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視線 ~8~

Category*『視線』
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いよいよイベントの抽選会になった。
チケットに書かれたエントリーナンバーで参加者が選出される。
40代くらいの女性が一人目に、小学校低学年の男の子が二人目に選ばれた。

そして三人目は…。

「エントリーナンバー156番の方~! 前にお越しくださ~い!」

あたしは目を丸くした。
手の中にあるチケットは、155番と156番。
花沢類がもらったチケットの方が当たりだったのだ。

「はっ、花沢類! 当たっちゃったよ!」
「よかったね。行ってきな」
「えっ、あっ、どうしよう…」

狼狽えている間に、当選者を探すスタッフに彼が手を挙げて合図してしまう。
微笑でもって送り出されて、あたしはドキドキしながら前に歩み出た。
そうして通常は入ることのできないプールサイドへと誘導された。



「これから3名の方のほっぺに、イルカ達がお友達のキスを送ってくれま~す!」

司会者のお姉さんの明るく元気な声が会場内に響く。
イルカのトレーナーの男性が、デモンストレーションを行う。
プールの縁に立って、少し屈むようにして水面に頭を突き出し、右頬を下に向けた。
すると水面下から真っ直ぐに伸び上がってきたイルカが、男性の頬めがけて口先を押し当てた。


キスっていうより、真下からイルカにど突かれてるような…。


水面に顔を突き出すのは、プールに落ちてしまいそうでちょっと怖い。
でも、こんな貴重な経験、二度とないよね。

ふと観客席に視線を振ると、花沢類と目が合った。
彼は楽し気にこちらを見ている。
うぅ…。頑張るから!


一人目、二人目とイルカとの触れ合いを成功させ、いよいよあたしの番になった。
うは…。緊張する…。
トレーナーのサポートを受けながら、プールサイドに立つ。
身を乗り出して5秒後。
音もなく現れたイルカが、あたしの頬に冷たいキスをくれた。

イルカはキスの後も水上に顔を出したままで、「ピューピュー」と笛のような声を出している。機嫌がいい証拠なんだそうな。
ごく間近で見るその黒目がとっても可愛かった。




ちょっとしたアクシデントが起きたのは、ステージから観客席に戻る時。
「足元に気を付けてください」というスタッフの注意を聞きながら移動する。
あたしは最後尾を歩いていた。

「わっ」

鋭い声と共に、前方を歩いていた小学生の足が滑った。
後ろに傾ぐ小さな体。

危ないっ…!

あたしは咄嗟に一歩進み出て、男の子の体を抱きとめた。
でも、その体重を支え切れずによろけて、一緒に後方へと倒れこむ。


ベシャッ!


海水で濡れたステージの上で、あたしは思いっきり尻もちをついた。
男の子はなんとか死守。
で、あたしの方はというと…。



「うちの子が申し訳ございません! お怪我はありませんか?」

観客席からはその一部始終が見えたそうだ。
ステージから出ると、男の子のご両親が慌てて駆け寄ってきて、あたしに謝罪した。当人は、どうしていいか分からないという表情で、おろおろと母親を見上げている。

スカートと下着は海水で濡れて気持ち悪く、本当は打ち付けたお尻もジンジンと痛かった。でも、相手には気にしないでほしくて、あたしは努めて明るい声を出した。

「平気です。ちょっと転んだだけなので…」
「でも服が濡れて…。これ、クリーニング代としてお受け取りください」
「そんな、結構ですよ。まだ暑い時期ですし、すぐ乾きますから…」



そうしたやり取りの後ろから、花沢類の声がした。

「牧野、大丈夫?」

花沢類の隣には水族館のスタッフが控えていて、併設しているホテルに部屋を用意したので、休憩に利用してほしいと言う。
あたしはその申し出を有難く受けることにした。
濡れた服はドライヤーで乾かせるだろう。

「気にしないでいいからね。イルカのキス、いい思い出にしようね」
「うん! お姉ちゃん、ありがとう!」

クリーニング代はなんとか固辞し、あたしは男の子とご両親とその場で別れた。
男の子とも、最後は笑顔でサヨナラできたのが良かった。




さて…。
自分では良いことをしたつもりだけど、結果がこれでちょっと落ち込む。
今日は、あたしなりにお洒落をしてきたつもりだった。
周囲からの好奇の視線も恥ずかしい…。
あたしは、少し無理をして笑顔を作った。

「失敗しちゃった…。あそこで踏ん張れたらカッコよかったのにね!」

花沢類は、おもむろに自分が着ていたシャツを脱ぐと、後ろからあたしを包んだ。
濡れた部分を隠してくれたんだと分かる。
そのまま彼はあたしの肩を抱き、別棟にあるホテルの方へと歩き出した。

「い、いいよ。シャツ濡れるから」
「構わない」
「…ごめんね。手間取らせて…」



シャツは彼の体温を残してほのかに温かく、あたしをホッとさせる。
下肢の冷たさと痛み、それに周囲の視線は、実はあたしをとても心細くさせていた。

「なんで謝るの? あの子を助けたんじゃん」
「…うん」
「感心した。あの瞬発力、並じゃない」
「え、そこ?」

彼の軽口に気持ちが和んで、あたしはクスクスと笑う。

「部屋で、怪我したところ見てあげる」

サラッとそう言われて。
うん、と頷こうとして、それが非常に微妙な申し出であることに気付いた。

えっと、怪我って……どこの?
打ったのはお尻だけなんだけど…。

「いい、い、いやいや、そんな…」
「なんで? 遠慮しないでいいよ」

花沢類の顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

…そうくるか。
分かってて、からかってるな?

あたしは、無言のまま、傍にあった花沢類の胸に頭突きした。
頭上からは、彼の楽し気な笑い声が降ってきた。






いつも拍手をありがとうございます。
イルカからキスしてもらったのは実体験です。
小学生の私が、イルカにほっぺをド突かれている写真が残っています(*'▽')
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