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128.マタニティライフ

Category『Distance from you』 本編
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産科を受診した結果、つくしは妊娠6週目に入っていることが判明した。
二人は手を取り合って喜んだ。
今後の仕事の在り方については慎重に話し合いを進めた。問題になるのは悪阻期とその乗り越え方、そして、出産・産褥期とその間のクリニック運営だった。


事前の心積もりはあったのだが、つくしは今回の妊娠を機に竹井養豚場との契約を終了することにした。養豚場までの車移動、長時間にわたる作業などが母体に負担がかかるからとの判断だった。
竹井オーナーにその旨を伝えたとき、彼はつくしの妊娠を大いに喜んでくれたが、それに伴う契約終了をひどく残念がった。管理獣医師の三嶋医師に、代わりの獣医師の派遣を依頼することで話は決着した。

竹井は言った。
「落ち着いたら顔見せてくれよ。このままサヨナラじゃ寂しいからな」
妻の嘉子も電話を代わり、こう言った。
「先生、おめでとう! これまで本当にありがとうねぇ。元気な赤ちゃんを産んでね!」
夫妻からの温かな祝辞に、電話口のつくしは涙に濡れた。



師走になり、妊娠3ヶ月目に入ると、つくしの悪阻は加速的に悪化した。
何よりつくしを悩ませたのは動物特有の体臭だった。これまで嗅いでも平気でいられたはずの臭いが急に鼻につくようになり、つくしは診察中や手術中に嘔気をこらえるのが難しくなってきていた。それはシロン達の世話をするときも同じことだった。

「しばらく休診したら?」
昼休みには横になることが多くなったつくしを、類は優しく気遣う。
嘔気により食が細くなっているので、体重も緩やかに減ってきていた。
ベッドの上のつくしは背を丸め、それでも小さく首を振る。
「…まだ、頑張れる」
「無理したっていいことないよ? 時には思い切った判断も必要だよ」
類がいくらたしなめてみても、つくしの意志は固かった。
こういうところは頑固一徹なのだと、類は妻の背を撫でながら苦笑した。


二人は悪阻期を乗り越えるための情報を収集しつつ、様々な方法を実際に試してみた。リラックスアロマやハーブティー、食事の味付けにも工夫をした。
つくしは臭いに敏感だったので、一番有効だったのはスイミング用のノーズクリップだった。臭いを遮断すると鼻声にはなるものの、仕事は格段に楽になった。

つくしの窮地に、牧野家や彼女の友人達は、一様に温かい支援を送った。
自分の経験談を明かしてくれたり、見舞いの品を持参してくれたり、訪問客はひっきりなしに続いた。そうした交流の中で類は多くの人情に触れ、つくしを起点とする人と人との結びつきとその強さに、改めて感銘を受けた。



「…眠れそう?」
一日が終わるとき、類はベッドの中でつくしに問いかける。
悪阻が重くなってから、つくしには不眠症状も現れるようになっていた。
「眠れないなら、いつまででも付き合うよ」
後ろから抱き込む形で添い寝し、類は言う。
「…大丈夫。今日は昨日より調子よかったし、このまま眠れそう」
つくしの返答に、よかったと答える類の声は嬉しそうだった。

「ごめんね。心配ばかりかけて。家のことも、シロン達のことも任せきりで」
「なんで? そんなこと、全然苦じゃない」
類はつくしの手を探し、そっと包みこむ。つくしの体温は類のそれよりもずっと高い。首筋に顔を埋め、彼女の匂いを吸い込む。
「悪阻の苦しさを、夫婦でシェアできたらいいのに。…俺、見てるだけで何もできない」
そんなことないよ、と腕の中で彼女が笑う。


「幸せだよ、私。…類がいつも傍にいて、支えてくれるんだもの」
「在宅ワーカーの強みだね」
「…悪阻が終わったら……美味しいもの、たくさん食べたいな」
「リクエストして。お取り寄せでも、お出かけでも、なんでもいいよ」
「…うん……楽しみ…」
つくしの声がだんだん小さくなっていく。

うとうとしている様子の彼女にはそれ以上声を掛けず、類はそっと目を閉じて呼吸を合わせる。やがてつくしの穏やかな寝息が聞こえ始める頃には、類も眠りに落ちていた。



つくしが31回目の誕生日を迎える頃には、悪阻はほぼ治まりつつあった。
結局休診することなく不調を乗り切ったつくしを、類は根性者だと褒めたたえた。対するつくしは、小学校も皆勤賞だったのだと自慢げに笑った。

年末年始の休みは例年よりも長めにとった。
年が明ける頃にはつくしの体調はすっかり元通りで、妊娠中とは思えないほど意欲的に仕事に取り組む日々が戻ってきた。






いつも拍手をありがとうございます。
つらいことも二人三脚で乗り越えていく二人です。
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