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138.Once in a lifetime

Category『Distance from you』 本編
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「そんなふうに明かされたところで、こちらには不快感しか残りません。要は、自分以外のすべてがあなたの駒だったと言いたいだけですよね」
類の声のトーンが下がる。静かな怒りを孕みながら。
「まぁ、そうだな」
統は悪びれない。
ここに至るも、謝罪の言葉は一度も口にしていない。


「結局のところ、私はこういう人間だ。自分の目的のために、他を最大限利用する。相手の事情は鑑みずに。…どこまでも傲慢で利己的にできている」


傲慢で利己的…。
その単語を耳にしたとき、類はある男を思い出していた。
妻のかつての想い人…。


「…では、なぜ、つくしを試そうとしたんですか?」
統の片眉が上がる。
「その予定調和の中で俺と彼女が一セットであったなら、なぜ彼女の過去の男への働きかけを行ったんです? 彼女へは本気で社会的な制裁を行うつもりがあったんですか?」


志摩久志へ接触したのは秘書の酒本のみだった。
だが、彼は統の指示によって動いただけだ。
類の先行きをある程度予測していたのなら、志摩への働きかけはむしろマイナスに転じる可能性があった。つくしの存在なくして、類が西洞院側へあれほどの譲歩を行うことはあり得なかったのだから。


「覚悟が知りたかったから、だな。彼女のいう『愛』がどれほどのものか。…もちろん信じていた。お前達の関係が揺るぎないものだと」
「…白々しいですね」
「お前達はそれぞれに過去を乗り越える必要があった。あのまま放置できる問題ではなかっただろう?」
「…念のためにお聞きします。あなたは、中條紗穂へも同様の働きかけを行いましたか?」

紗穂からは一度として統の名は出なかった。
だが、ここまでくると、すべてが彼に帰結するのではないかと疑いたくもなる。

統は首を振った。
「そこまでは範疇外だった」
「…本当に?」
猜疑を含む口調で問いかけると、統は薄く笑う。
「今日だけは本音で話してほしいんだろう?」
類は小さく息を吐く。



もう十分だ。
すべて、想像通りだった。

面白くもないが、それが分かっただけでもここに来た価値があった。
類は背を正すと、統に向けて軽く一礼をした。



「お時間をいただき、ありがとうございました。長らく疑問だったことが解き明かされて、個人的には満足しました」
「…ミュンヘンへは一人で?」
「そうです。妻には仕事がありますし、渡航を決めたのも直前でしたから」
類は立ち上がる。
これ以上の滞在は不要だ。
「明日、帰国します。もうお目にかかることもないでしょう。…あなたは、あなたのやり方で世界を変えていけばいい。ただ、俺はそうはしないし、できない。真似したいとも思わない」

類は、ソファに座ったままの統を見下ろしながら告げた。

「…ただ、妻はこう言っていました。今の俺を形作るものの中に望まない作為が含まれていたとしても、俺がその作為を憎んでいたとしても、こうして健やかな日々を送れるようになった現実から、あなたの存在を消すことはできない。あなたなくして俺は存在しなかったのだから、そのことだけは感謝したいと」


統は微笑む。
類が初めて見る、統の心からの笑みだった。
「…やはり、今夜は特別な夜だな」



部屋を出ていく類を、統は立ち上がって見送ることもしなかった。
最後に交わした視線に含まれる類の感情はごく穏やかで、自分とのやり取りにもまったく動じていない様子が窺えた。
心が安定している証拠だ。


類は戻っていく。
彼を待つ、温かな場所に。

それでいいと思えた。自分ではついぞ与えることのできなかったものは、彼女が惜しみなく類に与えてくれる。あの日の言葉通りに。
いつまでも健やかであれ、と願う。ただ、ただ、切に願う。




「…相変わらず、素直じゃないんですね」
背後から、静かな声が掛けられる。
「本音で話してほしいと、類さんは仰っていたのに」
「…今更だろう?」
統は顔を上げずに応える。
「類もじきに40だ。欲しかったものは自分で得ている。…私との和解など、取るに足らないものだ」
「和解なら済んでいると思います」
彼女は類の座っていた位置に腰を下ろす。
「最後に仰ったでしょう。奥様の言葉に乗せて。あの言葉を伝えることで、彼は本懐を遂げたんだと思います」


「…類とは?」
「先ほどご挨拶申し上げました。…今に至るも、耀を支えてくださっていることに感謝をお伝えしました。類さんの度量は、私の想像を超えた域にあります」
彼女は嫣然と笑む。
すでに還暦を迎えているが、それでも昔と変わらず美しい。
「私の姿を見て、驚いた顔をなさっていました。ごくわずかに、ですけれど」
統は頷く。


「…お前が、戻ってくるとは思わなかった」
ちょうど1年前、彼女は唐突に統の前に現れた。
公には姿を見せないが、それからずっと彼の傍にいる。
「役目を果たしましたので、余生は自由に生きたいと兄に申し出たまでです。…私が飽きるまでは、あなたの傍にいます」
「飽きるまで?」
「一生傍にいたいなどとは申しません。若い娘じゃないんです。…ですが、あなたの予定調和とやらは覆してみせますから」


今の彼女を縛るものはない。
その心は自由で、統とてそれをとどめることはできない。
気の向くままに生きる。
それでいいと思う。


彼女は立ち上がり、統に向けて手を差し述べる。
「参りましょうか。貴方のいるべき場所へ」
白く美しいままの手を取って立ち上がり、統は未だ見ぬ明日へと思いを馳せる。


自分にはまだやるべきことが残されている。






いつも拍手をありがとうございます。
『Once in a lifetime』は、『一生に一度』です。

明日、いよいよエピローグです。
最後まで応援よろしくお願い致します。
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4 Comments

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2019/06/27 (Thu) 23:15 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。コメントありがとうございます(*´ω`*)
本作終了を惜しんでくださり、とても嬉しく思います。

統は人として重要な部分が欠落しているんですよ。それを自覚はしているのですが自分ではどうする気もないし、また周囲に理解を求めてもいません。致命的なレベルで協調性がないんです。たぶん類からの歩み寄りがなければ、一生、過去や心情を明かすこともなかったでしょう。

多津子はそんな統の元へと戻ってきました。二人の先行きは前途洋々…とは言いませんが、ほどよいパートナーシップで穏やかな暮らしを続けていったのではないかと思います。

いよいよ明日が最終回です。頑張って仕上げました!
最後まで見届けてくださいね(*^^)v

2019/06/28 (Fri) 00:48 | REPLY |   

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2019/06/28 (Fri) 13:34 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')
いよいよ最終回をお届けする日になりました。とても感慨深いです…。

統は、類が潜在的に持っていた優しさを熟知しています。冷酷無比にはなり切れない類だからこそ、会社のことも耀のことも見捨てることはしないと踏んでのシナリオ作りでした。
自分以外を利用することに罪悪感を示さない統を、最終的に類は許します。優しさは強さだと思うのです。類がそうした心境に至ることができたのは、やはりつくしや子供達の存在があってのことでした。

エピローグ、頑張って仕上げました。最後までお楽しみくださいませ。

2019/06/28 (Fri) 20:54 | REPLY |   

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