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132.臨月

Category『Distance from you』 本編
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―カララン。

来客を知らせるベルの音が降る。
つくしが挨拶をしながらヘアサロンに入店すると、店主の眞弓が顔を輝かせて彼女を出迎えた。いつもの大らかな笑顔に、つくしも微笑んで応える。
「いらっしゃい! 体調はどう?」
「おかげさまで順調です」
「まだまだお腹の位置が高いわね。…さぁ、こちらに座って!」

つくしは臨月を迎えた大きなお腹を抱え、ゆっくりと移動して眞弓が示した椅子に納まる。白いケープを巻かれ、コームで髪を整えられると髪は肩先まで伸びていた。
簡単なカットは手先の器用な類に依頼することも多かったが、今日はつくしたっての希望で眞弓の店にやってきた。


「さて、今日はどこまで切る?」
「いつものように、ボブで」
「あら、やっぱり伸ばさないの?」
「出産したら、また忙しくなりますし」
そうよねぇと同意を示しつつ、眞弓はつくしの髪を切るのを残念がる。
こんなに綺麗な艶髪なのに、と惜しんでくれるのもいつものやり取りだ。


「幸せオーラが出てるわねぇ。こっちまで元気になれそう。…お腹の子は男の子でしょう?」
丁寧にカット作業を進めながら、眞弓は確信的につくしに問う。
「そうです。…眞弓さん、どうして分かるんです?」
「ふふっ。商売人の勘よ。けっこう当たるの。…もう名前は決めたの?」
「はい。二人で…」
つくしの返答に、眞弓は柔らかく微笑む。
「出産もこっちでするのね」
「はい。シロン達がいますし。母達には産後こちらに来てもらうことになっています」
「たくさん助けてもらいなさいな。産後の無理は禁物よ」


シャキ、シャキという鋏の刃の擦り合う音。
規則的なその音を聞きながら、つくしは回想する。


いつかのクリスマスイブ。
ヘアカットに訪れたつくしに、眞弓は直截ちょくさいに問うた。
恋をしているのか、と。
類への気持ちに無自覚だった自分は、きっと彼女の言葉によって気付かされるものがあった。相手が眞弓だからこそ、打ち明けられる想いがあった。
そのことに対し、改まって礼を述べることなど、気恥ずかしくてできはしないけれど、つくしは心の中でこっそりと感謝を告げる。


あっという間に全体のシルエットは丸くなる。眞弓の作業は早い。グラデーションカットを施しながら、仕上げに取りかかる。
「赤ちゃんの胎毛で筆を作りたかったら、いつでも言ってね」
「体毛…?」
つくしの不思議そうな呟きに、指先で漢字違いを指摘する。
「胎、毛と書くの。最初に生えている赤ちゃんの髪の毛は本当に柔らかいの。その髪の毛で筆を作ることができるのよ」
「へぇぇ。筆ですか?」
「記念にと思ったらぜひ。…さぁ、出来上がりはどうかしら?」


鏡の中に写るのは、少しだけ若返ったかのような自分。
眞弓はつくしの両肩に手を置き、ロングもいいがやっぱりボブもいい、とまた大らかに笑った。


施術が終わったことを類に知らせると、ほどなく迎えの車が店の前に停まった。類は入店して眞弓に挨拶すると、身重の妻を優しく労って手を取り、車へとエスコートした。その仲睦まじい様子に眞弓は目を細める。
「無事の出産を祈ってるわ。今度は赤ちゃんを連れてきてね」
「はい!」
温かな激励と笑顔に送り出されて、二人はヘアサロンを後にした。



自宅に戻り、類に胎毛筆の話をすると、不思議そうな反応が返った。
「…髪の毛で筆を作るの?」
「作るのは髪が伸びてからみたいだけどね。…ほら、これ見て」
つくしはスマートフォンの画面に詳細を書いたサイトを表示し、類に手渡す。
類は画面をスクロールしながら笑う。
「赤ちゃんが生まれたら、いろいろな初めてがあるね」
「することなすこと全部が初めてなんだもの。いろいろ記念に残したくなるんだろうね」

あっという間にベビーグッズサイトの虜になり、あれこれ欲しいと言い出す類に、無駄な買い物はダメだよと笑いながら諭すつくしだった。



「足、マッサージしてあげようか?」
臨月に入ると、母体には様々なマイナートラブルが出始める。足にこむら返りが起きたり、むくみが起きやすくなったり。お腹が張ることも増えてきた。いよいよ出産が近づいてきているのだ。
類は少しでもそれらが和らぐようにと、入眠前にはいつもそう申し出てくれる。
「ありがとう。お願いしてもいい?」
「もちろん」


「…最近眠りが浅くて、何度も目が覚めるし、よく夢を見るの」
「どんな夢?」
「それがね、夢を見ていることは分かるのに、内容は覚えていなくて…」
ふぅーっと息をついて、つくしは笑う。
「でもね、いつも、幸せだなぁって思いながら目覚めるの。目が覚めたら一番近くにあなたがいて、やっぱり幸せだなぁって思いながら、もう一度眠るんだよ」
それを聞いて類も笑った。
俺もだよ、と。






いつも拍手をありがとうございます。
ヘアサロンの店主・眞弓とのやり取りは、第40話『クリスマスイヴ』より。つくしに類への恋心を気付かせるきっかけとなったのは彼女のアドバイスでした。
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8 Comments

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2019/06/21 (Fri) 23:01 | REPLY |   

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2019/06/22 (Sat) 01:12 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

おはようございます。コメントありがとうございます(*´ω`*)

つくしを取り巻く多様な人間関係も、本作の特徴の一つでした。店主の眞弓は登場回数わずか1回でしたが、重要な役割を担ってくれた彼女を再登場させたいと思い、第132話を書きました。出産前に美容室に行く人は多いだろうと思いまして(^^♪

類のanswerを消極的姿勢だと捉える見方もあるだろうと思いましたが、一人の人間として大きく成長した彼は、「何でもできる」という全能感で満たされていると思います。それでも、只今はつくしと子供の傍に、というセリフ、本作の類らしくてとても気に入っています。

2019/06/22 (Sat) 06:49 | REPLY |   
nainai

nainai  

6/22 01:12にコメントくださった方へ

おはようございます。

第131話『Answer』のコメントにも記載しましたが、動画を見ての感想は日を改めましてこちらに書き入れたいと思います。
少し待っていてくださいね~(*^^)v

2019/06/22 (Sat) 07:01 | REPLY |   

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2019/06/22 (Sat) 11:06 | REPLY |   
nainai

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ふ様

こんにちは。再度のご連絡ありがとうございます。

HDDに録画予約しておいたのでバッチリ観れるはずです(*^^)v 
せっかく教えていただいたので歌詞と映像とを楽しもうと思います。

私は、同枠の『パプリカ』が大好きで子供と一緒に唄っています。
ではでは~。

2019/06/22 (Sat) 11:59 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様(2回目)

こんばんは。お約束通り、コメント再送しておきます(^^♪
ふ様にご覧いただけるとよいのですが…。

映像をじっくり最後まで見て、“なるほど~”と思いました。
遠く離れていても、伝わり合うことば。
自分の世界から抜け出し、二人が手を取り合う結末が印象深いですね。

子供達も一緒に見ていたのですが、綺麗な歌声だねぇと言っていました。
教えていただきまして、ありがとうございました<(_ _)>

2019/06/24 (Mon) 23:33 | REPLY |   

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2019/06/25 (Tue) 11:12 | REPLY |   

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