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133.誕生

Category『Distance from you』 本編
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時節は盛夏へ。
7月1日未明の出来事だった。


「類、起きて…」
「…ん……どうした?」
類が重い瞼を開けると、緊張した面持ちのつくしが自分を覗き込んでいる。
「陣痛が始まったみたいなの…」
「…えっ?」
その言葉に、ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒した。
予定日より4日ほど早い。2日前の妊婦検診では、まだ生まれる兆候はなさそうだと言われていたのに。

「いつから?」
類は慌てて身を起こし、はち切れんばかりに膨らんだお腹に手を当てる。
緊張のためか、つくしは少し震えていた。
「1時間前にお腹が痛くて目が覚めたの。陣痛なのか分からなかったけど、だんだん痛みが強くなってきたから…」
類は頷き、室内灯を明るくすると、ベッドサイドに置いたスマートフォンから産院に連絡を入れた。夜勤の助産師に事情を説明すると、陣痛の間隔がもう少し短くなるまで待ち、慌てずにこちらに来るようにと指示された。


二人が身支度を整えて外に出たのは午前4時半だった。
夏の朝は早い。じきに夜は明ける。
病院に着く頃には陣痛の間隔は10分を切っていて、つくしは病衣に着替えさせられると陣痛室へと誘導された。
つくしのお腹には分娩監視装置が付けられ、モニターには胎児の心拍数と陣痛の強さが表示される。初産であるし、子宮口が完全に開くまで長ければ数時間ここで待機することを説明して、助産師はいったん病室を出て行った。


「…うっ…」
ベッドに横たわるつくしの眉根がぎゅっと寄る。数十秒の痛みに耐えた後、ふっと表情を和らげる。引き絞られるような痛みの波が続く。
「頑張れ」
彼女の手を握り、額に浮かんだ汗をタオルで拭ってやりながら、類は傍にいることしかできない自分を歯痒く思う。
母になるための苦しみはこうも過酷なのに、父になるためには何の痛苦もない。
「悪阻の時も思ったけど、産みの苦しみもシェアできたらいいのにね…」
類の言葉につくしは小さく笑んでみせたが、すぐに苦悶の表情へと変わった。



医師と助産師が交互に陣痛室を出入りし、つくしの経過を確認する。
「順調ですよ。つらいでしょうが、もう少し我慢しましょう」
「…はい…」
医師に返答するつくしの声は弱々しい。陣痛が始まって5時間が経過していた。
助産師の勧めで、つくしはベッドの上に胡坐をかき、いきみ逃しをする。病衣はすでに汗ばんで、しっとりと濡れている。



―まだ続くのか。



時計を見る度に数十秒しか経っていないような錯覚に陥り、いつまでこの時間が続くのかと、類が思い始めた頃だった。
「…んんっ……ぃ、たいっ……っ」
つくしの叫ぶような声に、類は異変を感じて助産師を呼ぶ。
状態を確認した助産師は破顔した。
「分娩室に移動します。さぁ、いよいよお産ですよ!」



つくしは分娩台に上げられ、出産のための防護衣を被せられていく。
「御主人は立ち会われますね?」
「はい」
答えた類にも防護衣が着せられる。
助産師は類につくしの右手後方に立つように指示する。類はつくしの右手を両手で包み込み、いよいよ出産に望む妻を励ました。

―頑張れ。
―うん。

二人には、目線だけの会話でいい。



医師と助産師とが揃う。
「じゃあ、次の陣痛の痛みが来たら、いきんでみましょう」
「あごは引いて、おへそを見る感じで。目は閉じたらだめよ」
「…はい」
てきぱきと指示され、つくしは次の陣痛の波が来ると同時に、ぐぐっと力を入れた。類の手を握り締めるつくしの手がぶるぶると震える。
強いいきみを何度か繰り返すうちに、いよいよ赤ちゃんの頭が下に下がって戻らなくなった。

「もう頭が見えていますよ。次で、精一杯いきみましょう」
医師は冷静だ。でも、その冷静さにかえって安心できる。
つくしの目元の汗を助産師が拭ってくれる。
すぐ傍で類の声がした。これまで手を握ってやるだけで、医師達の邪魔にならぬよう声はかけずにいた類が大きく声を張った。
「頑張れ! もうすぐ赤ちゃんに会えるよ!」


つくしのいきむ声が分娩室に響くのと、赤ちゃんが胎内から外界へと押し出されていくのは同時だった。
次の瞬間、待ちわびた産声を二人は聞いた。
「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」
産声の合間に、たくさんの祝辞が聞こえて。
つくしは淡く笑んで周囲に応え、力の限りに泣いている我が子との対面を果たした。平たくなったお腹の上に乗せられ、つくしは震える指で丸い頬にそっと触れた。
目の端から熱い涙がこぼれる。
「…初めまして…私がお母さんだよ」



診察の結果、赤ちゃんには何の異常も見つからなかった。すでに泣き止み、元気に手足を動かしている我が子を、類はじっと見つめていた。
「これから赤ちゃんに授乳します。初乳はまだ出ないかもしれませんが、赤ちゃんが吸うことが刺激になり、だんだん出るようになりますからね」
助産師が手早くつくしの病衣をはだけさせ、裸の胸に赤ちゃんを触れ合わせた。

小さな口に乳首を含ませると、その口がもぐもぐと動き始める。目もまだ開かないのに必死に母乳を吸おうとするその様子に、力強い生命の必然を感じた。
「…温かい…」
ふにゃりと柔らかく、しっとり温かく、この世のすべての尊さを凝集したような愛おしい存在。頼りなげなのに、こんなにも生命力に溢れて…。


赤ちゃんは直に触れる母の体温に安堵してか、ほどなく眠ってしまった。長時間のうつぶせ寝は心配なので、助産師に体位を変えてもらい腕の中に抱き込む。

類は呟く。
「小さいね…」
掌に指先を触れさせると、反射的な動きなのか、きゅっと握り返された。
「こんなに小さいのに、爪がしっかり生えてる」
「ふふっ、可愛い…」
「どっちに似てるかな」
「まだよく分からない…。でも、綺麗な顔立ちだね」
小声で会話しながら、眠ってしまった赤ちゃんの様子をじっと見守る。



―ありがとう。
―元気に生まれてきてくれて。


―ありがとう。
―私達の家族になってくれて。



繋いだ手の甲に、ポツリと雫が落ちる。
初めて見せる類の涙だった。




二人に待望の男児が誕生したのは夏。
さらに新たな命に巡り会うのは、4年後の春のことである。






いつも拍手をありがとうございます。
出産シーンを事細かに書いたのも初めてでした…。
二人の子供の名は次話公開です。
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2 Comments

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2019/06/23 (Sun) 13:45 | REPLY |   
nainai

nainai  

ル様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')
今日はお出かけしていて返信が遅くなりました。

またまた体験談をお聞かせいただき、ありがとうございました。
ご主人~💦 20万はある意味で出産祝いかな?
DNAってすごいですよねぇ。うちの子達は主人寄りです。

ワンコの出産はそのような感じなのですね。夜遠しの付き添い、お疲れ様でした。ご家族も頑張りましたね。小っちゃいシュナ達、とても可愛かったでしょうねぇ(*´ω`*)

本編の二人も親になりました。物語はいよいよ最終話に向けてカウントダウンです。最後までよろしくお願いいたします。

2019/06/23 (Sun) 21:15 | REPLY |   

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