った。


「ちゃんと話せた?」
「うん。…でも、まだこれからのことがある」
「彼女を支えていこう。…私達に何ができるのか、一緒に考えるから」


―ありがとう。


何度伝えても足りないくらいだ。
だが、それは言葉にできなかった。
熱い何かが類の胸に迫って、息が詰まって苦しくて、言葉にならない。
代わりに、ただ、強く彼女を抱きしめた。






いつも拍手をありがとうございます。長い一夜が終わります。
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4 Comments

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2019/06/14 (Fri) 00:14 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

おはようございます。コメントありがとうございます(*^-^*)

真っ向から悪意を向けられるのは恐ろしいことだと思います。つくしにとっては、これまで普通の顧客であった紗穂ですしね。紗穂は最初からつくしを傷つけないつもりでもなく、結果的にそうだったにすぎません。彼女の良心を信じきるには危うく、警戒しすぎても下手に刺激してしまう微妙な綱渡りでした。それを理解していた類の方が怖かったと思います。

福重と本永にはそれぞれに活躍してもらいました。つくしに寄り添ってほしくて女性BGを採用しましたが、福重は書きやすかったです。清き一票、ありがとうございます(^^♪

2019/06/14 (Fri) 06:01 | REPLY |   

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2019/06/14 (Fri) 10:26 | REPLY |   
nainai

nainai  

ル様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')

未知なる脅威であった紗穂ですが、つくしが緩衝材となり、最終的に類との和解に至れたことは本当に良かったと思います。紗穂の救済を描いたこの数話は非常に悩んだ部分でして、どうせならつくしの底力をうんと前面に押し出したい!ということでこのような形に納まりました。つくしの想いが混じり気のないものだったからこそ、紗穂の心を動かすことができました。

つくしが獣医師であるところも高評価をいただき、嬉しい限りです。私も適職だと思うんですよ~(*^^)v
福重と本永には最後の最後まで活躍してもらいました。あきらの采配に感謝感謝です。

これから最終話まではその後の生活を描きます。お楽しみくださいませ。

2019/06/14 (Fri) 21:16 | REPLY |   

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