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エピローグ

Category『Distance from you』 本編
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「パパ、まだぁ?」
相棒のテディベアをぎゅっと抱きしめながら、あずさは10分ごとにつくしのエプロンの裾を引く。ぬいぐるみは、あずさの出産祝いに滋がプレゼントしてくれたものだ。
つくしは、その度に家事の手を止めて笑った。
「まだだよ。待ち遠しいね」
「おむかえ、いついける? もうすぐ?」
「そうだよ。一緒に行こうね」
「うん! はやくあいたいなぁ」
このやり取りを朝からずっと繰り返している。


朔は、庭に移設したサンルームでシロン達と戯れているようだ。
楽しそうにはしゃぐ声が窓から聞こえてくる。
防音室を覗けば、バイオリンも楽譜も出しっぱなしになっていた。つい先ほどまで覚えたての楽曲を弾き鳴らしていたのに、いま一つ集中力が続かないらしい。つくしは朔のバイオリンを軽く手入れしてケースに納め、小さくため息をついた。


サンルームの住人達の近況も、この数年で変化した。
一昨年にはファイが、昨年はラムが、老衰のために相次いで亡くなった。
愛猫達との別れに、取り分け、つくしの悲しみは深かった。
それでも共に過ごした時間に感謝し、皆で慰霊碑に遺骨を納めに行った。

その後、つくしは、保健所から新たに仔猫を3匹譲り受けている。
朔の命名で、3匹は『ララ』、『リリ』、『ルル』と名付けられた。ミュー、ヨモギ、ハコベと合わせて猫は6匹となり、再び騒がしい日々が巡ってきている。



周囲の予想通り、類は子煩悩な父親になった。
仕事は、相変わらず気ままな在宅ワーク。主夫として家事をし、子供の世話をし、つくしの仕事を全面的に支えてくれている。
そのため、朔もあずさも類の不在に慣れず、どことなく落ち着かない様子だ。
だが、そうした生活にも慣れてもらう必要がある。


来春にも、類は本格的に仕事を始めるつもりでいる。
結局、彼が選んだのはIT業界の仕事だった。もともと情報解析を得意とする類は、道明寺ホールディングス傘下にある、IT企業のシステム開発部から熱烈な誘いを受けていて、つい先日協力を受諾したばかりだ。
その部署は、ビッグデータと呼ばれる膨大な量のデジタルデータを処理・分析することで、消費者の嗜好や動向を知り、企業のマーケティング戦略に重要な知見を与えることを使命としている。

「貸しの分だけ、お前の頭脳を大いに役立ててくれ。チンタラ仕事してたら、遠慮なく発破かけるからな!」
司はそう言って大きく笑った。
「期待してるからな。解析ソフトが出来上がったら、うちで試用させろよ」
あきらも同調した。

対人業務が少ないから助かる、と笑った類のその表情はサバサバとしていて、新しい環境に飛び込んでいくことをどこか楽しんでいる様子さえある。
つくしにはそれが嬉しかった。



ひかわ動物病院のスタッフにも、少し入れ替わりがあった。
長谷ミチ子は65歳を機に仕事を辞め、夫の両親の介護をするようになった。ミチ子の子供達も各々が家庭を持った。介護も孫守りも大変よ、とぼやきながらも、彼女はいつも大らかで溌溂としている。
フルタイム勤務をしてくれていた由紀乃も、子供の大学受験などの家庭事情があり、しばらくはパートタイム勤務に切り替わることになった。
彼女達の抜けた穴を埋めるために、受付一人、動物看護士一人が新たに採用された。二人とも気立てが良く、つくしや由紀乃との関係も良好だ。

病院も建て替わり、スタッフも徐々にその顔ぶれを変えていく。
だが、つくしは自分のスタイルを変えない。
『動物達の目を、耳を、舌を見ろ』
『体に触れて、その肌質を、毛並みを感じろ』
師である伊佐夫が教えた通り、その基本を怠ることなく日々の診察に臨んでいる。


自分に救える命がある。
自分にも救えない命がある。

いずれにもしても、後悔の残る治療だけはするまい。
その信念は固く、彼女が獣医師である限り、変わることはない。





ミュンヘンを発った飛行機は、午後3時半、羽田空港に到着予定だった。
だが、空港までの道が渋滞しており、かつ子供達を連れての移動だったために、つくしは予定よりも大幅に遅れて到着ロビーにたどり着いた。
類の帰りを楽しみにしていたあずさは、テディベアの手を握ったまま車の中で眠ってしまった。つくしは眠るあずさを乗せたバギーを押しながら、人波の中、はぐれぬように朔の手を引く。

「朔、パパ見える?」
「ん~とね、たくさん人がいるから、わかんない」
待ち合わせ場所にしていた目印の前にも人がたむろしていて、つくしでさえ類の姿を捉えられない。
「電話してみるね」
そう言って、つくしがスマートフォンを取り出そうとした時だった。
「あっ、パパだっ!」
朔の大きな声がした。


「…見つけた」
雑踏の中から、類の柔らかな声が耳に届いた。
彼の姿を視界に入れた途端、安堵からつくしの胸は熱くなった。


「パパ! おかえり!」
類は、飛びついてきた朔を高く抱き上げ、そのまま抱きしめる。
朔は両腕で類の首にしがみついた。
「お迎えありがとう。来るの大変だったろ」
「あずさ、ねちゃったんだよ。さっきまでパパ、パパって言ってたのに」
「そっか」
「車がいっぱいで、来るのがおくれちゃったんだ」
「大変だったね」


類は、ふと、一言も発さないつくしを見やった。
その目線を追って、朔もつくしを振り返る。
「…ママ? あっ、ないてるっ!」
朔の驚いたような声に、つくしはハッと我に返り、慌てて目元を隠した。


笑顔で類を送り出してくれた彼女だった。
だが、心の中は不安でいっぱいだったことが伝わってきて、類の胸を熱くする。


朔は類に下に下ろすように言い、すぐさまつくしの腰に抱きつくと、その涙の理由を問うた。普段は見ることのない母の涙に、朔は明らかに動揺していた。
「ママッ、どうしたのっ? かなしいの?」
「…大丈夫。パパが無事に帰ってきてくれて、ホッとしただけだから」
「ホッとしたときも、なみだが出るの?」
「そうだよ。嬉しくても涙が出るんだよ」


心配顔の息子を宥めるように話すつくしを、優しい温もりが包んだ。
そっと肩を抱かれ、耳元で彼の声を聞く。
「行ってよかった」
「…うん…」
「聞いてほしいこと、いっぱいあるからね」
「…うん…全部聞くよ…」
「いつも傍に感じてた。つくしの心を。朔とあずさの笑顔を…」

つくしは何度も頷く。
募っていた不安や寂しさが、涙の雫になって出ていく。

「帰ろう、類。…私達のうちへ」
「うん」



離れていても、心はずっと共に在る。
あなたとの間には、いかなる距離も感じない。


いつでも。
どんなときでも。







~Fin~





『Distance from you』、これにて完結です。
明日はあとがきをUPします。

長きに亘って、応援ありがとうございました。
最後に“読了よみおわり”の拍手を押してくださると嬉しいです。
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16 Comments

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2019/06/28 (Fri) 22:44 | REPLY |   

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2019/06/28 (Fri) 22:49 | REPLY |   

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2019/06/28 (Fri) 23:01 | REPLY |   

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2019/06/28 (Fri) 23:06 | REPLY |   
nainai

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m様

こんばんは。コメントありがとうございます(*´ω`*)
最後まで楽しんでいただけましたか?

類とつくしの心が強く結びついていく過程を丁寧に綴ることができてよかったです。空港での再会は、エンドの展開に悩みに悩んだ末の一場面でした。ラスト4行に幸せを感じていただければまさに本望です。

終盤に類と統の対面を描きました。やっぱりここは解消させておきたかったんですよ。本当の和解とは少し違って、そういう経緯だったという事実確認と、どうあっても許せない部分は残るという再認識の意味がありました。類はつくしの言葉に乗せて統に感謝の言葉を伝えましたが、そうした心境に至れたのもつくしや家族あってのことでした。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
読み直しいただけるなんて、さらに嬉しいです(*ノωノ)

2019/06/28 (Fri) 23:55 | REPLY |   

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2019/06/29 (Sat) 00:41 | REPLY |   
nainai

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み様

こんばんは。コメントありがとうございます(*´ω`*)
いくつか質問を頂きましたので、あとがきと重複する部分もありますが、先にお答えしておきますね。

今作は三人称形式でしたので、統と多津子の心情についてはあまり触れていません。それぞれのsideを書くかどうか、すごく迷ったんですよ…。

栞を亡くした当時、統は専務取締役でした。その頃から病気克服のために別会社を興すことを視野に入れて動くようになります。本業と副業の並行は、想像を絶する仕事量でした。再婚はむしろプラスと捉えていました。類のことは使用人任せでしたが、自身も同じ環境で育っているのでそうした教育方法に疑問は感じていません。統には人として重要な部分(愛情や慈しみや共感の気持ち)が欠けているんですね。

多津子には統への愛情がありました。結婚当初、実家からの命令は花沢の乗っ取りにまでは及んでいませんでした。統に認められたい一心で花沢物産に貢献しますが、一人の女性として、妻として認めてもらえないと感じていた多津子は、いつしか兄と共謀し乗っ取りを画策するようになるのです。あれだけのことをしたのに、最終的には統の元に戻ってくるという…w
幼い類に冷たかったのは、統にとって特別な存在である栞の息子だったからでした。類が優秀であることへの嫉妬もあったと思います。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。あとがきにも補足説明がありますので、どうぞそちらもご覧いただければと思います。

2019/06/29 (Sat) 00:47 | REPLY |   
nainai

nainai  

桜様

こんばんは。コメントありがとうございます(*´ω`*)
ようやく完結です。連載終了を惜しむ声がいただけて嬉しいです!

類にとっても、つくしにとっても、これ以上はないエンドを!と思いながら最終話まで繋ぎました。いやはや、完全燃焼です…。
それぞれが抱えてきた心の闇はすべて払拭され、明るい未来だけが残りました。家族4人、そして愛犬・愛猫達と、いつまでも仲良く暮らしていくだろうことを想像させてのラストでした。

志摩にギャフンと言わせたかった…w 確かに…。
でも、つくし以上の女性はそうそうおらず、志摩は一番好きな人とは永遠に結ばれない運命なので、留飲を下げてやってくださると。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
あとがきにもいろいろ私見を書いております。どうぞご覧くださいませ。

2019/06/29 (Sat) 01:07 | REPLY |   
nainai

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ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*´ω`*)
ついに完結しました。最後まで楽しんでいただけましたか?

前作の題名はシンプルに『1-1』という数字表記にしたのに、今回はあえてタイトルをつけました。連載が長期になればなるほど、重複しないように考えるのが難しかったです。その点にも着目していただけて嬉しいです♪

今作は登場人物が多かったので、終盤の経年変化を追うのが大変でした。もっと詳細を書きたい人もいましたが、物語の流れ上、泣く泣く割愛しました。愛すべきキャラクター達でした。

折に触れ、的確なコメントをありがとうございました。あとがきにもいろいろ私見を書いております。どうぞそちらもご覧くださいませ。

2019/06/29 (Sat) 01:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*´ω`*)
最後まで楽しんでいただけましたか?

二人の出会いから最終話までの8年間の出来事を綴りました。類の恋心がつくしに届くまでの序盤は比較的明るいのに、中盤から終盤の重苦しさは、一体いつまで続くの?という感じではなかったかと(;^ω^) 実に私らしいシリアス展開でした。ハッピーエンドに繋げることができてホッとしています。

今作ではたくさんの登場人物を描きました。彼らを生き生きと動かすにはどうすればいいか、非常に悩ましくもありましたが、それぞれの視点を交えながら活躍させることができたように思います。『渡鬼』のようとは大変に恐れ多いことです…。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。あとがきにもいろいろ私見を述べておりますので、ぜひご一読くださいませ。

2019/06/29 (Sat) 01:44 | REPLY |   

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2019/06/29 (Sat) 12:48 | REPLY |   

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2019/06/29 (Sat) 13:10 | REPLY |   
nainai

nainai  

ル様

こんにちは。コメントありがとうございます(*´ω`*)
ついに完結しました。最終話をお届けできて私もホッとしています。

『今までにない発想』という一言は最高の誉め言葉ですね。とても嬉しいです♪ 類が料理をしたり、家事をしたりすることへは特に大きな反響がありました。エプロン姿の彼もきっとカッコいいと思います。
二人は愛情深く子供達を育てていきます。そうした両親の姿を見て子供達も心豊かに成長し、やがては命を繋いでいくでしょう。

出会いからラストまで本当に様々な出来事がありました。どのエピソードも思い出深いです。ル様には体験談を寄せていただき、ありがとうございました。詳細を教えてくださり、参考になりました(*^^)v

今夜はあとがきを、明日の夜は今後の更新予定をUPします。
良かったらそちらもご覧くださいませ。

2019/06/29 (Sat) 16:25 | REPLY |   
nainai

nainai  

ま様

こんにちは。コメントありがとうございます(*´ω`*)
今回も長期連載になりました。今は達成感でいっぱいです!

物語の序盤は、つくしがクールで、類が穏やかという逆パターンからのスタートでした。類のベクトルが常につくしを向いているので、皆様には感情移入しやすかったようで良かったなぁと思います。
動物を飼うことは楽しくもあり難しくもありなので、その点が公平にお伝えできればと思い、生と死を織り交ぜながらお話を進めました。カイが静かに旅立つシーンは私も書いていて悲しかったです。

中盤~終盤は自分でも暗い展開だと思いつつも、闇の部分をしっかり書き尽くしてしまいました(;^_^A つくしと志摩の別れ、類と紗穂の対峙、そして強烈な個性を持つ花沢家との確執、どれもそれなりにヘヴィでした。難解な図式を解くようにして、ハッピーエンドに繋げることができてよかったです。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
今夜はあとがきを、明日は今後の予定をUPしますので、よろしくお願いします。

2019/06/29 (Sat) 17:18 | REPLY |   

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2019/06/29 (Sat) 20:26 | REPLY |   
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ゆり様

おはようございます。コメントありがとうございます(*´ω`*)
昨日はうっかり寝落ちしてしまいました…💦 

ネーミングはいつもすごく悩みます。仔猫達の名も、最初はファイ達のようにギリシャ文字から引用しようと思いました。でも朔に命名させてあげようと思い直し、呼びやすい響きを選びました。
ゆり様のネコちゃんズも同じくラ行の名前なのですね。親近感いっぱいです(*^^)v 教えてくださってありがとうございました。

次のお話についてのお知らせは今夜UP予定です。新しい連載も楽しんでいただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。

2019/06/30 (Sun) 05:46 | REPLY |   

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