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135.変遷

Category『Distance from you』 本編
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日本を離れるのは実に数年ぶりのことだ。
笑顔で自分を送り出してくれたつくしと、寂しがる朔とあずさにそれぞれキスとハグをして別れ、類は統の住むミュンヘンへと発った。

東京からミュンヘンまでの飛行時間は約12時間。
一人では飽いてしまうような長旅になる。

持ち込んだ仕事を再開し、3時間ほどパソコンと向き合っていたが、考えに詰まってその手を止めた。その後、読みかけの本を結末まで読み終えてしまうと、あとは何もしたくなくなった。

『パパ』と甘えるあずさの声。
日毎に成長していく朔の姿。
穏やかな愛情を注いでくれるつくしの笑顔。

近くにつくし達の気配がないことに、早くも寂しさを覚えてしまう。
そんなふうに感じてしまうほど、類達はいつも一緒にいた。


目を閉じても、眠りはすぐに訪れなかった。
次々と思い出されるのはこの数年間の周囲の変遷だった。



類の辞任から間もなく、花沢物産は社名を変更した。
幹部役員から創始者一族がその名を消したことにより、西洞院美景代表取締役は、花沢物産と西洞院ホールディングスを合併させ、『Axis Neo Products』と命名した。この新設合併を投資家達はプラス評価と見なしたようで、低迷していた株価は急騰した。


西門総二郎は類の代行者として社外取締役に就任し、4年間その職務を全うしたが、いよいよ本業が忙しくなったことを機に辞任を申し出、これを受理された。交渉術に長ける彼は、美景の実弟である西洞院智景参議院議員とも親交を深め、西門流の基盤強化に大いに励んだ様子だった。


専務に据え置かれていた西洞院耀はその実績を評価され、昨年の春、副社長に就任した。その頃には、類から継承したノウハウを武器に積極的な渉外を行い、会社の繁栄に大きく寄与するようになっていた。
すでに類の助力など必要としなくなっているはずだが、類とのホットラインは今も尚、存在した。類は耀の社会的な献身をそれなりに高く評価していた。耀との関係はつかず離れず、このまま続いていくものと思われる。


逆に没交渉となってしまったのは西洞院多津子だった。当然の帰結ではあったが、統と多津子の離婚により義理の親子関係は消滅し、類と多津子の接点はなくなった。
最後に交わした挨拶でさえ、パソコン画面を通じてのやり取りだった。
「これまでの我が社への貢献に感謝致します。…末永くお幸せに」
継母としてではなく常務として、感情を含まぬ声で謝辞を送った多津子の、その表情は毅然としていた。決して類とは馴れ合わぬ、という強固な意志が汲み取れ、類も形式上の挨拶を述べるにとどめた。

多津子は耀の副社長就任後、しばらくしてその役職を辞している。生家から与えられた役目を完遂し、ようやく自分自身の生を見つめ直すに至ったのかもしれない。その後の彼女の動向について、類は詳細を知らない。



多津子と同様に、生家からの束縛に苦しめられた一人の女性のことを類は忘れない。中條紗穂のことだ。
類との和解に至ったあの日からしばらく経って、紗穂は自身の針路を定めたことを類に連絡してきた。彼女はこう述べた。

まだ自身に薄弱な部分があり、毎日の服薬を欠かせない精神状態にある。
でも、自立して生きたいと強く願っている。
近い将来、米代と離縁し、子供を連れて家を出たい。
そのために今、仕事に就いておきたい、と。

類は、紗穂の自立を全面的にサポートすることを約束していた。彼女のスキルに合わせた仕事の斡旋と、離縁に向けて有利な交渉ができるようにするためのアドバイスを行った。
大小様々な挫折を繰り返しながらも働く喜びを知り、紗穂は社会で生きていくための耐性を徐々に獲得していった。その間、彼女は何度かブランを連れてつくしの元を訪れている。つくしはいつでも快く紗穂の訪問を受け入れ、彼女を力強く励まし続けた。


結果として3年後、紗穂は米代と協議離婚をした。親権は紗穂が取得した。
離婚から2年後、相手側から支払われる養育費と紗穂自身の収入で家計を切り盛りし、生活が安定していくと、紗穂は類とつくしのこれまでの支援に感謝し、以後の助力を丁重に固辞した。

「二人のご温情には感謝の言葉しかありません。立場をわきまえずに多大なるご支援をいただいてきたこと、これからも決して忘れません。本当にありがとうございました」

彼女は数日後、仕事のため神戸に移住するという。娘とブランとを連れ、そのように謝辞と別れの挨拶を述べた紗穂の、その顔は本当に晴れやかだった。

その後、二度ほど近況を知らせる手紙が届いた。
二通目には、縁を断たれていた実母との和解についての記述があった。
「あの日、つくしが彼女に告げたことが現実になったね」
類がそうコメントすると、つくしはほのかに笑んだ。

『米代さんが一人の女性としてしっかり生きていけるようになれば、少なくともお母様だけはその意義深さを分かってくださると思います』

「紗穂さんのために、良かったと思う」
「うん…」

困ったらいつでも頼ってほしいという旨を、二人で手紙に書いて送った。
紗穂からの返信はなかった。




「…当機はまもなくミュンヘン国際空港に着陸いたします」
類はそのアナウンスで目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

搭乗便は10分遅れで目的地に着陸した。
タクシーに乗り、運転手に行先を告げると「Jaヤー」と明るく返事が返った。






いつも拍手をありがとうございます。
今回は類側の関係者の変遷を辿りました。
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