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125.特別な日

Category『Distance from you』 本編
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その日の空は、抜けるように鮮やかな青だった。
つくしはカーテンを開けて上空を見上げると、大きく伸びをした。

「類、起きて。快晴だよ」
「…ん…」

まだベッドの中で微睡んでいる類に声をかけると、いつもは寝起きの悪い彼がパチッと目を開けた。窓から差し込んでくる陽光に手を翳して、目を眇める。
「昨日までの雨が嘘みたい」
「…今日は特別な日だからね」
「素敵な一日にしようね」
「あぁ」



午前8時半。約束の時間になると、ひかわ動物病院の前には大きな白いリムジンがやってきた。滋の所有車だ。
「おっはよー! ホテルで待ちきれずに迎えに来ちゃった!」
運転手が恭しく開いたドアの向こうで、滋が元気に手を振って待っていた。
7月中旬に日本での仕事が一段落してアメリカに戻っていた滋だったが、今日のために一時的に帰国してくれていた。

「お迎えありがとうございます。元気にしてましたか?」
「見ての通りよ。今日はめいっぱい可愛くしてあげるからねっ!」
滋はそう言ってつくしを熱くハグすると、その隣でだんまりを決め込んでいる類にもニッコリと笑顔を振りまいた。

「類君! この度はおめでとう!」
「…いろいろと手配をありがとう。今日はよろしく」
類の返答に、滋が目を見開いた。
「くぅ~っ。あ・の・類君が、私に“ありがとう、よろしく”だって…。レアすぎるぅ」
「…前にも電話で礼は述べたけど…」
類の小さな抗弁は無視し、滋は頬を上気させ、くるっとつくしの方を振り返った。
「やっぱりつくしの愛の力って偉大だね!」
つくしはクスクス笑いが止まらない。


30分ほどのドライブでリアドル・グランドホテルに到着した。滋の誘導で上階に上がる。豪奢な内装のフロアにはスタッフ以外の人影がない。
今日はつくしと類の挙式のために、ワンフロア貸し切りにしたのだと滋は言った。

親族の控室に入ると、牧野家の三人がソファに座ってつくし達の到着を待っていた。千恵子と晴男はどこか所在なげにしている。
「ママ達、予定よりも早く到着したんだね」
「…つくし! あぁ、来てくれてよかったわ。会場を間違ったんじゃないかって、もう不安で不安で…」
「こんな立派なホテル、パパ達は気後れしちゃってねぇ…」
元より華美な生活とはかけ離れている両親は、やや小心なところがある。
とはいえ、フロア貸し切り状態は、つくしとて驚きではあった。


「紹介するね。こちらは道明寺滋さん。類の古くからの友人で、このホテルの経営にも関わっている方です。今回の挙式のプロデュースも進んで担当してくださいました」
つくしに紹介された滋は、溌溂と挨拶をした。
「皆さん、初めまして! 道明寺滋です。つくしさんともとても仲良くさせてもらっています。今日は大いに楽しみ、心ゆくまで笑っていただければと思います」
人懐っこい笑顔を浮かべる滋に、両親がホッと安堵したのが分かった。初対面の相手にもこうして親近感を抱かせる滋を、さすがだとつくしは思う。


「つくし。類さん。今日はおめでとうございます」
最後に近づいてきたのは敏子だ。悠然とした態度は相変わらずだ。
類が一礼すると、敏子も深々と頭を下げる。
つくしは敏子の傍に駆け寄ると、その両手をそっと握った。
「おばあちゃん、来てくれてありがとう。体調はどう?」
「今日は特別な日だから、足腰の痛みもどこかに行ったみたいだよ。…あの人が生きていたら、さぞ喜んだだろうにねぇ」
亡き夫を懐かしむ敏子の瞳に、薄っすらと涙の膜が張る。

「さぁ、おめかししておいで。楽しみにしてるから」
「うん!」
つくしはふんわりと笑んだ。
ほどなく類とも別れ、滋に誘導され、つくしは新婦控室へと移動した。



ノック音とともに新郎控室の扉が開く。
「よぉ、新郎。来てやったぞ」
上から発言をしたのは総二郎。その後ろにはあきらの姿もある。
類は身支度を整え終えていて、ソファで一人、寛いでいるところだった。
「やっぱり白か」
「いつまで王子キャラだよ」
ニヤニヤ笑いの親友達を冷たい目線で見やって、類は言う。
「…あきらだって、白だった」
「憶えてたか。……その後、奥さんの様子は?」
類の向かいに座ったあきらに、開口一番でつくしの体調を案じられる。
「つくしの心根の強さには、俺も驚いているところ」


自分の元婚約者であった米代紗穂との対峙は、たった10日前の出来事だ。
あの日、つくしは未知なる脅威の出現に怯えつつも相互理解に努め、最終的には紗穂の心情を酌みとり、その更生の第一歩を後押しした。
機微に敏く、寛容な彼女にしかできない芸当だっただろう。


「紗穂の剥き出しの感情にあてられて、ショックは大きかっただろうに、全然引き摺っている様子を見せないんだ。いつものように意欲的にクリニックの仕事をして、テキパキと家事をして、俺にも笑顔を見せてくれる」
無理をしていないか、類は何度も問うた。
その度につくしからは柔らかな笑顔が返った。
大丈夫だ、と。
「彼女を一緒に支えていこう、と言われた。…どうしてそんなことが言えるんだろうって、本当に言葉も出なかった」


「…驚くほど、しなやかだよな。つくしちゃんは」
総二郎がしみじみと呟く。
「その名の示す通り、どんな外的な力にも負けない。あの華奢な体のどこにそんな力が備わってるんだろうな」
「…下の名で呼ぶなよ」
憮然とした類の抗議を無視して、総二郎が楽し気に笑う。


「俺がイメージする彼女は“伴走者”かな」
あきらが言葉を継ぐ。
「どんなときでも傍にいて、応援しながら一緒に走ってくれる、そんな存在。…米代紗穂はそれを本能的に悟っていたんだろう」
「…そうだね」
類は同意を示す。
「紗穂がどんな答えを出すにしろ、最後までちゃんと向き合うよ。それが、俺の果たすべき責任だと思うから」
「いつでも相談には乗るぞ。弁護士が必要な時とかな」
「…ありがとう」



昔の男志摩のその後の情報、聞きたいか?」
あきらは含み笑う。
「一応聞いとく。…どうしてる?」
類が先を促す。
「それが驚くほど何も変わってねぇ。准教授としての学内の評価も上々、もうすぐ新しい論文もジャーナルに掲載される。仕事は順風満帆そのもの」
「…ムカつくね」
「でも、それが奥さんとの最後の約束だったからかもな」


『これからも獣医学界のために尽力してほしいと切に願ってやみません』


「奴が今開発中のワクチンの臨床研究が成功すれば、獣医学界では大きな躍進になるんだと。同じ世界に身を置いている人間同士、綺麗さっぱり関係性を断つことは難しいのかもしれない。立場は違えど、見つめる未来や展望は同じなんだろうしな」
「…そうかもしれない」

小さな命を救いたい。その一助になりたい。
彼らが獣医師である以上、胸に抱く使命は同じなのだ。
つくしは、志摩へのいかなる制裁も望まなかった。
反論こそしなかったが、目には見えない繋がりを意識させられたような気がして、気分が悪かったのは事実だ。


類の声がわずかに沈むのを察して、総二郎が叱咤激励するように声を上げる。
「そんなん度外視しろよ。昔の男に負けるお前じゃねぇだろ!」
「…当然」
そこまで話したところで、小さなノック音がした。
「花沢様、ご準備はお済みでしょうか。新婦様及び牧野家の皆様と写真撮影を行いますので、こちらにお願いいたします」
類は頷き、スタッフの誘導に従って部屋を出た。






いつも拍手をありがとうございます。
第124話から10日が経過し、10月13日を迎えました。二人の結婚式です。
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2 Comments

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2019/06/15 (Sat) 00:00 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

おはようございます。コメントありがとうございます(*'ω'*)

『伴走者』はつくしのスタンスを表すいい言葉だったと思います。マラソンにおいては、『頑張って!』という沿道の応援も嬉しいですが、『私と一緒に頑張ろう!』とコースを伴走してくれるとより一層心強いというか。

二人は結婚式を迎えました。類はこの日のことを花沢家へは知らせていないと思います。耀との関係は別として、すでに絶縁状態ですからね…。その分、F3が幅を利かせて親族のように振る舞うことでしょう(^^♪

2019/06/15 (Sat) 06:43 | REPLY |   

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