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Category第1章 紡いでいくもの
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大学の講義や彼らとの稽古事だけでなく、団子屋や他のアルバイトも継続していたから、あたしの大学生活は充実しているというより、いつも何かに追われている感じだった。
だって、相変わらずパパは定職に就いてくれないし、ママもパートタイマーから脱却できないし…。中年になってから正社員に再就職するのって、本当に難しいことなんだなと改めて思った。

あたしの大学の学費は、道明寺が4年分を前納してくれていた。
だから、それに関しては問題がなくても、進の学費の方は多分に問題だった。
来年3月には高校受験。そして何より、生活費のことがある。


道明寺は、牧野家の家計は全面的に俺が支えてやると言ってくれたけれど、まだ正式に婚約もしていない状態で、彼に生活費を工面してもらうのは何か間違っていると思った。ただでさえ、学費を出してもらっている。
だからそれ以上の支援を、あたしは固辞していた。

牧野家の問題は、牧野家で解決すべきだ。誰かに依存してはいけない。
苦労なくお金が手に入ることに甘えてはいけない。
そうしなければ、ただでさえしっかりしていない両親の自立心をくじくことに繋がる、とあたしは危惧したのだ。


大学に入学して半年が経った頃、牧野家で家族会議を開いた。
いろいろやりくりをしても生活費が厳しいということで、両親は「やっぱり道明寺様を頼ろう」とまず発言した。
「それが無理なら、私たちから類さんにお願いしてもいい」とまで。
大学に入ってから、花沢類はちょくちょくうちに遊びに来ていたし、両親は彼に気安さを感じていたのだろう。

「楽をして生きることばかり求めちゃいけない」と諭したあたしに、お気楽な両親はぶーぶーと文句を言った。
あちらさんには気に留めるような額面ではないはず、とか、つくしも少しは楽がしたいでしょう、とか…。
ホント、我が親ながら情けなかった。
…どうして、それが依存だって分からないの?

でもそんな中、会議で劣勢になっていたあたしに、味方をしてくれたのは弟の進だった。
「パパもママもよく考えなよ! ただでさえ、姉ちゃんは道明寺さんの家族から厳しい目で見られてるんだよ。端っから他人に頼りきりでどうすんの! 二人がしっかりしないでどうするんだよ! 本当に姉ちゃんの幸せを思うなら、二人とも変わらなきゃ!」

普段はおとなしい進の至極真っ当な発言に、あたしはもちろん、両親もびっくり仰天した。特にパパなんかは、進に向かって平身低頭で謝り出す始末で…。
でも進のこの一言で、両親は芯から目が覚めたみたいだった。


心機一転、両親は千葉に引っ越すことになった。
普段は農家の農作業を手伝いながら、並行して品種改良に関する実験を手伝う、という比較的フレキシブルな仕事に就くことができ、二人はあたしと進を残して引っ越していった。
仕事は主に肉体労働で、少し歳のいった両親にはつらいものだったろうけれど、作物の成長を見守るという仕事は性分としては合っていたようだ。
おっちょこちょいのパパがクビになることもなく、ほどなく収入を安定させることができるようになった。

半年後、都内の公立高校に見事合格した進とその喜びを分かち合い、久しぶりに集まった家族で祝賀会をして、あたしは本当に幸せな気持ちだった。



収入面に余裕が出てくると、他のことにも意識を集中させられる。
F3とのお稽古事がまさにそうだった。
いつも忙しさや疲れから分散的だったあたしの集中力も、ピンポイントで高められるようになり、その頃からあたしのスキルは目覚ましく向上していった。
いろんなことがうまく噛みあい、すべては順調に進んでいるように思えていた。

…それから、しばらくして。
あたしは大学2年生になっていて、季節は暑い夏で。
道明寺のお父さんが急逝され、あたしと彼の未来は断たれてしまった。

―道明寺。
あたしは、かつてない喪失感に喘いだ。



あいつを想って涙が零れるつらく苦しい夜が続き、あたしはなかなか前に踏み出せずにいた。それでも時間は皆に等しく流れ、あたしだけを待ってはくれない。



ようやく踏ん切りをつけ、もう稽古はつけてくれなくていいと申し出たあたしに、F3は素直に応じなかった。
「身に付けといて損はないことばかりだろ。続けろよ」
と、美作さんが諭すように言い、
「ドン亀なお前にも、ようやく作法の手順が身についてきたんだ。ここで辞めるなんてもったいないだろ」
と、西門さんが詰め寄り、
「それとも、なに? 牧野は司だけじゃなく、俺達とも離れたいの?」
と、トドメの一言を花沢類が言い放ち、あたしはそれ以上何も言えなかった。


あたしの痛みを理解してくれる、数少ない理解者達。
…彼らとも離れるのは寂しい。
そんなことは恥ずかしくて口に出して言えないことだけれど、あたしは彼らといるときに心安らぐ自分を知っていたから、そう言ってもらえて本当はとても嬉しかった。

道明寺と別れても、彼らとの交流は続いた。
それは、皆があたしを友人として認めてくれていたからだろうと思う。
そうした友情に感謝しながらも、あたしはその頃から自分の進路に迷い始めていた。




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