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視線 ~1~

Category*『視線』
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視線は、ものを見るときの目の方向をいう。
当然のことながら、視線そのものを見ることはできない。
人と対象物の間に結ばれるそれは無形で、まして質感も温度も色もないから。

だけど、人の視線というものには、実は質感も温度も色もあって、時に人をひどく苛むものであることを、あたしはこの身をもって知ることになる―。




「俺と一緒にいてよ」


そう言って目の前に差し出された手を、あたしは見つめた。
穴が開くんじゃないかというほどの一極集中で。
彼の掌は上に向けられ、あたしがそこに手を乗せるのを待ってくれている。
嬉しさというよりは驚きが高じすぎて、声が出ないよ。


いやいや、ちょっと待って?
状況を整理しよう。
あたしは数分前の出来事を思い出す。



*****



ここは羽田空港国際線ターミナル。
夢を叶えるために渡仏する静さんを見送るためにやってきた。

最初、花沢類の姿はここになくて。
皆で静さんにお別れを言って、その一つ一つに応える静さんが本当に綺麗で。
出発ゲートに向かう後ろ姿が見えなくなる寸前、彼女に近づく長身の影を視界に捉えた。彼だ、と遠目にもすぐ分かった。

なぁんだ、と思った。
あたしの心配なんて、お呼びじゃなかった。
花沢類は先回りして、静さんのことを待っていたみたい。

追いかけていくんだね。
その勇気が持ててよかったね、花沢類。



英徳の生徒達のざわめき。
二人を囃すF3の声。
途端に、胸がズキンッと強く痛んで息がつまった。

だって、あたしも好きだから。
花沢類のこと、本当に、大好きなんだよ。
でも、この片恋は実らないと最初から分かってた。

じわじわと滲んでくる涙を瞬きで散らし、あたしは二人に背を向けた。
二人の幸せを心から願っているけど、今はまだ、それを直視するのがつらい。
駆け出す一歩手前の早足で、モノレールの入り口に向かう。
だけど階段を下りる直前、あたしを引き留める大きな声が辺りに響いた。


「牧野!」


誰の声かはすぐに分かった。
でも、どうして?
さっきまで、あんなに遠いところにいたじゃない?

「牧野、待って」

足を止め、恐る恐る振り返ったあたしの目の前に、花沢類の姿がある。
ここまで走ってきてくれたのか、前髪が少し乱れている。
その背後に、彼の動向を追う多くの視線を感じた。

静さんと一緒にフランスに行くんでしょう?
あたしなんかに、何の用があるの?

「…どうしたの? 静さん、待ってると思うよ」

震えるな! 声!
あたしは必死に自分を励ます。
そうじゃないと、わっと泣き出してしまいそうだったから。


お願い。
お別れは言わないで。
そんな悲しい言葉、欲しくないから。
このまま笑顔で送り出させてよ。


「待ってない。もう搭乗時間だし」
「……? じゃ、花沢類も急がなきゃ…」
「俺は、行かない」

彼の唇が美しい弧を描く。
目元が優しく和んで。
とても稀少な、あたしの大好きな笑顔の出来上がり。

「静にはエールを送ってきた。それからお礼を。これまでありがとうって」

あたしは虚を突かれる。
どういうこと…?



「俺と一緒にいてよ」



そう言って差し出された手を、あたしは凝視した。
彼の掌は上に向けられ、あたしがそこに手を乗せるのを待ってくれている―。

「…ど、どういう、意味?」
「言葉通りの意味だけど?」

なんで、そこで怪訝そうにするの。
訳が分かんないのはあたしの方だよ。
あたしの頭にも理解が及ぶように、もっと言葉をつけ足してよ。


「牧野が俺と一緒にいてもいいって思うなら、この手を取って」

“いてもいい”って、花沢類に対して、そんな上から目線な…。
それに、そんな究極の選択をここで問わないで。

花沢類と一緒にいたいよ。
その言葉を素直に受け取りたい。
でもさ、花沢類は静さんが好きなんでしょ?
何か事情があって、追いかけて行けなかったんだね?


…だからってこんな、あからさまな身代わりは嫌だよ…。


「…ダメ?」

花沢類が小首を傾げるようにする。
柔らかな笑みが少しずつ翳って、手の位置が下がっていく。

あっ、引っ込んじゃう!
あたしは思わず前に進み出て、花沢類の手を両手で包んでいた。



その手に、ずっと、触れたかった。







新連載、始まりました。お楽しみいただければ幸いです。
しばらくは隔日更新です。応援よろしくお願いいたします。
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2 Comments

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2019/07/08 (Mon) 17:52 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。しばしのご無沙汰でした。
コメントありがとうございます(*^^)v

原点回帰でこのパターンの設定を選びました。スタートは『樹海の糸』と同じですが、あの作品では盛り込めなかったエピソードをぎゅぎゅっと詰めてお送りします。
高校生の二人なのでいろいろ失敗もしますし、いろいろ遠回りもします。笑いあり涙ありの作品にできたらなと思います。

最後までよろしくお付き合いくださいませ。

2019/07/08 (Mon) 22:13 | REPLY |   

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