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130.Question

Category『Distance from you』 本編
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翌日の箱根も好天に恵まれた。

二人は朝食を済ませた後、最初の目的地である箱根神社に向けて出発した。
平日の参拝客は多くはなく、駐車場にも難なく停めることができた。
杉並木の間の参道を抜け、ご本殿へのお参りを済ませる。運開きの神様としても知られるため、二人はこれからの生活に幸多かれと願いを込めて祈った。

美術館巡りの合間に昼食を摂る。午後3時を回り、つくしの体調を考慮して早めに宿に戻ることを類が提案すると、つくしは景色のいい場所で一休みして帰りたいと希望を述べた。類は同意を示し、芦ノ湖を臨む恩賜箱根公園へ向かった。



「…はぁ。いい眺めだね」
散策路のあちこちに点在する休憩所のベンチに腰かけて、つくしが笑う。外は汗ばむほどの陽気で、つくしはハンカチを取り出して額の汗を押さえた。
すぐ近くのベンチにも親子連れが座り、楽し気に談笑している。子供の年の頃は3歳ほどだろうか。おしゃべりが上手で、懸命に話す様子が微笑ましい。

「何か、飲む?」
「うぅん。大丈夫」
折々に見せる類の細やかな気遣いが嬉しい。
つくしは微笑んで応じ、ふーっと大きく息を吐いた。体にはほどよい倦怠感があった。お腹は張ることもなく、赤ちゃんも今は眠っているのか胎動は少ない。
やがて、近くにいた一家が席を離れてしまうと、つくし達の周囲には人気がなくなった。



「あのね…類」
「ん?」



つくしは、湖面の方を向いたまま静かに問いかける。
こんなに爽やかで、穏やかな昼下がりだから。
だから、今なら、聞けるような気がした。



「一度しか聞かないから、正直に答えてほしいの」
類はその前振りに不安を覚えつつも、頷く。
「いいよ。…何?」



「類は後悔してない? 花沢を出奔したこと…」
つくしの問いかけに、類は意外なことを聞いたというように、軽く目を見開く。
「…どうして、そんなこと訊くの?」
つくしは苦笑する。それでも、類の答えを促す。
「どうしても今、訊いておきたくて」



類はわずかに困惑の表情を浮かべて、つくしの横顔を見つめる。
返答は早かった。
「後悔はしてない。俺にはあのとき、ああすることが最善だった。今でもその選択は誤っていなかったと思ってる」
「…でも、類の周りの人は、そう思っていないかも」
「周り?」
類が怪訝そうにつくしの言葉を反芻する。
「…つくしは、何が言いたいの?」
類の声のトーンが下がる。


つくしは言葉に迷いながらも、ポツポツと話し始める。
「私ね、本当に、申し訳なく思ってしまう瞬間があって」
「…誰に?」
「花沢物産の人達に。大きく言えば、日本の経済社会に、なのかな。…それに、あなたに対しても…」
類は、その必要はない、と首を振る。
「どうして、急にそんなこと…」
「急にってわけじゃなくて…本当はずっと前からそう思ってた」


心の中にずっと引っかかっていることがある。
『だからこそ、あなたは息子をスポイルする存在なのでしょう』
花沢統の残した言葉だ。
長い間、つくしはその意味を考えていた。
spoilするとはどういうことか、と。


類と結ばれ、新たな命を授かり、今日までを二人三脚で乗り越えてきた。
病院の仕事が一段落し、駆け抜けてきた日々をゆっくりと振り返る時間ができると、自分の中で消化できていないあの言葉を思い出してしまった。


『幼少期より、類にはありとあらゆる教育を与えてきました。すべては私の後継とするために』
統の言葉通り、現実として、後継者の資質を備えた類がここにいる。
本人の望むと望まざるとにかかわらず、彼は確かに優秀だった。

経済紙やテレビ報道で、道明寺司の、美作あきらの、西門総二郎の活躍を目にするたび、つくしにはますます強まっていく思いがある。
ここにいる類も、彼らと並び立ち、世界で活躍できる人材であるはずなのに、と。


類はその家名を、会社を、今までの豊かな生活のすべてを投げうって、つくしの元へとやってきた。それらには何の未練も残さず。
類自身が望んでしてくれたことだと、頭ではちゃんと分かっている。
だが、彼が本来進むべき道を見つめ直させ、別の生き方があることを知らしめたのは自分だったのではないか。そして、その結果こそが統の指す“spoil”ではなかったのか。
…その考えがどうしても拭えない。


類は今も、総二郎や耀を通じて、西洞院側に経営戦略の提案を行っている。
司やあきらの仕事上の相談にも応じ、様々な助言を行っている。
類は完全に裏方に徹していて、それでも尚、経済界には少なからず影響を与え続けているというのに、その成果は表立つことなく社会的な評価を受けることもない。

類が、彼らしい器用さで家事をこなしているとき、ありふれた日常の一コマとなってしまった後ろ姿を眺めながら考えてしまう。


類の持つスキルが活かされる場所が、どこかにあるのではないか。
彼にしかできない仕事にこそ、彼は時間を割くべきではないか。


類と過ごす毎日が幸せに溢れ、これ以上ないほどに満たされているからこそ、つくしの苦悩は深くなっていく―。


「あなたのお父さんに言われた言葉がある。私は類をスポイルする存在になるだろうって。それがどういう意味なのか、ずっと考え続けてきた…。今は、逆にこう思うの。あれは、“スポイルしないでほしい”っていう願いの表れだったんじゃないかって」






つくしの中に生じた、これで良かったんだろうかという疑問です。
ゆっくりと過去を振り返る時間ができたからこそ、強まってきた想いでした。
類はこれにどう答えるか。

昨日から今日にかけて12万HITを記録し、拍手の総計が5万を超えました。
数字が大台に乗る度、嬉しさが募ります。
いつも応援ありがとうございます!

*******

昨夜発生した新潟・山形地震により、広い地域で被害が出ましたね。亡くなられた方がいなかったことに安堵しております(6/19 午後5時時点の発表内容)。怪我をされた方が早く良くなるように、これ以上の被害がないようにと祈っております。
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4 Comments

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2019/06/19 (Wed) 22:33 | REPLY |   

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2019/06/20 (Thu) 00:06 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')

表現について褒めていただけてとても嬉しいです。今回は三人称形式なので、折々に登場人物達の心情が出てきました。人って色々なことを考えながら生きているものだなと悩み悩み、物語を綴ってきました。思い描いた情景を言葉にするのは難しい作業ですが、概ね伝えきれただろうという感触を得ております。よかったよかった(^^♪

つくしの投げかけたquestionですが、これは本作を読んだ方もチラリと頭を過った疑問ではないかなぁと思います。類はそれでいいの?本当に?と。次話、類のAnswerです。お楽しみに。

2019/06/20 (Thu) 00:36 | REPLY |   
nainai

nainai  

と様

こんばんは。初コメントとても嬉しいです(*'▽')
ご訪問いただきありがとうございます。

お気に入りのエピソードをたくさん挙げてくださいましたね。中でも馬にご注目くださるとは♪ 第54話『風になる』は、私も好きなエピソードです。疾風感や躍動感が伝わりましたか? そう言っていただけると…(*ノωノ)

できるだけリアルな様子を描きたくて、動物達の病気を本やネットで色々と勉強しました。フィラリア症のみならず、つくづく蚊という生き物は様々な病気を媒介するものだと改めて驚かされました。
と様のお宅のコーギーもいつまでも元気でいてくれることを願っています。

つくしは、類の現状を勿体ないと感じています。あなたはもっとできる人なのに、と。次話、類のanswerです。
本作の話数も残りわずかとなってきました。最後までお楽しみくださいませ。

2019/06/20 (Thu) 00:57 | REPLY |   

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