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134.6年後

Category『Distance from you』 本編
 2
あの夏の日から、6年の歳月が過ぎた。
公園では、ある家族が初夏の昼下がりのひと時を楽しんでいる。


「シロンッ! GO!」
利発そうな顔を汗と泥で汚しながら、男の子がフリスビーを振り投げる。シロンはその声に応えて一吠えし、フリスビーを追って走り出した。身を捩りながらのジャンピングキャッチに、男の子は歓声と拍手を送る。
「パパ! もいっかい、なげていい?」
「いいよ」
自分を見上げる幼気な瞳に、類は優しく微笑みかける。6歳になったばかりのさくは、つくしの気質を継いで動物が大好きな男の子に成長していた。


「アル!」
人には聞こえない音域で犬笛が鳴る。笛に呼ばれたアルは耳をピクピクッと揺らすと、地面に転がったボールを咥えて戻ってきた。つくしはそれを受け取ってアルを褒めると、傍らにいた女の子にそれを手渡す。
「ほら、遠くまで投げてごらん」
2歳のあずさはこくんと頷くと、たどたどしい投げ方でボールを放った。つくしが笛を吹くと、アルはすぐに反応してボールを拾いに行く。あずさが笑って両手を叩いた。


「喉渇いたね。お茶飲もうか」
蒸し暑さを伴い、気温は昨日よりも高くなっている。つくしは遊びを中断して皆を集め、水分補給をさせた。シロンとアルにも水を摂らせる。
「汗かいたねぇ。二人とも顔が真っ赤だよ。そろそろ帰る?」
つくしが子供達に笑いかけると、
「やだ! まだあそぶの!」
「まぁだー」
朔もあずさも首を振る。つくしとてその反応は想定済みで、二人の目線までしゃがみ込むとこう言った。

「おうちにおやつがあるんだけどなぁ。ママお手製の冷え冷えのみかんゼリー。きっと食べ頃だよ?」
「じぇりー、たべたい!」
あずさがパァッと顔を輝かせる。みかんはあずさの大好物だ。
「…でも、ぼく、もうすこしだけシロンとあそびたいな…」
おやつの誘惑に打ち勝ち、朔がシロンを見つめる。シロンは朔を見上げ、嬉しそうにパタパタと尾を振った。

双方の意思を尊重し、つくしとあずさとアルは先に帰途につき、類と朔とシロンはもう少しだけ公園に残ることになった。だが、歩みの遅い先発隊に後発隊が追いつき、結局は一緒に帰ることになった。




つくしの二度目の妊娠に、最初に気付いたのは類だった。
出産予定日が定まり、病院が再び休診期間に入ることが決まると、類はこのタイミングでの病院兼自宅の建替えを提案した。伊佐夫が建てた家屋はすでに築40年超で、強度や耐震性に問題があることはつくしも認識していたので反対はしなかった。
このことを元持ち主であった敏子に了承を得ようとすると、安全に替わるものはないという即答が返った。敏子も80代になり、少しずつ体力的な衰えを見せ始めてはいたが、サバサバとした口調と思考回路は健在だった。

建替えに伴い、病院の名称を変更する話も出た。『ひかわ』は先代の名であったし、つくし自身も類との結婚に伴い改姓していたし、変更するのであればこれ以上はない機会だった。
だが思案を重ねた結果、つくしは名称を変えないことにした。


伊佐夫に憧れ、獣医師を志したのはこの場所だった。
今の自分を形作る、多くの貴重な経験を積ませてくれたのもこの場所だった。
『ひかわ動物病院』こそ、自分の原点なのだ。
その意識は今に至るも変わらない。

大切な場所がこうして外観を変え、その名をも失ってしまうことにはどうしてもある種の抵抗があった。そのため斐川の名はつくしに受け継がれたまま、ここに残っていくことになった。



「ママ、じぇりー」
短いシャワーを終え、雫をふき取ることもそこそこに、裸のまま走ってきたあずさを抱き上げ、つくしは笑う。幼児特有の丸いお腹が愛しい。
「ちゃんと服を着てからだよ」
「やぁだー」
あずさの服を整えている間に、朔も類も脱衣所から出てきた。

美味しいおやつの後、子供達は短いお昼寝タイム。
子供達が寝付いてしまうと、つくしと類はリビングに戻り、もう一度ダイニングテーブルで向かい合って座った。
類が、話があると言ったからだ。


「…これを見て」
つくしは類に手渡されたスマートフォンの画面を確認する。
司からのメッセージだった。
内容にさっと目を通し、つくしは視線を上げた。
「これ…」
「うん。父の会社のこと」

花沢統とは、彼が会社の代表でなくなった日から一度も会っていない。
つくしに至っては、会ったのは一度きりのことだ。
音信不通のまま現在に至る。
類としてはこちらから連絡する気は毛頭なかったし、おそらく統もそうだろうと思っていた。今までも、これからも。


―だが。


「いい機会じゃないかな」
つくしは言う。
「あなたが今も胸の中で抱えていることを、問いかけてみたらいいと思う」
「…迷ってるんだ」
類は言う。
「このまま、自分の中で、折り合いをつけていってもいいんじゃないかって。…そうすれば、これ以上、何も悪くなることはないから」

つくしは手を伸ばして類の手を強く握り、励ますように笑った。

「あれから何年も経って、心境も少しずつ変わったと思う。以前の類なら、こうして迷うこともしなかったかも」
「…うん」
「ぶつかってきなよ。今度こそ互いに本音で。…上手くいかなくても大丈夫。類には私達がいるんだから」


長い沈黙があった。
類の中にある強い葛藤を感じた。
つくしは類が答えを出すまで辛抱強く待ったが、彼の答えは分かっていた。


「…俺、行ってくる」
「うん」
「行って、自分の中で決着をつけてくる」
「…類なら、そう言うだろうと思ってたよ」
一緒に行けなくてごめん、と謝る妻に、付き添いが必要なほど子供じゃないよ、と応えて類は笑った。



2日後、類は機上の人となる。
行先はドイツ連邦共和国、バイエルン州ミュンヘン。






いつも拍手をありがとうございます。
物語は一気に6年後へ。
二人の子供の名は、朔とあずさでした。

いよいよカウントダウンを始めます。残り5話です。
最終話までよろしくお願い致します!
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2 Comments

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2019/06/23 (Sun) 23:23 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

おはようございます。コメントありがとうございます(*'ω'*)
昨日は遠出で疲れ果て、早々と寝落ちしてしまいました。

今回は、男の子は漢字1文字、女の子は平仮名3文字で決めていました(^^♪ ネーミングは毎回毎回悩みます。作品のカラーによって変えているんですよねぇ…。

子供は二人くらい…という類の希望通り、一男一女に恵まれた二人です。アルもシロンも健在です。出会った頃はアラサーだった彼らもアラフォーへ。6年間の経時変化を想像すると楽しいです。
最後の最後に花沢親子の対面を持ってきました。どんなラストになるか、最後までお楽しみくださいませ。

2019/06/24 (Mon) 06:27 | REPLY |   

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