FC2ブログ

Intermission ~1~

Category*『視線』
 2
俺が、牧野つくしを一個人として認識したのは初夏の頃。
司の貼った赤札が原因だった。


そもそもの最初、赤札を貼られるきっかけとなったのも人助けだった。
階段を滑り落ち、司に軽傷を負わせた級友をかばった牧野。
それで自分が目をつけられるなんて、お人好しもいいところだ。

牧野は虐めに屈しなかった。持ち前の負けん気の強さ、大胆な行動力をもって、理不尽な暴力に立ち向かおうとした。
だが、それにも限界がある。
見渡す限り敵だらけ。
多勢に無勢。ましてや男の力に勝てるはずもなく。

彼女の悲鳴を耳にしたとき、自分の中の何かが揺り起こされた。
それを理解するまでもなく、体の方が先に動いて―。



度重なるピンチに俺が手を差し伸べたことで、牧野は俺に好意的になった。
彼女の心は驚くほどまっさらで。
喜怒哀楽が手に取るように分かって。
俺の気まぐれな言動に一喜一憂する姿が、小動物のようで面白かった。

そう。面白かっただけ。
ただ、それだけで。
女に好意を向けられることには慣れてるし、何ら特別感も湧かなかった。

俺は、静のことが好きだったから。
そうだと思っていたから。
それ以外の人間のことなど、どうでもよかったから。



だけど。



『お願いします。日本ここにいて。花沢類のために、日本ここにいてあげて…!』

牧野が俺のために静に膝を折ったのを見た瞬間、ガツンと心を殴られた気がした。
静が立ち去った後、余計なことをするなと彼女に怒鳴った。
恥じ入り、悲しみに滲んだ彼女の瞳を見ると、自分が無性に情けなかった。


静が好きなら、俺自らが行動を起こすべきだったんだ。最初から無理だと決めつけて、大人ぶって理解のある振りをして、傷つくことを恐れて。
それじゃダメだ、ぶつかれ、頑張れと、手放しで応援してくれたのは牧野だった。


見てたら分かる。
あんたは、俺のことが好きなんだろ?

でも、俺のために、必死にエールを送ってくれたんだよな。
今しかない、頑張れって。
それじゃ、自分が報われないことは分かっているのに。



静を追いかけよう。
そう決めて、パリ行きのチケットを購入する。
彼女が搭乗する便は満席で、俺は後続の便を予約した。

フランスにも私邸がある。
向こうでの暮らしは何とでもなる。
当面の目算を立て、出立をじっと待った。


だけど、前日の夜、考えてしまうのは静のことではなく。
牧野の瞳からこぼれた透明な雫ばかりが、エンドレスに思い出される。
この選択の是非を、絶えず俺に問いかけてくる。


いいのか。
このまま静を追いかけて。

牧野を傷つけたまま。
謝りもしないまま。


これからも、誰かの悪意によって、牧野は苦しめられるかもしれないのに。
俺がいなくなるなら、誰が彼女を手助けしてやるのか。

もう二度と、会うことはないのかもしれないのに。
それでもいいのか。


考えれば考えるほどに、目は冴えて。
俺にしたらあり得ない話だけど、その夜はなかなか寝付けなかった。




翌日、羽田国際空港。
搭乗直前の静を引き留めて、話をする。

次の便で静を追いかけるつもりでいたこと。
だけど、俺の中の何かが絶えず、それでいいのかと問いかけてきたこと。
俺は、自分にも理解できないその拙い感情を、包み隠さず打ち明けた。


静は一瞬目を伏せた後、俺を見て微笑んだ。
大輪の花の如く、これ以上なく美しく。
憧憬の中の姿そのままに、彼女は俺に熱いエールを送ってくれた。



―『ありがとう』と『さようなら』を、大切な貴方にー。



俺達は固い握手を交わした。
次に会うときは、今よりもカッコいい自分でいられるように。
そう誓い合って、笑顔で別れた。



俺は振り返る。
静を見送りに来た英徳の集団から、足早に離れていく背中を視界にとらえる。
遠目にも、彼女だとすぐに分かった。

走り出したら、もう迷いはなかった。
司が、総二郎が、あきらが驚いた表情で走る俺を見ている。
だが、とりあえず、それはどうでもいい。


彼女の名を叫び、その足を縫い止める。
驚いた顔で振り返る牧野。
大きな漆黒の瞳が、ゆらゆらと揺れていた。
今にも泣き出しそうに。


泣かないでいいよ。
少なくとも、俺のことでは。


「俺と一緒にいてよ」


この手を取って。
あんたと始めてみたい。
そう時間はかからないと思うんだ。
俺の中にある、まだ形にならない感情が、抱いたことのない何かへ変わるまでに。


長いような、短いような逡巡があって。
それでも、牧野は俺の手を取ってくれた。
彼女が与えてくれる、この小さな温もりを離したくないと思った。


そうだ。
守りたいと思ったんだ。


だが、人の感情に疎い俺は、彼女を『守る』ことの難しさを痛感することになる。
その意味を履き違えていたことに気づかされる。


牧野と過ごしていくこれからの時間は、俺の成長過程だ。
未熟だからこそ愛おしく、儘ならぬからこそ忘れられない日々が始まる。






いつも拍手をありがとうございます。
静が類を一人の男性として愛せないなら、彼の良き理解者として、しっかり線引きをしてほしかったなぁという願望の表れです。

題に不穏さを表しているように、高校生の二人の恋路は山あり谷あり。つくしと類、それぞれの成長物語としてお読みいただければと思います。ジレジレ展開になりますが、最後までよろしくお付き合いくださいませ。
関連記事
スポンサーサイト



2 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/07/13 (Sat) 23:05 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

おはようございます。いつもコメントありがとうございます(*^-^*)
とっても励みになります。

原作の静の言動には一貫性のない部分もあって、彼女の性格分析を少し難しくしていると思います。類のためにエールを送ってくれる存在であってほしかったなぁというのが理想でした。

ゆ様の仰るように、立場の違う二人です。
ですが、今の類はそのことに無頓着でして、それが『Intermission ~1~』のラスト4行に暗示されています。10代ならではの危うさを丁寧に描いていきますので、楽しんでもらえたらと思います。

2019/07/14 (Sun) 07:46 | REPLY |   

Post a comment